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母う……母さんからの手紙は、懐かしくてとても嬉しくもあったが同時に俺の頭痛を酷くを痛くするのには充分過ぎる程長かった……。
「…………」
内容を頭を抱えて何度も何度反芻し、目を瞑って全ての意識を解読に集中する。眉間に皺が寄るのが分かる。あぁ、この十年間、喋るのでさえ適当だったのが悔やまれるな……。もっと言葉について重く考える考えておくべきだった……。
「リュディトゥ、そのままの体勢で良いから聞いてくれないか?」
「……止めてくれ」
父さんがそっと声をかけてくれたが、生憎そんなふうに聞きながら翻訳する余裕は微塵もないのだ。限界、キャパオーバー、言葉の壊滅。日本語で色んな言葉が頭の中を渦巻き、この言語を片っ端から日本語に翻訳していく。
「…………」
・・・・
・・・
・・
・
「……頭が痛いな……、父さん、もういい」
「そうか、頭の整理はできたか?」
長い間ずっと伏せていた顔をあげたリュートの坊主はこくりと小さく頷き、ため息を一つ吐いた。そして酷く疲れたようにゆっくりと胡座をかき、ウルガ殿を見上げた。この頃目にしていなかったあの鋭い目が少し伸びた前髪の間から覗いて、ギラギラと光った。あの日の、坊主と出会った日のあの目だ。だがそれはウルガ殿に向けられていても、決してここにいる者に対するものではないのは分かる。魔王に向けた深く昏い憎悪が、憎しみの似合わぬ坊主の目を染め上げる。
「では、あの手紙の件に関してだが……正直今のままでは住民たちを魔国に逃がす方向で作戦を立てるしか無いと思われる」
ウルガ殿の言葉が始まってから、服の裾を引きずりながらこちらにやってきた、オランの坊主が小声で口を挟む。見ているだけで邪魔ったらしいフードをいつもと違って目深にかぶられているから、小憎たらしかった顔は見えない。
「……ウルガさん。今、皆を逃すと多分魔族と鉢合わせすると思う」
「あぁそうだな。だからといって寸前に賢者様の魔術で逃すとなると、流石に体の魔法負荷が掛かり過ぎる……だが、一緒にいてもどうせ義母上が来る前に魔族が来てしまうな……準備もあるだろうから三日は置きたかったが、今日か明日に逃げてもらうか……」
ガリッと何か、硬い木の実を腹立たしげに噛み砕いたリュートの坊主が無言のままさっきのように俯いた。伸び放題の黒髪がパサリと顔にかかり、あの薄ら恐ろしいほどの昏い目は見えなくなったが、部屋には一層嫌な雰囲気が立ち込めていく。
自分を超えて強くなった坊主が、もし、このリュートと魔王とが出会ったら……間違いなくその呪われた命を狙うだろう…………。そう思わせる、息苦しいばかりの深い殺気がリュートの坊主を中心に渦巻いている。
…………坊主には魔王であろうと殺しをしてほしくないが、俺が止めても無駄、だろうな……。力量的にも止まらないだろう。
魔王に坊主は、俺達は恨みがある、それに家族の自由を奪い、この村の住人の何人かは魔王に家族を殺されているのだから。リュートの坊主も命を狙われた一人。そして今、また…………狙われていることも分かったところだ。俺も、同族を殺されて魔王が憎い。だが、同時に哀れにも思ってしまう。リュートの坊主に命を狙われたのだから。リュートの坊主より、現段階で魔王の方が強くとも、いつかきっと……魔王を討ち滅ぼすだろうから……。
「そう、してくれ……」
絞りだすように声を出したリュートは不意に立ち上がって踵を返し、小屋から飛び出した。いつもの光景とはいえ、木から飛び降りるリュートの坊主を見ると肝が冷えるが……今日もまた、軽やかに着地したリュートの坊主は瞬く前に見えなくなった。
・・・・
・・・
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「……っ、魔王がぁ!十年経ってもあの強欲は変わらないままかよッ!」
ダンッと足を踏み鳴らし、軋む床板を無視してギリリと歯を食いしばる、ルチェ。昔の俺ならあの行動は俺もだっただろうが、ルチェが怒っている分は何故か頭が冷えた。
リュートには決して見せない憤怒の形相、荒げた声。顔を真っ赤にして当たり散らすルチェはアルバさんによって止められた。
「よしな、ルチェの坊主。何をしても今は変わりやしねぇんだからよ」
「……くっ!」
ルチェは乱暴に壁に立てかけてあった弓と矢筒を取り上げるとリュートと同様、飛び出していった。ただ、彼の場合は梯子を乱暴に降りただけ……だけども。
血の気の多いルチェの本性をリュートは知らないが、偶にブチ切れて長々と俺に愚痴ってくるルチェが、外に飛び出していった。……これは荒れそうだ…………。
「……ここに居られないのか…………」
だけど、俺もここに未練はある。沢山……楽しいことがあったのだから。自分の力で打ち立てた名声に自分の力で手に入れた技術に知識。それが、正当に評価されたのはここだから。
だからつい、言葉が漏れた。無意識に言った言葉は他人の言葉のようで、自分が心底落胆していることがわかった……。
「ま、そうなるな……。だが、義母上が来るのだから安心すればいい」
ウルガさんの声は遠く聞こえた。




