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「……×」
魔法で生み出した激しい炎の中から、まるで地を這うような低い憎しみに満ちた声が聞こえてきた。同時に炎から溢れ出すのは深い殺気だ。
「××××、××××…………」
意味の分からない声は、どこか魔法を使うときに使う言葉によく似ていた。
ふむ、あれだけの炎を浴びていながら生きているとは。喋れるとなると…………最早異様だな。人間の変異種なのか、こいつは。
不意に炎が不自然に切り開かれた。現れたのは無傷の人間だ。目には激しい復讐心を抱き、人間であればゾッとするようなえもいえぬ光が宿っていた。顔は私に似ている気がしてならなかった。
「×××ッ!」
そして、鋭い叫び声と共に炎から飛び出した鴉色の青年はまたも剣で切りかかってきた。
「……」
さて、この興味深い人間をどうやって殺してしまおう。
・・・・
・・・
・・
・
視界が赤に染まる。それは炎の赤だ。
視界が赤に染まる。きっと憎しみと悲しみの光だ。
視界が赤に染まる。嗚呼、憤怒と闘争心の色だ。
「……き」
……考えずに口ついて出る言葉に身を任せようか。今世で学んだ剣術は、前世での経験は無駄ではないだから今は本能に身を任せよう。
「効くかよ、ざけんな……」
先生を、アルバ先生を間接的に殺したこいつは、俺に効かない炎をぶつけるしか脳が無いのか?
それにさえ憎しみを覚え、ブンッと剣を振り回す。炎を切れば視界が開け、魔王の姿が現れる。魔王も一瞬でこちらに気付いたが、それより早く俺は迫った。
「食らえ!」
剣は狙った魔王の首には当たらず、とっさに首を庇った魔王の腕をバッサリと切断した。何故か噴き出さない血はダラダラと剣を伝って地面に滴り落ちた。血は紅く、ふと思い出すのはナイフの色。狂気と虚偽に満ちた前世の記憶。手に握った剣をあのときのナイフのように思い、微かに口元が吊り上がった。
「…………妙な精霊を飼っている人間、図に乗るな」
意味の分からない言葉が聞こえた。セイレイとは何だ。知らない言葉だった。
次の瞬間に胸に受けたのは痛みと激しい衝撃。そして頭の中が引きちぎれるような感覚だった。心を二つに無理やりちぎり取るかのように、ブチブチと嫌な音を立てる。自我が崩壊するような感覚だった。
衝撃のせいで全く息が出来ないが、薄れゆく意識は剣を振るう。
「……ッ!」
渾身の一撃が魔王を掠めたのを最後に俺の意識は途切れようとした。
シュバッ!
不意に煌めく光が俺と魔王を引き裂くように舞い散ったのが見え、不意に霞がかった意識が浮上した。
「……君には魔法が効かないそうだから苦労したよ」
聞こえたのは、賢者様の声。そういえば賢者様と魔王の声はよく似ている。ふと思ったことを振り払った。
「魔王を倒すのは無理だよ、剣士殿。一旦引きなよ」
続いて止める声が聞こえたがそれは無視してまた俺は魔王に剣を向けた。
・・・・
・・・
・・
・
「……………×、×××……」
易々と吹き飛ばされるリュート。次第に傷が増えていくのはリュートだけ。魔王には最初の攻撃以外は当たっていない。
僕は無力だ。親友の危機を救えすらしない。そうだよ、ただただギリギリと歯を食いしばるしかない。僕が弓を放てばまず間違いなくリュートに当たる。それだけの余裕を魔王は持っているから。隣でリュートの剣や服に向けて強化の魔法を唱えるオランが妬ましくてしょうがなかった。
だから仕方なく、久しぶりすぎる魔法を使った。魔王と同じ炎の魔法だ。手で包み込めるほどしか大きさはないけど。
リュートに魔法は効かないから思いっきりぶつける。魔王は気づいていないのか、食らおうが眉一つ動かさなかった。
「……僕が乱入すればリュートの代わりに一、二回攻撃を受けれるかな?」
「ルチェが前衛の動き方を知っていればね」
冷たくそっけなくオランが言い返してきた。道理過ぎて何も言えなかった。
実際僕には身代わりになれるほど体術に優れているわけでも、立ち回りができるわけでもない上に前衛に立ったこともない。弓士としてはそれなりの自信があるけれど、今の戦いに関与する能力はない。
「……賢者は魔王の特に強い攻撃を逸らすのに必死だし」
「賢者は魔法を使って攻撃していない。ルチェ、効かないなら無駄だ。止めとけ」
火弾が無駄だと言われ、仕方なく腕を下ろしたけど次の瞬間には僕はリュートのいる前線に走り出していた。
何故なら、魔王は魔法で生み出した剣をあっさりと、あまりにも易々とリュートの胸に突き刺したのだから。リュートは焼けて剥き出しになった大理石の上に崩れ落ちた。
僕が必死で魔王を蹴り飛ばしてリュートを抱き起こした瞬間、覚えのある感覚と共に視界が緑の自然に染まった。
魔王戦一回目と戦略的撤退。




