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「っ!何だい、これはっ!」
リュートの叫びと嗚咽が響く中、現れたのは年若い女性。先程の魔族と同じく瞬間移動でやってきた上、賢者が無反応であるから恐らくはリュートのお婆さんの賢者だろう。
「賢者が、アルバさんに頼まれて、魔法で魔族を倒した…………」
「先生ッ!先生ッ!うわぁぁぁぁぁぁっ!」
亡骸にしがみついて泣き叫ぶリュートを痛ましそうに見たキルディエットはそっとリュートに歩み寄った。普段なら知らない者が近付けば警戒するリュートはただただ泣き叫ぶだけ。
「……今はお休み、可愛い孫」
紫色の光を浴びせたキルディエットは目を見開く。
「……!魔法が効かないのね、ミーミルファンの賢者?」
「何故かは我も知らんよ」
キルディエットがリュートに浴びせたのは「睡眠」か「休息」の魔法だったのだろう。それすらも効かないリュートは自分が何をしたかも気付かずにいた。
仕方なくウルガがリュートの首筋に一撃を加えて気絶させると、そのままゆっくり担ぐように抱き上げると(背に矢が刺さっていて寝かせないのだ)睨み付けるルーウェンスに言い訳する。
「手荒いが、リュディトゥは柔じゃないから大丈夫だ」
「知ってる……」
頭で理解していても、キッと睨み続けるルーウェンスにウルガは苦笑するとキルディエットに向かい合った。
「義母上、わざわざ来て頂いてありがとうございます」
「……私は何もしていないから。それよりも、何が……?」
困惑するキルディエットにウルガは顔を伏せた。
「魔族が攻めてきた、私達は劣勢だった、リュディトゥの先生がリュディトゥを庇って亡くなられた。沢山ありましたよ、義母上。話しきれないので取り敢えずここから移動しましょう」
暗い声にキルディエットは頷き、いつの間にかそばにいた賢者と共に「瞬間移動」の魔法でそこから消えた。
ミーミルファンと呼ばれた魔族にとっての地獄の地に残ったのは、魔族の大量の死体と、アルバの剣だけだった。
・・・・
・・・
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「……!お帰りなさい、お母様……?
リュディトゥ!あなた!」
アースルヴァイツ家の邸宅の中心部。不自然なまでに強固な結界が張られたそこは決して魔王に悟られることのない場所であり、人間が生きる最低ラインまで魔力が抑えられている場所だった。そこでシェーラは母の帰りを今か今かと待ち望んだいたのだ。
賢者の母は程なくして帰ってきた。勿論、出発前の言葉通り彼女の愛する息子と夫を連れて。だが様子は尋常ではなかった。
全身血塗れで未だに滴る紅を頭から被ったリュディトゥは背に矢は刺さり、傷があり。しかも意識はない。そのリュディトゥを背負う夫は目立つ傷こそ無いものの、俯いていた。悲しみに暮れる様子なのは全員同じだった。
見覚えのある青年たちは、シェーラの知るルーウェンスやオラニウスだろうと分かったが、成長して姿は違うが面影があり、割とすぐに分かった。だが酷くぼろぼろで、自分の足で立ってはいたが。その背後には見知らぬ不思議な男に倒れたアルバ。
尋常な光景では無かった。
「シェーラ、今はリュディトゥ達の手当てからだ。話は後にしてくれ」
「は、はい、あなた」
十年ぶりの息子は、泣きはらした目を開きはしなかった。
・・・・
・・・
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「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「リュート、動かないで!ルチェくんも止めて!」
程なくして目を覚ましたリュートは、意識が覚醒した瞬間から叫び声をあげた。痛みからじゃ無いように見える。やっぱり、アルバさんが亡くなったときの記憶がフラッシュバックしているのか。
いつも強くて、頼りになって、誰よりも優しいリュートは今、泣き叫ぶことしかしない。リュートが泣くのを見たのは初めてだ。だけど、僕は心が麻痺して悲しみを感じれない。リュートが暴れるのを必死で止めるしかない。
「……魔法が、効かない……?」
「リュディトゥは、何故か魔法が効かないんだ。普通の手当てをするしかない」
リュートの理性的に優しく輝いていた金色の目を覗き込む。目は開かれているから目を合わせるのは簡単だった。
目の奥に浮かぶ感情は深い悲しみ。虚無のように深い悲しみに引きずり込まれそうになりながら、リュートに声をかけることが出来ない。涙で血に塗れたリュートの顔が洗われていく。
「…………」
「坊や」
つかつかとリュートのお婆さんの賢者……見た目は若いけど……が歩み寄ってきて、何故か僕に話しかけてきた。
「な、何?」
「確か、ルシェヴァルツ家のリュディトゥの従兄弟はあなただったかしら」
「……そうだよ」
手当てをしようにも魔法が効かないリュートをどうしようと考えながら生返事する。昔ながらの手当て?この十年、リュートは怪我なんてたいしたものしてないから僕は手当ての仕方を知らない。たまに失敗して血を噴いてたオランなら分かるかな?リュートに何かあったらただじゃ済ませないけどさ。
「私の魔法はリュディトゥに効かないわ、でもあなたに効けばリュディトゥも治るならどうする?」
「…………何をするつもりだ」
僕は魔法で怪我するし、小さい時には治して貰えた。だから魔法は効くと思う。だけどリュディトゥは?関係無いじゃないか。
「聞き捨てならないよ、キルディエット。我らは禁術使いではない」
「禁術ではないの。身内間なら魔法で傷が移せるから、年が近い従兄弟に傷を移して治せばいい」
傷を移す…………?もしかして、あの禁術?
「ディッダの禁術でしょ、自ら瀕死の傷を負って、仇に擦りつけた」
「…………使い方よ、リュディトゥの傷は致命傷ではないからあなたは死なない」
…………よくよく考えたら、リュートの代わりに怪我をしたらリュートも治って僕も治るんじゃないかな?なら答えは一つだ。
「リュートが治るなら僕に移してもいいんだよ?」
多分、何故か後ずさったリュートのお婆さんには僕の顔が満天の笑みに見えたんじゃないかな。その通りだけど。




