『19』
実はリュディトゥとルーウェンスはあまり顔の造形や雰囲気は似ていない。だが、それを言ったら俺がルーウェンスに捻り殺される……主に精神的に殺されそう……なので必死に顔を見比べる。気持ち悪いほどにデレデレしたルーウェンスを見る羽目になったが、命は惜しいだろ…………。考えろ、俺。ルーウェンスとリュディトゥの似ているところを探せ……。
「う、うむ。鼻の形や口元に血のつながりを感じるな」
「僕、一生鼻と口を大事にしよう!…………あいたっ!」
決して嘘は言わないように、かすかに角度が似ているような気がした鼻と似ている気がしないでもない口元のことに言うと、一瞬にして敬語が消し飛んだルーウェンスがまた勢い良くリュディトゥに頭を下げられていた。その間も当たり前のようにリュディトゥに軽々片手で持たれる大剣に、もしかしてあのことを今もかなり怒っているのではないかと戦慄が走る。一発。あの剣で、リュディトゥの力で斬られれば即死するだろう。あ、謝らないと……。
「申し訳ありません、王子殿下。
あまりルーウェンスを興奮させると私も殿下も危ないですよ」
「き、肝に命じておく」
では殿下、失礼します、と今までで聞いた中で一番明確な発音に、義務的に作ったものとすぐに分かる微笑を貼り付けたリュディトゥはルーウェンスの襟をかなりの力で引っ張って中に押し入れる。するとルーウェンスが対照的な、心の底からのものすごい笑顔でドアを閉めた。おい、襟締まって苦しくないのか?
バタン。
ドアが閉まったその音が聞こえてから俺と近衛兵は数分動けなかった。とりあえず言えることといえば…………。
「…………父上に、ルシェヴァルツ現当主に何かしてやるように進言すべきだろうか?ルシェヴァルツのルーウェンスと屋根一つ下で住んでいる時点でもう勲章ものじゃないか?自分の息子といえど……あれは」
「そうですね……。
あ、あの…………。殿下、当初の目的は……」
「ルーウェンスがいる時点であの出来事を言えと?間違いなく近くにいるお前も殺されるぞ、あいつ、アースルヴァイツのリュディトゥといると豹変するのだから」
謝るのはまた、次に。言う勇気は自分にあるのかは分からない。リュディトゥに言われたことの答えもまだ分からない。だが、な…………。
少し、呪いの呪縛から抜け出せたような気がした。
・・・・
・・・
・・
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「ルチェ…………叔父上に言いつけても良いんだぞ?」
「リュートくんに頭を触って貰ったからいいよ!こういうのを『我が人生に一片の悔いなし』って言うんだね!今なら父上に思いっ切り殴られても全然痛くないと思うよ!えへへ、リュートくんの事を思っているからきっとずっと笑顔だよ!」
「…………」
ルチェがおかしい。早口すぎて偶に聞き取れないこともあるが、おおよそは聞き取れた。これは本格的に叔母上に相談すべきだろうか。それとも父上や母上から言って貰うべきなのだろうか。何を間違えた。
深い溜め息を吐きながら取り敢えず手に持っていた大剣を磨くことに専念する。気をつけないと、顔を近づけないと手を切りかねないからな。それに磨く油で汚れてもいいようにわざわざ練習着を着てやっていたが…………王子に見せて良い服じゃなかったな。まぁ、いきなり来たのは向こうだし、いいか。
この間もルチェはあっちをふらふら、こっちをふらふらと歩き回り、キョロキョロしている。別に間取りは隣のルチェの部屋とそう変わらないと思うんだが。
それにもっと豪華な部屋が見たいのなら、叔父上の部屋に行けば手っ取り早いのだが……。まぁルチェは豪華なものは見慣れているか。
「リュートくん、どれだけ剣を持ってきたの?……あはは、すごい数だね」
「持ってる種類だけだ」
持ってきた量は持ってる剣の量の三分の一以下だが……。まぁ、母上がくれる剣の量が一般的でないのは知っている。俺の剣の練習場は既に一般人や素人が入れる場所じゃないのも知っている。俺は……単に慣れだ。前に父上が顔をひきつらせながら入ってきていたな。結局何も言わなかったが、何の用だったのだろう?
「へぇ……僕は弓を三つ持ってきたよ……えへへ」
「ロングボウとショートボウとボウガンか?」
あ、しまった。ボウガンは日本語で言ってしまった。通じないよな……。ボウガンに近い物はあるのは知ってるが、所謂ボウガンはこの世界にないのを忘れていた。というか銃がない。銃という概念もない。弓は自分で引き絞って引くものという考えしか無いのだ。魔力がこもっていて、ある程度の筋力があれば普通よりも強い一撃を与えられる代わりに力がなければ無理に引いても腕に重大なダメージを与えてしまうという弓があるぐらいだ。まぁ無理に引けば腕は死ぬな、代わりに強烈な攻撃が与えられるそうだが……ちなみに前にその弓を気まぐれに引いてみれば……壊れたのを覚えている。弦が切れた。どうしろというのだ。
「ボウガン?持ってきたのはクロスボウだよ、ふふふ」
そうか……。まぁ、ルチェが毎度の事ながら俺の不可解な言葉や間違えた言葉、甘い発音にツッコまないのには感謝しているよ。あの王子にはかなり言葉を間違えたし、発音が甘かったのは自覚している。どうしようか……。……王子も寛大だ、なかなか。気づいているだろうに言わなかったのだから。
「そうか」
さっきから話している最中もデレデレニコニコ笑っているルチェがだいぶ気持ち悪い顔になっているのは流石に分かる。言葉の端々に少し危ない笑い声が聞こえるからな。さっき顔を近づけてみたルチェの顔は世間一般的にイケメンだったが、デレデレとした顔を想像してみると、どう考えても気持ち悪い。イケメンでも無理があるっていうものだ。
どんな頭の構造をしているのか、ルチェの中で俺は美化されまくっている。剣術補正がかかりすぎだ。最早異常。目医者があるなら行ってこいと言いたい。
だからあまりルチェを喜ばせるとろくな事がない。まぁ、直接的な害はないし好いてくれるのは嬉しいが………………限度って、知ってるか……?ルチェ。
・・・・
・・・
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「……父上」
「何だ、オラニウス」
答えは出ていないんです。だけど、分かったことがあります…………だから、聞いて下さい。
そう呟くように言うオラニウスは今までの世間知らずで現実を見ようともしない、傲慢な王子ではないように見えた。私がオラニウスが小さい時に目を離してしまったせいで洗脳の魔法を受けた、幼き日のオラニウス。そのことに反省はしているが、それ以上に洗脳が解けてもなお考えを変えようとしないオラニウスの行動のひどさについ、アースルヴァイツのリュディトゥをけしかけてしまった。結果は想像通りにオラニウスの惨敗。まじめに修練を続け、剣聖の元で純粋な武を学んだアースルヴァイツのリュディトゥは……人間のままのだった。対してこのオラニウスはどうだったか。人間ではあるものの、誰よりも魔の者だったろう。考え方や、行動が。
そして、それでも卑怯な真似をしたオラニウスの剣をへし折ったリュディトゥの元にさっきこやつが訪れたのは知っている……どのようなことを言われたのか。どのような心境の変化があったのか。オラニウス、我が息子よ。




