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章は明日変わります。申し訳ございません。
「…………また来たのか、この死に損ないがの人間が」
我の「瞬間移動」の魔法によって再び魔王の前に立ちはだかった剣士殿は、魔王の言葉に不敵に笑っている。
前回、余りにもあっさりと魔王に惨敗した剣士殿だが、今ここで纏う雰囲気は、あれからたった数日しか経っていないのにも関わらず、まるで別人のように鋭く、絶対的な強者の覇気を持っていた。
剣士殿は元々……我から見ても所謂「普通の人間」ではなかった。魔王の手から逃れた人間とも、弓士殿や技術者殿とも違って、だ。
我としてもその高い能力を認める剣士殿だが、その彼の本当の姿とは儚くか弱い少女と由緒ある貴族の青年の一心同体、複雑怪奇かつ無限の力を宿す魔法言語を何者も真似出来ない程、自在に操りながらも(彼女の母国語だからではある)皮肉なことに永遠に、絶対に、決して魔法と相しれない異世界の少女こそが……彼。
魔王……いや魔族、いや……、この世界の何者とも分かり合えない筈の彼女はただ一人の青年とは分かり合えている。宿す色は金色、見に流れる血は高貴かつ希少なる、剣聖の獅子とだ。半身を知り、互いに言葉を交わした彼らが…………ふと、どうしてかとても強く感じたのだ。彼が負けるわけがないと思えたのだ…………、この、我が。心を、無駄な思いを捨てた魔王の兄が思えたのだ。残酷な魔王よりも罪深い我が思えたのだよ。
優しく弱い頼りなげな姿の少女が、ただ意識をその得ただけで魔王を、…………、あの不祥の弟を倒せるものなのか。いくら強いとは言え、獅子が半身を知っただけで最悪の敵を倒せるものなのか。
だが、不思議な確信は、ある。
つぅっと、ぞくりとする冷たい空気がひたり、ひたりと頬を撫ぜていく。これは…………殺気だ。
魔王のゾッとするような負の殺気が、闇を愛する狂った奴の、おどろおどろしい殺気が地をゆっくり這う。それはただただ血を求め、異様なまでに殺戮を好み、平和を何より嫌う歪んだ男がにたりと笑ったからだ。
それに対するように一層その不敵な笑みを強めた剣士殿からも殺気が爆発する。一気に部屋に充満した殺気に息苦しくなった。彼は、深い復讐心に駆られながらも目は決して濁っていない彼は、あの少女の魂の色を身に宿し、姿に金色の青年の意思を感じさせる。
「…………貴様のように血気盛んな人間を血祭りにあげ、僅かに残る屑共に知らしめてやろう。
我が不祥の兄もいることだ、貴様を殺した後には人間最後の王族を殺してやろうか?それとも武に司ると自ら名乗った人間の子孫の貴族を細切れにしてやろうか?」
低く響くのは魔王の声だ。隣にいる弓士殿が露骨に顔をしかめ、最後の王族は……王が亡くなったのは初耳のはずだ……ぐっと拳を握り込んだ。
だが、魔王の言葉に先頭の剣士殿は眉一つ歪めず、ただ笑みを消しただけだ。
それを安い挑発と取ったのか、幼子のように短気なあやつは言葉を発した口をそのまま「瞬間移動」の呪術に使い、流れるような動作で剣士殿の近くに移動し、その黒く鋭い爪を振り下ろした。
ガキィン……!
重い音が響き、白くのっぺりとした不気味な骨の剣でやすやすと攻撃を受け止めた剣士殿は言い放った。剣士殿らしくない言葉だが、真意はまた違うのか……否か。
「思い上がりは大概にしやがれ。勘違いにも程がある……細切れに刻まれ砕かれるのはてめえだッ!」
言い放った瞬間にすぅっと剣士殿の黒髪が、毛先から眩い金色に染まっていく。そして現れる金色の青年に寄り添う半透明の、緩やかに丸まる黒髪に、そのやや吊り上がった黒い目の少女に魔王は目を剥いた。
本来黒髪を持つ者や、黒目の人間は片方を持つだけならば人間にもいる。が、両方を持っていて魔族ではないのは、不祥の弟の知識の中では有り得ないからだろう。我は彼女が異世界から来た魂であると知っているからこそ、理解出来る。だからこそ、自らを全てを知る者と豪語する魔王には理解出来ないのだ。
魔王は、人間あがりの魔族を殺せるのだ。その体を、心を操ることが出来るのだ。石ころに宿る程の微かな魔力を使うだけで。だが、今消し去ろうと懸命になっている少女は生を持っていないどころか、魔族ですらないのだ。困惑によって生まれた微かな隙を、二人は逃す筈は無かった。
鋭く切り込まれた青年の攻撃に魔王はよろめく。体制を立て直し、追撃を防ぐ間もなく少女のナイフが振り下ろされる。そのナイフは少女同様半透明でナイフも彼女の一部であると分かった。そうでなければ少女が触れることが出来るのは青年だけになってしまう。弓士殿をすり抜けた彼女の顔は忘れられない。
原因は不明だが分離した彼らは次々と攻撃を繰り出す。やっとのことで魔法を放った魔王の前に立ちはだかるのは少女だった。少女を前にして全ての魔法は届かない。少女に魔法が届くのは青年に魔法がかかったときだけだ。
『敵を……』
押されている。あの魔王が。押されている。最悪の魔王が。
分かっていたはずのことなのに、呆然と見るしかない我は…………なんと凡庸なことか。




