『14』
「本当によろしいのですか?」
「むしろ、私は息子がふっかけるまでもなく、そなたの剣技に興味があったからな。殺さない程度で全力でかかるが良い」
淡々と真実を述べながら、少年リュディトゥの顔を盗み見た。何故か真っ直ぐに見てしまえば消えてしまいそうな表情を。
一瞬前には完璧な仮面のように、整った顔ながらま無表情だった顔に生き生きと赤みが差し、共にうっすらと年相応の笑顔が宿った。そうか。おそらく今までに本気で剣の試合をやれたのは剣聖アルバぐらいなのだな。強すぎる人間は時に孤独。せっかくの剣の腕も、強すぎるせいで相手が居ず、彼に憂いを与えるだけだったのだろうか。
「承知いたしました」
表情とは逆に、さっきの表情のように無機質な言葉には、確かに喜びが宿っていた。さて、…………実に有能な神聖回復士のシェーラ殿もいることだ、我が馬鹿息子には痛い目を見てもらおう。相手の見た目で人の価値を判断する者など、とても良い王になどはなれないからな。愚王なぞいらぬし、何時までも解かれたはずの呪縛に身をゆだね、甘い言葉を囁く者だけを信じる馬鹿な息子に王位などやれんからな。
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「只今より、王子殿下、オラニウス・アーフィル様対伯爵子息、リュディトゥ・スゥバァ・アッディ様による正式試合を開始致します!」
黒色の汚れ如き、俺が何時も稽古の時に着ている服に聖銀をつかったレイピアを用意すれば、負けは絶対に有り得ない。そのことを何度も言っているのに、父上は分かってらっしゃらないのだ。今日の試合でそれを教えて差し上げるつもりだ。
相手は悪の一族の血を引いているアースルヴァイツ家だ。この場にいるアースルヴァイツ家の者は皆、悪に司る黒い色をしている。実際、闇に堕ちる者は皆、髪や目が黒いとは言うではないか。あいつの目は冴えない黄色、髪は烏より真っ黒だ。それは蜂のようじゃないか。言葉を言わずとも危険だと公言しているものだ。その血族のルシェヴァルツも目が黒かったが、髪色は大臣と同じ色だ。あの大臣はいいやつだ。黒色は穢れ、汚れていると分かっているからな。そう教えてくれた人物だ。
だが、汚れている癖に俺にその、夜の闇を集めたような禍々しいレイピアを向けようとする度胸は認めてやろう。だが、俺の素晴らしい剣技で屈服するのだ!とても一分はもたないだろう。色は白くてひょろひょろして、しかも痩せている。力なんて無いのだろうな。楽勝だ。大方、自分に都合のいいことしか言わない臣下を侍らせ、適当な兵士崩れを師として剣の腕が強いと錯覚しているだけだろう。あの、武器なぞ持ったことのないような白い手を見てみろ。姫君のように傷ひとつ無い手だ。
「殿下、自信の程は?」
「俺が負ける訳はないだろう」
幼い頃に与えられた本には世界の真実が全て書いてあった。黒い髪の人間の力は紛うこと無く悪だが、その力は普通の人間より弱いと。あの頃の家庭教師は皆そう言った。髪や目に黒色を持つ人間は、他の者よりかなり下等な人間で、卑しい獣人以下。その上心や信条は悪に染まりきっているか、些細なことで簡単に染まる人間。そして悪に染まりきれば、その色は誰よりも黒々とした色を持っているからすぐに分かると。魔物のような、悪魔の様な存在だ。どうして人間の中にそんな闇の存在が生まれたのかは分からないが、どこにでも劣等のものはいる。そういうことだろう。だが、嘆かわしい。貴族でありながらそのような汚れ色を持っているとは。
確か、五歳ぐらいまでは正しい真実を教えてもらったのに、今の家庭教師や本はどうもいかんな。黒色を持つ者も変わらぬ人間だと、他の者と何も変わらない、と言わんばかりに嘘ばかり吐いている。実に、実に嘆かわしい。黒色をも対等に接する父上も間違っておられる。慈悲深いのも限度が必要なのだ。差別と区別はまた別物であるはずなのに。
だが、この汚い黒色をあっさりと滅せばすぐに分かって下さるはず。黒いこいつらは見た目こそ人間だが、あくまで見た目の“皮”を被っただけの悪魔のようなものだと昔教えられたな。本当に穢れの塊だ。この俺に鋭い目で見るとは恐れまで知らないのか。
「リュディトゥ様、自信の程は?」
「…………互角だ」
はっ。たかだか伯爵家の、しかも黒色の塊みたいな奴が俺と互角?寝言は寝て言え。勝つのは……俺だ。それは間違いない事実であり、一生変わることのないこと。その色を持ち、俺と戦うことを後悔するがいい。
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「父上、あの……王子殿下はどうして髪や目の“黒色”を持つ人間を以上に敵視しているのですか?私としては、自分の目の色としての疑問なのではなく、友人のリュディトゥが素晴らしくて格好良くてつよ……」
「友人のリュディトゥくんについて語るのは後にしなさい。場所を考えなさい。
確か、王子殿下は五歳まで、“黒色”を敵視する洗脳教育を受けていましたが…………その影響がまだ出ているのですよ」
「失礼ながら心が弱い方ですね、あんなにリュディトゥは素晴らしいのに見ようとしない。そして洗脳はもうやっていないのでしょう?なのに正しい考えがわからないなんて……」
リュートくんとまともに話したことも無いのに決め付けるなんて酷い。洗脳教育如きに心が固まっちゃうなんて弱すぎるよ。それでさ、解かれてるんでしょ?父上の言い方なら。それに国王陛下もそんな人じゃないし。なのにさ、いつまでも古くて間違っている考え方にしがみついているなんて。愚かだ、本当に。
「洗脳教育に闇の魔術も使われていたらしいのです…………それはとっくに消えているようですが。
気の持ちようだとは思い、ますよ……」
「ルシェヴァルツ、あやつの呪いは完璧に解けている。あやつが身の程知らずなのはだらけているだけだ。王子といえど敬う必要は全くない。愚息であることが嘆かわしい」
レッサヴィーラ陛下の冷たい声が重々しく、リュートもその王子もいない玉座の間に響く。
リュートの母上、シェーラ様だけは真っ直ぐに陛下を見据えたまま、リュートと同じ黒い髪をさらりと揺らしただけだった。シェーラ様は、ただ静かにリュートの勝利を信じているんだ。
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「では、試合を始めます!公式戦のルールに則り、審判の私めが落とします、コインの音で開始致します!」
王宮には近衛兵が居るでしょう?だから練習場や簡易闘技場がついていて、本来の公式戦よりは劣るけど、私のリュートくんは初めて立派な所で戦えるのよ。いつまでも家に中で剣聖といえどアルバさんとだけ戦っていても井の中の蛙。せっかくリュートくんは才能のやる気もあるのに、それはもったいないわ。それに、陛下もオラニウス様が改心されるのを心待ちにされているようでしたし……。
「御夫人、息子殿は王子殿下に勝つとはお考えで?」
「私としては何も。ただ、私のリュディトゥがそう簡単に負けるとも考えていませんわ」
いつの間にか隣に座っていらしたルシェヴァルツさんが私に声をかけます。勿論、ルシェヴァルツさんもリュートくんの勝利を信じているような声色ですね。
ルチェくんの狂信的な言葉を日々聞いているからでしょうか?リュートくんと会ったことはまだ二回目ですのに。流石に買いかぶり…………いえ、そうでもないですわね。




