『4』
一足飛びに過ぎていく時間だな。ずいぶんあれから経った。もう俺は十歳だ。無味乾燥だった前世と違ってこの世界はいつも輝き、美しい。それに比べて俺はなんて凡庸で醜いのかを考えてしまうと悲しくなるがな。
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「リュート!今お話してよくて?」
「勿論です、母上」
家庭教師はあれから五回変わった。最初の方は権力狙いのやつが多くて苦労した。父上がその都度調べていたが、なかなか今の家庭教師になるまでは言葉が分からない場合が多くて困ったもんだ。今も悩むことがあるが、少なくはなっている。ただし、ぶっきらぼうな返事で困ったことがないという意味だからもう……。
ちなみにアルバ先生はそのまま。最高の剣の先生だ。剣のことならなんでも教えてくれるし、なんでも教えてくれる。後で聞いたがなんと先生は人間ではないらしい。獣人、という人間と獣の姿が混じった姿をしているらしい。数はとても少なく、えるふ?という生物よりも少ないとか。全ては人間の迫害の所為か…………大人になったら、恩返しがしたいもんだな。
それから、俺の言語知識も「微妙に」上昇した。…………それぐらいだな。五年とは長くも短い。だが、十年は長い。だからもう、前世の口調は逆に難しい。ただ、思考は完璧に日本語のままだが。治らないと自覚した。一生言葉の壁にぶち当たったままだろう…………。
「まぁ、リュート。お勉強中だったの?」
「いえ、今ちょうど区切りがついたところです」
母上の声に、掴んでいた羽ペンを持ったまま、自室から出ると、十年経っても少女のような目を持つ母上は待ち構えていた。ちかりちかりと不思議な光を宿す目は俺の視力の悪い目でもすぐ分かる。
ある日を境に母上が俺に話しかけてくれることが多くなった。こちらとしてはありがたい。だがそれにしても、母上は沢山の剣をくれる。それは貴重な宝剣だったり、丈夫な実用的なものだったり、アルバ先生と同じ大剣だったり、正装用のレイピアだったり、護身用の短剣だったりはするが、とにかく剣ばかりだ。確かに体を動かす口実になるから剣は好きだが、母上は俺に騎士になって欲しいのだろうか?それとも剣をほんとうに小さい時からやりたがったからそれでなんだろうか?
…………それでも俺は剣士になりたくないが。領主や次代の当主としての教育には熱を入れられているが。期待に答えるのに俺は必死だ。
「そう。なら良かったわ。今日はね、リュートにお客様が来てるのよ」
「……はい?」
ちなみに、未だに会ったことのある人間は、使用人を含んでも五十人以下だ。因みに、すれ違っただけの人間もカウントしている。これは……酷い。それなのに客?貴族の馴れ合いなのか?
それとも今回一番長く続いている家庭教師がやめてしまったのか?いい人なのに……?なんだろう?
「ふふふ、リュートのお友達になるかもしれないわね。ウルガ方の従兄弟よ」
「とも、だち……」
言い慣れない言葉をぼそりと呟く俺を見て母上は、無邪気に笑った。友達、友達ね。そうか……従兄弟なら、気軽に会えるかも知れない。
若干体に年齢を引っ張られている俺は最近少し寂しかった。だから、そうだ。精一杯歓迎しなくては。
従兄弟、従兄弟か…………俺に従兄弟がいたとは、な。
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「は、はじめまして、リュディトゥくん!僕はルーウェンス・イル・ルシェヴァルツです!」
「はじめまして。私はリュディトゥ・『スバ』・アッディ・アースル『バ』イツという。リュートと呼んでくれ」
……は、恥ずかしいな……流石に自分の名前は間違えないが、明らかに自分のミドル・ネームから苗字が舌っ足らずだろ!「スバ」ってなんだよ、「スゥバァ」だろ……アースル「バ」イツってなんだよ……アースル「ヴァ」イツだよ……。
「じゃ、じゃあリュートくん!君は剣が得意だって聞いたけど、振るう姿を見せてくれないかい?」
「……構わない」
微妙に舌を噛んだことにショックを受けつつ生返事をした。剣を見せる、までは聞いたが。ルーウェンスくんが気にしていないようで何よりだ……。とてもテンションが高いルーウェンスくんについていくのは大変、だが。
「あ、ありがとう!リュートくん、僕のことはルチェって呼んでね!」
「……あぁ」
ルーウェンスくんのあだ名はルチェ、と。にしてもルチェってどこから「チェ」が来たんだろうな?それとも綴りだろうか?
「では、中庭でいいか?」
「うん!」
いつも練習しているところには母上から貰った剣がやたら沢山あるからな……ルチェが怖がるかもしれないからな。止めとこう。それよりも彼処は練習のために罠だらけだから一般人が入るとすぐに罠に捕獲されてしまうからな。危険だ。
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「ルチェはどんな剣が見たいんだ?」
「んとね、リュートくんに似合うようなレイピアかな!」
俺に、似合うようなレイピア?
幸いにも剣という剣が訓練所に積み上がっているからレイピアも沢山あるが…………似合うような、レイピアか。髪の毛と同じ黒っぽいやつなら色が合っていいだろうな。それにしとこう。
「待っていてくれ」
「う、うん!」
危険だから、と続けようと思ったが噛みそうだから止めた。ルチェには悪いが面子ってのもあるからな…………。
さっさと走って急いでお目当てのレイピアを取ってくる。刀身が黒鉄っぽくて(材質までは知らない)、持ち手には赤色の布が巻いてある。実践にも使えるし、演舞などにも使えそうな綺麗な剣だ。
俺の顔は鏡がこの世界ではしょぼいのと、目の悪さから大して知らないが…………まぁ、いつも無表情か小さな愛想笑いしか浮かべていないし、目付きが悪いから黒にしたんだが。黒はここでもあんまり好かれる色じゃない。黒髪は別に何も言われないし、黒目も大丈夫だが、それは俺や母上が貴族だからだ。平民なら結構危ない。アースルヴァイツは領民に慕われているほうだからいいが、嫌われ貴族ならすごい目で見られただろうな。
「待たせたな、ルチェ」
「う、ううん!すごく綺麗な剣だね!」
ルチェも剣術をやっているのだろうか?黒い刀身を無視して剣の良さを見れるなんて結構目がいいやつだな。
「剣を振ってみせるんだったか?」
「うん!あ……レイピアだから振るんじゃないよね?」
「刺す、だ。練習の時にやる動きならできるが……それでいいか?」
レイピアを構えて、前方に突くような動き……みたいなものだ。アルバ先生に教えてもらったが、あの先生は大剣使いなのにレイピアまで教えれる先生だ。やはり最高の先生だ。
「もちろんだよ!」
キラキラした目で叫ばれても……。あんまり見せる技ではないがな……。まぁ、やってみせるか。
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「は、はじめまして、リュディトゥくん!僕はルーウェンス・イル・ルシェヴァルツです!」
アースルヴァイツ家に、僕は従兄弟がいるんだ。何でも、父さんのお兄さんがアースルヴァイツ家に婿入りしたって。
僕には友達らしい友達がいないから、自己紹介でも声が裏返っちゃった。リュディトゥくんの名前だけは母さんに耳にたこができるぐらい聞いたから知ってるんだ!
「はじめまして。私はリュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツという。リュートと呼んでくれ」
小さな微笑みを浮かべたリュディトゥくん……リュートくんは穏やかな声で自己紹介してくれた。リュートくんって、リュートくんのお父さんとお母さんによく似たすっごい格好いい人だから緊張してたけど、…………うん、今もちょっと緊張してるけど、何か、血が繋がっているのが嘘みたいな人だなぁ。何か、言い表せない感じ。
でも。今日リュートくんに会いに来たのは友達になるのももちろんだけど、リュートくんが得意な剣を見せてもらうため。僕も剣を習うようにお父さんからもお母さんからも言われているけど、怖くて、真剣を持ったことがないんだ……。演舞の一つでも身につけないといけないのに。
そしたらお父さんが、従兄弟のリュートくんがすごく剣が上手いから、見せてもらいなさいって……もう十歳になったからそろそろ会わせようと思っていたんだ……って言ったんだ。
「じゃ、じゃあリュートくん!君は剣が得意だって聞いたけど、振るう姿を見せてくれないかい?」
「……構わない」
リュートくんって、身長が高い。だから、剣を小さい時からやってるなんて嘘みたいだよ。小さいことから剣をやっていると、身長が伸びなくなるって、僕の剣の先生が言ってたのに。でも、お父さんが言うなら剣、すごく上手いんだろうなぁ。
「あ、ありがとう!リュートくん、僕のことはルチェって呼んでね!」
「……あぁ」
リュディトゥくんがリュートくんって呼ばれるように、僕のルーウェンスをルチェにした呼び方を呼んでくれないかな、と小さな期待と一緒に言ったら、リュートくんは良いって言ってくれた!嬉しいな!