『12』
「…………………」
「……素晴らしい建物ですね、りゅ、リュディトゥ」
「……あぁそうですね、ルーウェンス」
今、俺達アースルヴァイツ家とルシェヴァイツ家はレッサヴィーラの中央の王宮に来ている。ルチェの家に行くのと同じく、とんでもなく速い飛竜に引かれてやってきたわけだ。ただ、乗った馬車のようなものは今までと比較にならないほど豪華だが。そろそろいちいちそういうことに後ろめたくなる、俺の貧乏癖は抜けないものか。成金趣味に見えそうなぐらいピカピカしていた……な。
流石に十歳の餓鬼といえども、正式なこの場では愛称を使わず、本名で話す。しかも完璧な敬語だ。俺はこっちのほうが話しやすいが……。ルチェの顔が敬語と俺の名前を呼び捨てにするたびに引きつるのが見ていて面白い。近眼の俺でも分かるなんてどんなひきつり方をしているんだ。黒い目も時折ぎゅっとつぶられているようだ。
普段から俺はルーウェンスのことを「ルチェ」と呼び捨てにしているし、呼び名の「リュート」はどうせあだ名なんだからこの機会にでも呼び捨てにしてくれたらいいんだがな。くん呼びだなんて、どうもぎくしゃくしてるようで嫌なんだが。
「何をしているのです、リュディトゥ。行きますよ」
「はい、母上」
「ルーウェンス、行くぞ」
「は、はい、父上」
この陛下との対面に付き添いに来たのは、アースルヴァイツ家は母上、ルシェヴァルツ家は叔父上だ。
この世界は男子より女子が身分が低いのが一般的だが、アースルヴァイツ家においては母上の代までが例外だ。俺の父上だけだと、一応ルシェヴァルツ家よりは高位に位置するが、母上は生粋のアースルヴァイツ家の人間だから、父上のほうが地位的には若干劣るらしい。一応、現当主は父だが、この歪みはどうせ俺の代で無くなるらしい……まぁ俺には関係ないからいいんだが。とにかく、陛下に会うという機会に家の中で位の低い父上よりも位の高い母上のほうが後腐れしなくて良いということだけだ。
面倒だが、慣習だから仕方がないな。実を言うと俺は父上にも来て欲しかったが、あまり王宮に大人数で行くのは好まれないらしいな。これは慣習なのかは知らないが。面倒事は嫌いだ。…………もしかして、国家予算とかがやばいのだろうか?
妙に生っ白い不思議な地面を一分ほど歩くと、門兵が手に持つ槍を綺麗な石畳の地面に打ち鳴らし、一番偉いと思われる、豪華な鎧をきた衛兵が話しだした。仰々しく、堂々としているが嫌味でないような風格のある言い方。ふむ、これが騎士道か?ルチェが憧れているのはこういう人なんだろうか。
「貴方方の名前をお願い致します」
「私はアースルヴァイツ家の者でございますわ。シェーラ・スゥバァ・アディルフィーネ・アースルヴァイツと申しますわ」
いちいち貴族に名前を名乗らせるのも慣習か。上級貴族でも、たまにいる腐った傲慢な貴族はこういうのをすっぽかしそうだな。で、陛下に階級を落とされるなんてよく聞く話だ。主に前世でな。人は謙虚であったほうが良いというのはどこでも同じなのかな。
「私はアースルヴァイツ家第一子、リュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツだ」
この日の為だけに自分の名前を言う練習をしたことは墓に持っていく予定だ。やっと、やっと噛まずにはっきりと言えた。今日ばかりはルチェのようにさらっと流してくれそうにないし、流してくれるルチェのような人の方が稀だろうしな。何故なら貴族は基本的に足の引っ張り合いが得意だからだ。ルチェのような人でなければどうなっていたことか。
だが、練習の成果が出て言えた。本当に良かった。まともに、人並みに言えた。
勿論、滑舌が羨ましいほどにいいルチェは難なく名乗り、四人で王城へ足を踏み入れることになった。真っ白で眩しくも、華やかで遠い場所のような王城へ。
・・・・
・・・
・・
・
我がレッサヴィーラ国には貴族の子は十歳になると王城へ赴き、その代の王と次代の王に忠誠を誓うのが一般的だ。それはどのような下級貴族でも同様で、稀に体が弱いなどの理由で成人の十五歳まで延期されるものもいるが、それは例外も例外で殆ど無い。
今年は、新たに十歳になり朕の前で忠誠を誓う者はたった二人だった。去年は三人だったが、来年には十人を超える人数の貴族がやってくるだろう。
今年の貴族はアースルヴァイツ家とルシェヴァルツ家。ルシェヴァルツ家は単なる伯爵家だが、アースルヴァイツ家は違う。その十になったばかりの男子はこのレッサヴィーラ国の王位継承権を持っている。その順位は十五位と実に低いが。その他にも、あの忌々しい帝国の血すら引いている程に幅広い王家の血を引いているのがアースルヴァイツ家だ。何故そうなったかは最早わからない。だが、あの家は何人も優秀な人物をこの国に出しているのだ。賢者然り、学者然り…………。
存命であるアースルヴァイツ家、前代当主の夫人……キルディエット・スゥバァ・フィオーネ・アースルヴァイツは賢者で不老不死の術者である。そのような人物以外にも騎士として有名な者もいる。その者は騎士を目指す者ならば必ず知っているというほど。
だが……今代もとんでもない人物が姿を現したようだ。さすがはアースルヴァイツ「侯爵家」だな。わざわざ息子が生まれた時に偽の称号で「伯爵家」に階級を下げたふりをするように頼み込まれたのはこういうことか。なるほど、このような人物を危険に晒すのは忍びない。中級貴族よりも上級貴族の方が暗殺や誘拐などの危険が大きいからな。
「面をあげよ。そして名を名乗れ」
静かに玉座の私に跪く二人の少年に、そしてその後ろの二人の貴族に声をかける。左の二人がアースルヴァイツ家だな。普通は嫌われる黒髪が光に反射して輝き、隣の銀髪のルシェヴァイツ家が対照的だ。
「はっ。
私はアースルヴァイツ家第一子、リュディトゥ・スゥバァ・アッディ・アースルヴァイツと申します」
「ルシェヴァルツ家第二子、ルーウェンス・イル・ルシェヴァルツと申します」
母親譲りの黒髪に父親譲りの金色の目。……なかなかどうして、かの騎士や女賢者殿に似ている。顔立ちも勿論だ。凛々しい表情には幼きルシェヴァイツのウルガを思わせ、目元にはすぐ後ろの母親を思わせた。
隣にいるルシェヴァルツ家の少年も、そういえばアースルヴァイツ家の、この少年の血族だったな。顔立ちはあまり似ていないが、むしろ正反対だが……わざとそうしたのか。礼服も、持つ武器も正反対で対になっている。緊張気味の表情に初々しさを感じるが……どうしてなかなか、二人とも将来有望そうである。
「アースルヴァイツよ、我にその剣を誓うか?」
「はい、陛下」
「ルシェヴァルツよ、我にその弓を誓うか?」
「は、はい、陛下」
二人の少年は帯びていた武器をそれぞれ差し出した。チカリと自身の魔力に反応して輝く魔法銀ミスリルの弓と黒鉄の鈍い輝きに違和感を覚えながら。
・・・・
・・・
・・
・




