『11』
さて、今世の俺が十歳になってからは、実に頭が痛くなること、反対に嬉しいこと、本当にいろいろあったわけだが……ルチェに会ったことよりも、たまたまアルバ先生に一太刀入れられたことよりも(アルバ先生が骨折した、本当にすまない)、なんとかだいたい三ヶ月であの分恐ろしくぶ厚く、面白い歴史書を読破したことよりも幾分か恐ろしい出来事に直面した。
あぁ、この問題もいつものごとく、言葉の壁やら、視界の悪さ程度の問題だったら良かったんだがな……。そうはいかないのが人生か。止めてくれ。それだったらいっその事この楽な生活から逃げ出して一般人にでもなってやろうかと考えるぐらい嫌なんだが…………どうにも父上や母上、ルチェのことを考えるとそんなことは出来ないんだよなぁ……。
・・・・
・・・
・・
・
「さぁさぁ!採寸するわよ!」
「リュディトゥ様はシェーラ様によく似て、艶やかな黒髪ですので、深い青色を基調に礼服を作りませんか?」
「そうね!
少し騎士服っぽく仕立てて……あぁ、あの黒鉄のレイピアも打ち直して、飾りを綺麗な宝石にするように依頼するわ。何しろ、私の可愛いリュートくんが陛下の御前に行くのだから!他にも……うふふ、格好いいリュートくんなんだから、何でも似合うわよね……何着作ってもらおうかしら……」
困惑してオロオロするリュートくんなんて、今日はとっても珍しいものを見ちゃったわ。そうね、そういえばまだリュートくんはたったの十歳。陛下の御前に赴くなんて……流石にびっくりもするわよね。
剣を毎日練習しているからタコのできてしまった手をそっと撫でながら成長したリュートくんをうっとりと眺める。本当に小さな頃から王子様のように堂々としていて、それなのに凛々しい騎士のようにまっすぐとしているリュートくん。私の大事な大事な息子だけれど、うふふ。どうしましょう、ときめきが止まらないぐらい格好いいわ。私の息子でなくちゃ好きになっていたかもしれないわ。
「は、母上。わ、私が陛下にお会いするのですか?」
「そうよ。十歳になった貴族の子はどんな身分でもみんな陛下にお会いして忠誠を誓うのよ。ちょうど、ルシェヴァルツのルーウェンスくん……リュートの友達のルチェくんも十歳だから、一緒に王宮へ行くのよ」
仲がいいから、面識があるから一緒なわけじゃないけど……一緒なのは血縁関係だからかしら。リュートくんには良かったかもしれないわ。知り合いがいるほうが安心できるもの。でも、そういうこともリュートくんには必要ないかもしれないけれど。少し戸惑ったみたいだけど、もうリュートくんったら冷静だもの。よく出来た息子よね。ルチェくんとの友好関係もとってもいいみたいだし。
「陛下にお会いするのは一ヶ月後よ、リュートくん」
「そう、ですか、母上」
あら、やっぱりまだリュートくんは子供なのね。せったくウルガに似た綺麗な薄い金色の目がぼんやりとして虚ろよ、リュートくん。しゃんとしなきゃね。アースルヴァイツ家の男の子なら。疲れちゃったのかしら?日々の練習で疲れているのよね。そろそろ採寸も終わるけど、周りの仕立て人達の鬼気迫る目が怖いのかしら……リュートくんに限ってないとは思うけれど。
「それで礼服ですか」
「そうよ。王宮にお泊まりすることになるし、滞在は一週間だから、礼服七着、新しい寝間着一枚ぐらいは最低でもいるわね。
レイピアは向こうでは常に帯剣して、陛下に捧げるのよ。ただ、他の種類の剣も一通り鍛え直して持って行くわよ」
これはリュートくんには内緒だけど、陛下はリュートくんの剣技にとても関心を持っていらっしゃるわ。演舞などではなく、純粋に降ってみせるだけだから伝えないの。
ルチェくんは剣技ではなく、弓術を見せるわ。そういえばルチェくんは、ある意味リュートくんと対みたいな容姿に能力だから、とても栄えるわ、二人が並ぶと。
黒髪を伸ばして結び、金色の目を持つ、物語の王子様や騎士のような私のリュートくんに、短いツンツンした銀髪に、漆黒の目で、石像や絵画の少年のように整った顔をしているルチェくん。
想像しただけで楽しみだわ、二人が並んで陛下の前に立つのが。
レイピアにはリュートくんの為に金色の石を付けさせましょうか。それなら、ルチェくんのお母様かお父様に対になる弓にして頂きましょう。
「は、母上?」
「あら、リュートくん、どうしたのかしら」
うふふ、と小さく笑うと何故か酷くリュートくんが怯えていたわ。どうしたのかしらね。
・・・・
・・・
・・
・
頭が痛い。ズキズキする。四六時中服を着て脱いでの繰り返しをした、恐怖が体に刻み込まれたかのようだ。
「…………着せ替え人形の気持ちが分かったんだが」
「あ、あはは…………よく分かるよ」
採寸した日はルチェが家に来る日だったから、やっと言葉が分かったので軽く愚痴を言う。あの苦しみを理解してくれるであろうルチェに。
「ルチェも午前に採寸をしたのか?」
「僕は昨日だったよ。
そういえば、リュートくんのお母上が、リュートくんの黒いレイピアに合った色の弓を飾るように言ってらしたよ」
あぁ、ルチェと一緒に行くと言っていたな。血族だから、少々服装に一貫性が必要だろうな。俺としては至極どうでもいいがな。
「そうか。ルチェは弓が上手いから、剣ではなく弓を陛下に捧げるのか?」
「うん。…………あんまりにも剣が下手だからなんだけどね…………」
「筋はいいと思うがな」
ぼそりと思っていたことを言うと、ルチェが暴走を始めた。しまった、あんまりにも率直にルチェを誉めると、ルチェの中で剣術補正がかかった俺に危険が迫る…………。
「あ、ありがとうっ!
リュートくんみたいに格好良くて賢くて剣が滅茶苦茶上手くて格好良くて頭が良くて素晴らしくて格好良い人に誉められると、僕何でも出来る気がするよ!
えへへ、リュートくんなら結婚しても…………」
「止めろ、黙ってくれ、止めろ」
確かに、前世が女だったから男性に恋愛感情を持つのは俺の方は当然かもしれん。だが、ルチェは生粋の男だ。止めろ。変な扉を開くな。
……………そういえば、女の子に恋心を持つなんて、女の記憶がある俺に出来るのか?俺のせいでアースルヴァイツが滅びるのは嫌だが…………。
「あ、ごめんねリュートくん」
「…………」
一瞬悪寒がした。次にルチェが言ってきたら一言“寄るな”と言いたい。
偏見はないが、向こうに行けとも言いたい。お前の剣術補正はどんな構造をしてるんだ。こんな軟弱な気味の悪いやつにな。
「話は変わるけど、リュートくんって髪の毛長いよね」
「母上の言いつけだ」
かく言うルチェの髪の毛は短い。何となく、弟っぽかったから頭を前撫でてみたらツンツンしていた。ルチェに余計懐かれた。
「そっかぁ。
そういえば何でリュートくんって運動するのに肌が白いの?」
それはお前を食べる為だよ、とでも言ってほしいのか。いや、さっきの言葉を考えるてあながち冗談じゃないな。止めろ。
「室内で練習も走り込みもやってるからじゃないか?」
「……………そういうところ不健康だよね、リュートくんって」
日光に浴びて、日焼けしたらその分次の日疲れるからだというのに。少しでも沢山運動したいんだ。




