『16』
「見事な試合であった、リュディトゥ・アースルヴァイツ」
「ありがとうございます、剣の弁償はどういたしましょう」
糸の切れた操り人形のように、がくりと崩れ落ちたオラニウスを尻目に不安そうな顔で此方を伺う少年は、さっきの伝説の鬼神如く剣を砕き折る少年とは別人のようだった。それにしても、この細腕の少年のどこにあんな力があるのやら。
まぁ、強化魔術のような剣を保護する物をかけた魔術師はアースルヴァイツ家出身の魔術師よりも弱い術者だったな。無意識に魔術を破った可能性も否定できん。……それでも銀の剣をへし折る力があるというのか……。只者ではないが、こやつはアースルヴァイツ。かのアースルヴァイツ家を常識で測ってはならないといったものだが、こやつの母親であるヒーラーのシェーラよりも常識はずれであり、女賢者であるこやつの祖母に匹敵するほどか。
「構わんよ。どうせお主が勝ったのだからあの剣はそなたの物にしようと思ったのだ」
あまり一般的ではないが、試合で勝った者は敗者の武器を取ることが出来る。歴史上にもそういったことが何回かはあったはずだ。
それに馬鹿息子に聖銀のレイピアなぞ勿体無い。だから勝者であるリュディトゥに与えるつもりだったのだ。偏見を持ち、愚王としかなれぬあやつ……何が聖銀のレイピアか。
「……そうですか、ありがとうございます」
ホッとしたのか、微かな笑みを此方に向ける少年の目はさっきと違って穏やかだった。
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「………………」
「こんばんは、王子殿下。
何か、ご用でしょうか?」
その夜、王宮に泊まることになっている俺達は客間にいた。ルチェが散々同じ部屋が良いとか駄々をこねていたが、せっかく一人一部屋あるならそっちが良いだろう?と無理矢理納得させて、俺は一人、部屋にいた。母上や叔父上は陛下のもとへ行ってしまったが。ルチェは部屋で塞ぎ込んでいるんじゃないか?一緒の部屋は止めろといったが、今は俺に与えられた客間にいても構わなかったのだが。言葉がよく分からなかったのでとりあえず放置しておいたが……ルチェに悪かったかもしれん。
そういえばこの部屋には面白そうな本も本棚にあるが、どうせ滞在中に読みきるのは不可能だから読んでいない。だからレイピアや持ってきた様々な種類の剣の汚れを拭いていた。そこに何故か王子が来たってわけだ。何の用なのか。また何か言いに来たのか?
「……たしか、お前の名前はリュディトゥ、だったな?」
「はい、殿下。
私の名前はリュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツです」
どうして王子が俺の部屋に来たのかがわからない。名前をわざわざ聞きに来たとは考えにくいしな。
にしても持ってきたものは全部見られてもいいものでよかった。俺の部屋には散乱する裁縫道具が溢れかえっているからな。裁縫は好きだ。これは前世の名残か?ぬいぐるみは自作が基本……ってどうでもいいな。
「……俺は、オラニウスだ。
なぁ、どうしてお前はそんなに強いんだ?」
ん、どうして、と聞かれてもな。体を動かしたいから剣技をやった。前世でマラソンごときで死んだからこんどこそ走り回りたかっただけんだが。単に楽しいからやってるんだ。好きこそ物の上手なれ、好きになればいいのに。ま、マラソンと言いつつ命がけ。追手に捕まるということは死みたいなものだったような。
「……どうして、と聞かれましても」
「じゃあ、どうして歩くだけで闘技場の地面が砕けるんだ?」
「……」
そういえば怒りのあまり地面を踏み砕きまくっていた気がする。だが、あれは……アルバ先生にも出来る。前世の俺じゃあ到底出来なかったが、この魔法がある世界ならまぁそれなりに力があるやつなら出来ると思うんだが。温室育ちの王子には珍しかったのか?
「なぁ、どうして……俺はこんなに弱いんだ?」
俺は王子の事情なんか知らん。だからなぜ弱いのか、とか同い年なのに実力差があるのを聞かれてもわからない。まぁ、自分よりも肌が白くて如何にも弱そうなひょろいのに負けたら疑問だろうが。
それに俺の場合、馬鹿の一つ覚えだ。俺には剣技しか無いんだから、帝王学だの何だのやってる王子よりも上達が早くて当たり前だとは思うんだよな。俺は習っているのは数が……違った、数術と経済学ぐらいだ。それに比べたら王子のやっている剣術の授業の時間の比率が違うだろうな。普通に考えればまぁ、俺のほうが上手いだろう。すぐ負けそうだが。
「質問に質問を返しますが、王子殿下は嫌な言葉を聞いたことはありますか?」
「……嫌な言葉?」
「王子殿下は、とても黒色持ちの人を嫌う、所謂、選民意識、を持っておいでです」
まぁ、王子はこういう話を聞きたいんじゃないだろうな。まず、王子は所謂「純人間」と言わんばかりの人物にしか教えを受けていないか突っぱねているだろうな。例えば獣人の方とか、俺みたいに髪が黒い人、ルチェみたいに目が黒い人。ルチェは何故か白髪……じゃなかった、銀髪が綺麗だからそこまでじゃなかったが……それな何なんだ。個人の主観過ぎる。中途半端だな。
だから、結構語彙が足りなくて危ないが、これだけ言っておこう。ひょろい俺に勝つのは簡単だからもうちょい努力しろと。自分より強かったら教えぐらい請えよ、と。俺に請われても困るがな。
「剣聖アルバを知っておられますか?」
「ああ!剣聖アルバは俺の憧れだ!何でも、熊のようにがっしりしていて、身長が高くて、どんな剣でも使える人だ!さぞかし立派な人なんだろうな!」
「剣聖アルバは私の先生です。アルバ先生は、私にこうおっしゃいました。
『差別のないリュートの坊主はきっと強くなる』
と。
何故、と聞きます、と……アルバ先生は今まで見た目で苦労をしたからです」
キャパオーバーをしかけながら言葉を紡ぐ。言葉ってな、難しいよな。日本語でならいくらでも言えるのに、予備知識のない言葉とは難しい。結構言葉に必死になっていて発音が適当どころじゃないが……通じればいいか。滑舌が悪いということで納得してくれ。
「殿下はきっと、獣人の先生に教えなんか受けません。王子はきっと、私のような黒色の髪や目を持つ者の話しなんか聞かない。そうでしょう」
それだけ言って、俺は扉を閉めた。アルバ先生ってそういえば獣人なんだよな。格好いい。熊より間違い無く強い先生だよな。熊のように、という比喩なんか逆に貶してるぞ、王子。あとは自分で考えろよ。
……実はもう少し言う予定の言葉はあったんだが、残念ながら訳せない。これ以上分からないわけだから格好つけて言おうとしても言い様がないわけだから……それなら会話をぶった切ったほうがましだろ……?
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