『プロローグ』
とても、災難な目に遭いました。
私はつい先程……昨日までただの女子高生、ちょっとお勉強が運動より得意な、本当に平凡で人よりとても贔屓目に見て「ちょっぴり」どんくさい女の子だったんですが…………。
ある日、気付いたら死んじゃっていました。びっくりですよ、まさか青春が終わる前に死ぬなんて。
死因はわりとすぐに分かりました。何故なら幽霊になったみたいに、意識だけは暫くありましたから。体から霊が出ている感じですね。自分の体を見下ろしましたし、壁もすり抜けてしまうのです。
どうやら、夜にお布団で寝ているうちにまさかの、奇跡のような確率で(本当に勘弁してほしい奇跡ですが)心臓麻痺で死んでしまったのです。前日に、らしくもなく「マラソン」をしたせいかも知れません。ずいぶん動悸が酷いと思ったらこれですよ。人並みにではなく運動が異様に苦手なのはかなり損ですね。……注意していたのに長い距離を全力疾走する羽目になった私の過失もあるでしょうが。
それから十日ほど、魂だけになった私は地上をさまよいましたが、実は私、…………読書が趣味だった為、ド近眼だった私には全然回りが見えません。最早活字中毒だった私はそれはそれは酷い……近眼でした。いいえ……近眼です。どうやら死んでも近眼は治らないみたいで、本当に残念です。色がもやもやとした空間をさまようのはとても心細く、寂しいのです。輪郭と言うものが消えた、揺らぐ空間に漂うだけなのです。
そして、悲しんでいるお父さんとお母さんを見ているのはとても苦しかったのです。あぁ、親不孝者で、ごめんなさい。先に死んじゃってごめんなさい。私は、貴方方だけは、幸せにしたかったのに。
ですから、このままここにいるのはとても辛いので、早く成仏して天国とか地獄に行くとか、記憶を消してもらって転生?というのでしょうか、友達が言っていたようなことををするとか、ご本で見たような、お空に旅立つのはいつかしら、そういうことが起こらないかしら、とお空を振り仰いだときだったのです。
私が、理科の授業で使われるようなスポイトで吸われたように、急にひゅっとお空に吸い込まれたのは。ついでのように意識もそのときに刈り取られました。
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次に目覚めたとき、私は考えていた中では一番近い、「転生」をしたのか小さな赤ちゃんの姿でした。記憶が消えて、新しく生きると思っていたのに、記憶がそのままなのには少し疑問がありますが…………。
その時は何故だかとても心細くなって、ただただわんわん泣く事しか出来ませんでしたが、確かにちらりと見えた自分の手足はふにゃふにゃぷにぷにとしていて、とても頼りなげでした。そして、もう一度目を開けた時に分かったのですが、何故か近眼のままでした。ほんの少し、遠くを見ようと目を開けた時……多分、どこかのお部屋に居たのですが、ぜんぜん何も見えなかったのです。それは赤ちゃんだから見えないんだ、と自分を慰めたのはそれから三日後でした。えぇ、自分の気持ちが落ち着いたのもだいたい三日ぐらい経ってからです。
衝撃がいろいろあったので比較的、近眼については諦めはつきました。悲しかったですが。だって……私の新しい両親の顔すらわからないのです。偶に聞こえる少し低めの声は誰でしょう。優しい声は新しいお母様でしょうか。低く柔らかい声はお父様でしょうか。
……暫く考えていましたが、これは、転生、でしょう。今の間、覚えている記憶は多分すぐに消えるでしょうし、人生に後悔も、未練も沢山ありますが、死を理不尽には思えなかったのですから、消えても構いません。もしかすると、あの心臓発作は天命だったのかも知れませんね。不幸にあまり思えないのです。
それは私が酷く冷血な人間だからかもしれませんが。私は見えない所でとても、世間で言う「悪いこと」をして来ましたから。お父さんにもお母さんにも気づかれないように、そうっとしていましたから、死んでから気づかれることもないでしょうね。それに、……この、お父さんとお母さん用の口調だって……多分もう使うこともないでしょう。
私の見た目は、中身には似ても似つかないような、ふわふわした女の子でしたから、お父さんとお母さんにはそうしなくてはならなかったのです。世の中で生きていくには。お父さんとお母さんの前では……ただの儚い少女でなくては生きていけ無かったのですから。いえ……儚い少女こそが「私」の理想の姿だったと思います…………今となっては、もう……どうしようもないのですが。
それよりも、何故私は男の子に生まれ変わっちゃったのでしょうか?これは、今度は自由に、弱い体に悩まされることもなく生きろということでしょうか?
新しいお父様とお母様の話す言葉は全く意味が分かりませんが、何となく分かってしまったのです。私は今、男の子だと。
…………でも。
男の子なら、苦手な運動が得意になるかも知れませんね。あの時できなかったことが出来るかもしれません。
暫くで記憶が消えてしまっても、消えなくても…………ちょっぴり、楽しみになりました。
できれば、諦めたとはいえ近眼を何とかして欲しかったのですが…………まぁ、眼鏡が無かったのはいつものことです。えぇ、しょっちゅう無くしてしまう私には慣れっこなのです。
眼鏡が、ないところなら私の顔はこの上なく醜いものでしょう。ふわふわした見た目の少女の見た目さえ、険しい目つき(見にくいだけですが)では鬼のように怖かったはずです。男の子に見た目なら、それはそれは恐ろしいでしょう。それは……少し嫌になってしまいますが。
どうか、今世も良いお父様とお母様に恵まれ、良い友人に囲まれて幸せに行きたいものです。心に正直に……平和に。