『18』
ルシェヴァルツの少年は、アースルヴァイツのあの人について、実に楽しそうにそして嬉しそうに、まるで自分のことのように話し、見方によっては盛大に大暴走していたのを思い出す。滑舌が悔しいぐらいに良い所為か、全てが聞き取れてしまった。一秒間に話された言葉はどれぐらいあるのだろうか。理解できてしまった故に頭が痛い。兎も角、ものすごく懐いていた。彼とルシェヴァルツの少年は同い年のはずなのに。それから、自分がやってしまったことをゆっくりと思い返す。
…………下手すれば、否、下手しなくてもルシェヴァルツの少年に暗殺されそうだ。決して軽いものではない王子の身分に感謝したが……果たしてそれはあの少年を止めるのにこの地位は役に立つのか。あの異様なまでの執着ぶりを見るとそんなものあってもなくても同じだろうな……。護衛なぞ、役に立たない。彼もまた、実力者だからな……。ある意味、あの少年は彼がいなくなれば死ぬんじゃないか?呼吸並に必要としていたような……。
そして、未だ悩んだように僅かに下を見るリュディトゥを見るが……。やっと彼が口を開いた言葉は俺の心に突き刺さった。
「質問に、質問を返しますが、王子殿下は嫌な言葉を聞く、たことはありますか?」
「……嫌な言葉?」
「王子殿下は、とても黒色持ちの人を嫌う、いわゆる選民意識、が持っておいでです」
幼い、子供じみた幼稚な発音に端々には間違えた言葉。彼から出たとは思えない言葉だが……今は考えるまい。
そうか。内容は染み透る。選民意識か……。持っている、んだろう、か。黒色の髪や目を持つものを嫌悪し、金色の色を持つものを優遇する。まさしく、選民意識。獣人にも、それはたしかに持っている。
「剣聖アルバを知っておられますか?」
次に、さっきの間違いをごまかすように明確な発音で問われた質問に、一瞬俺は全てを忘れた。剣聖アルバは俺の最も尊敬している人物の名前だったからだ。
「ああ!剣聖アルバは俺の憧れだ!何でも、熊のようにがっしりしていて、身長が高くて、どんな剣でも使える人だ!さぞかし立派な人なんだろうな!」
俺のその言葉を聞いて、わずかに笑った彼も剣聖アルバを尊敬しているのか。少しだけ湧いた親近感は、彼の次の言葉で嫉妬にも悲しみにもなった。剣の得意な彼の、理由を少し知る。
「剣聖アルバは私の先生です。アルバ先生は、私にこうおっしゃいました。
『差別のないリュートの坊主はきっと強くなる』
と。
どうして、と聞いた、と……アルバ先生は今まで見た目で徒労をしたからです」
訛って、それから舌っ足らずで幼稚な言葉。間違いだらけの文法の言葉を理解するのに数秒。剣聖の弟子だと理解するのに数秒。あの剣聖の徒労(苦労?)の理由に驚愕して……。剣聖アルバが俺のような、普通の容姿でないのか、と思い当たる。獣人。力が強く、体の一部が獣の人間の亜種。俺も、黒色の人間ほどではないが、差別をしていた、いや……差別をしている人々だ。
「殿下はきっと、獣人の先生に教えなんかきけません。王子はきっと、私のような黒色の髪や目を持つ者の話しなんか聞かない。そうでしょう?」
凍てつく氷の魔法よりも冷たく、つっけんどんに突っぱねられた言葉とともにバタンと強く閉じられたドア。そして、とうとうドアを殴る音が限界まで音が激しくなった隣の客間の少年が勢い良く飛び出してきたのも、同時。あの剣聖アルバが、獣人なのか、黒色を持っている平民出なのか……それは知らない、分からない。が、愕然として、立ち尽くした……時のことだった。
・・・・
・・・
・・
・
「もう我慢できないっ!」
高い声変わり前少年の叫び声と共に飛び出して来たのは予想通り、あのルシェヴァルツの少年だった。釣り上がった黒い目にギラギラと盲信する狂気が宿っていた。先程までリュディトゥの眼光によろめいていた近衛兵も、警戒して槍を構えた。かすかに、少年の黒い目と、リュディトゥの金色の目が重なる。…………それは確かに似ていた。
が、ルシェヴァルツの少年は俺や慌てた兵士を無視して一目散にリュディトゥの部屋に向かう。そして先程までの叫び声とは裏腹の、控えめな小さなノックをした。どう贔屓目に見ても俺や兵士が見えていない。見る気すら無い。
「リュートくん、やっぱり僕には無理だよ、だって壁一つ挟んでリュートくんが居るんだもん。だからさ、一緒に泊まれなくても今ぐらい一緒にいようよ!ねぇねぇリュートくんってば!僕にもリュートくんみたいに大剣が使えたら、ううん、リュートくんぐらい簡単に持ち上げる事だけでも出来るならこんな壁やドアなんかすぐに、木っ端微塵にぶち抜くのに…………僕が使える弓じゃあどうしようもないんだ……残念だよ。ねぇリュートくん聞こえてる?」
「ルチェ、………………頭大丈夫か?」
酷く呆れたようなリュディトゥの声と共に、さっき閉まったばかりの扉が開く。片手にはさっき見た大剣と磨き布が握られていた。どう見ても剣のほうが重い。だから体重の関係でそうやすやすと持ち上がるのが謎でしょうがない。だが、出逢ったばかりの頃とは違って妙に納得してしまう。剣聖アルバの弟子だからか。完敗した相手だからか。あの鬼気迫る様子を間近に見たからか。それは知らない。
「失礼いたしました、殿下。
ルー、ウェンスはいつもこのような調子でして」
ルシェヴァルツの隣で固まっている俺を見たリュディトゥは、前に見たように何も持っていない左手でルシェヴァルツの頭を下げさせる。それに喜んでいるルシェヴァルツには関わってはいけないのは、わかった。こいつは変だ。関わりたくはない。……そうではなくて。
「……そういえば、従兄弟同士だったな」
さっきの似ている目を思い出し、言う。今の二人は似ても似つかないが。
「そうです、殿下。ぼく……私とリュー……リュディトゥは従兄弟です」
心底嬉しそうに笑うルシェヴァルツを見ると、先程まで危惧していた命の危険が一時的に去ったことに思い当たった。刺激しなければ、リュディトゥと一緒にしておけば命は大丈夫だと学習した。
「そういえば顔立ちが少し似ているな」
「そうですか?」
心底不思議そうに声を上げたリュディトゥとものすごく嬉しそうにしているルシェヴァルツ……そういえば名前はルーウェンス……を見比べる。浮かべている表情のせいで顔の印象は違うが似ている。よくよく見れば。傍目には分からないが。それは言動のせいだ。
そのことを伝えると、リュディトゥはずいっとルーウェンスの顔をのぞき込んだ。そこまで近づかなくても見える気がするが……嬉しすぎて顔面崩壊し、ひたすらに気持ち悪いルーウェンスを刺激したくはないので黙る。あれには純粋に近付きたくない。
「……似ているのでしょうか」
「えへへ、リュートくんに似てるって言わ……あ、失礼しました!」
デレデレと気持ち悪いルーウェンスは敬語が崩れつつあるが、もう何も言いたくない。言いたくない。こいつもう嫌だ。




