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「……正直に言うとな、リュート」
暫くは室内では無言が続いていたが、不意にウルガさんが声をかけた。声をかけられてもリュートは身じろぎもしなかったが。
「アルバ殿は敵討ちを望まないし、魔王の力は強大だ。それでも行くのか?」
「あぁ、そうだよ」
間髪入れずに返事をし、だけども先ほどのルチェの言葉のお陰で今すぐには行こうとしないリュートを見て……シェーラさんは仕方なさそうにため息を一つ吐くと、リュートへ歩み寄った。そして、「あの時」より随分と背が伸びたリュートを眩しそうに見上げた。
その視線に気づいたリュートは床からシェーラさんに視線を移した。
「今すぐいかないのなら、ちゃんとした服だって用意できるし、伸びた髪の毛も切れるわ。
ねぇ、リュート。私に久しぶりに母親らしくさせてもらえないかしら?」
シェーラさんの言葉に戸惑ったように視線を彷徨わせたリュートは、ぎごちなく笑みを作ると、小さく頷いた。そして、とても照れくさそうに言葉を付け足した。
「……、喜んで、母上」
シェーラさんは、リュートの返事を聞いて幼い少女の様にあどけなく笑った。
二人を俺は、それをただ見つめるだけだった。十年前の愚かな自分への反省をしながら、また、あの苦々しい敗北感を懐かしく思い出しながら。今考えるとよくリュートに喧嘩を売って、剣で戦って生きていたもんだ、俺は……。
・・・・
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「あ、リュートたちはこの部屋から出てはいけないわよ」
「……何故ですか、母上」
さっきから昔みたいに敬語で話すリュートは、ゆっくりと、とても言いにくそうに喋っている。……まぁそうか。久しぶりすぎる敬語だもんね、僕なんて覚えてるかが疑問だもの。
「この部屋には特殊な結界が張ってあるのよ。だからリュートたちがこの国に入ったことが魔王に伝わらないの。私や母様は魔族だから大丈夫なの」
「……、そうですか」
やや憮然とした表情になったリュートは間違いなく「早く言って下さい、母上」とでも言っているみたいで少しおかしくなった。そして、シェーラさんが扉を開いて招き入れた、アースルヴァイツ家のメイドさん達に僕は戦慄した。リュートに至っては、怯えたように壁の方へゆっくりと下がっていっているぐらいだ。オラン?「ヒィッ!」とか叫び声を上げてへたり込んでるよ。
何が怖いって、リュートを発見した時の反応。多分、十年務めているメイドさんもいると思うんだ。だから、リュートの格好いい成長っぷりと伸び放題の髪の毛……つまりやりたい放題にリュートの髪型をいじれるっていう訳で……。
「さぁ、リュート。十年ぶりに髪の毛を切って服を新調しましょうね?」
「リュディトゥ様。お久しゅうございますわ。私達メイドが、リュディトゥ様を一番輝ける姿にしますから、ご安心下さいませ!」
「……、×、×××××××……」
リュートはよくわからない言葉を口走っていたけど……僕も標的にならないうちに逃げようかな……って、この部屋から出れないじゃないか。へたり込んで逃げれなかったオランは既に巻き込まれてるし……!
リュート、ごめん。今回ばかりは自分の身が大事だよ……!僕は超絶鬼ごっこをしなくちゃいけないから……!な、何で魔族なのに僕より脚が速いわけ?!おい、追いつかれる……!
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「……!……!………………!ぐ、ぐほぉっ……」
「大丈夫か、ルチェ。何、阿呆みたいに口をパクパクさせながら口を抑えてるんだ?」
アースルヴァイツの使用人に揉みくちゃにされた俺達はやっと開放されて床に座り込んでいる途中だった。最後まで揉みくちゃにされまくったリュートは床に手をついて息を切らしていた。そんなに苦しかったのか……?絶対に目が虚ろだな……かく言う俺も疲れきった顔をしているに違いない。
「リュートが、りゅうとくんが格好良すぎてもう僕駄目……ふふふ、本物の王子様がここにいるのにりゅうとくんおほうがずっとずうっと格好いいね……」
「うるさい黙れよ、分かってんだよ……」
変態化したルチェはものすごく、いやものすごくなんてもんじゃないぐらい気持ち悪いが視線はしっかりと、固定されたようにリュートを見ていた。「リュートくん」だなんて昔みたいな呼び方をしているから多分興奮のあまり幼児退行でもしてるんじゃないか?
「…………………、×、……××××」
呆然と呟くリュートの言葉は意味不明だが、しばらくそっとしておいてやろうと思って放置しておく。すっかり短く切られた髪の毛は先ほどのルチェぐらいだ。さっきのルチェの長さといえば、女性のボブカット?よりは短いがショートヘア?よりは長いぐらいだ。髪の短いリュートなんて見たことがないから多分、ショックも大きいんじゃないか?好きで伸ばしているようではなかったものの……。
「髪の毛が長いりゅうとくんってとっても格好良かったよ、でもね、今の短い髪の毛のりゅうとくんもとっても素敵なんだ、もう格好良すぎて何かが出そう、鼻から何かが出そうなんだ、でもね、りゅうとくんを、素晴らしくて格好よくて最強のりゅうとくんを引き立てているのはそのものすごく似合う髪型だけじゃなくてね、服装もなんだよ、オランが作った服もりゅうとくんに似合ってたし悪かないけどやっぱりそこはかとなく漂う貴族の雰囲気っていうのがりゅうとくんを引き立てる最高のスパイスだってことに今気づいたんだ、あ、でもね、ワイルドで野生的なバーバリアンチックなりゅうとくんも素晴らしいんだよ、でもやっぱり貴族然としてはいなくても上品さがあったほうがりゅうとくんらしくて僕は好きだよ、それにりゅうとくんの艶々の髪の毛って少し巻き癖があったってことを初めて知ったよ、天然パーマといえばオランもだけど、オランごときがりゅうとくんとおそろいだなんて、今すぐ髪の毛をまっすぐに伸ばしてしまえばいいと思うけどね、それからりゅうとくんが今着ている白いジャケットがすごく似合うよ、でもその下に着ている丈夫そうなシャツは少しだけ上品な柄だよね、そういうのがすごく似あってるよ、りゅうとくん!メイドさんがすごくいい仕事をしたのが分かるよりゅうとくん、ズボンもいつもと違って長ズボンなんだね、珍しくて新鮮に見えるけどすっごくよく似あってるよりゅうとくん!黒い色のズボンだね、もう僕の目の中に永久保存された感じだよえへへ……あ、よく見るとりゅうとくんの全部が素晴らしいものだってことに気づいたよ!当たり前なのに今になって気づくなんて、僕ってとっても馬鹿だよね、オランが言うみたいにやっぱり阿呆かもしれないけどりゅうとくんの素晴らしさについては僕が一番良く知ってるつもりだよ!それから……」
「黙れルチェ!」
いつまでもとうとうと語り続けるルチェを蹴り飛ばしておいた。語ると気持ち悪さが三倍だな……残念なやつだ。最近はあまり聞かなかったが、自制心が吹き飛んだのか?やめてやれ、リュートが可哀想だ。
「さぁ、リュート。十年ぶりに髪の毛を切って服を新調しましょうね?」
「リュディトゥ様。お久しゅうございますわ。私達メイドが、リュディトゥ様を一番輝ける姿にしますから、ご安心下さいませ!」
「……、×、×××××××……」
「……、お、お手柔らかに……」
です。
変態化したルチェはものすごく、いやものすごくなんてもんじゃないぐらい気持ち悪いが視線はしっかりと、固定されたようにリュートを見ていた。「リュートくん」だなんて昔みたいな呼び方をしているから多分興奮のあまり幼児退行でもしてるんじゃないか?
「…………………、×、……××××」
「…………………、う、……疲れた」
です。
日本語混じりに気づいていないリュートと理性が飛んだルチェ回でした。




