1-7 戦闘の腕
「ゾーン」という状態がある。人間が持つリラックスと集中の状態を足した値は、ある一定の値を越えないとされる。リラックスする程気が散漫になり、集中する程緊張を抱えてしまう。そして2つを横軸が時間の曲線グラフで表すと、合成した値を越えない直線が出来る。
その和が直線を越えた極限状態を「ゾーン」と呼ぶ。アドレナリンが大量に分泌され、多少の痛みは感じず、冷静に100%の力を発揮することが可能だ。トップアスリートは、本番に向けてこの状態を調整出来ると言う。スポーツだけではなく、勉強のテストでも同様だ。本番に強い、とは「ゾーン」に入りやすい者を指す。
エリア04のとある造船所の倉庫にて。
タタタタン。銃声が飛び交っている。ギャング達は隠れながら、後退しながら撃っている。
倒れていく者に「CAF」は誰1人いなかった。鍛えられた射撃の腕は、いち不良の比ではない。残り人数はすでに5対5。
平生は物陰から姿を覗かせるギャングに、素早く射撃する。うめき声を上げて倒れる男。
平生貴文。ランク80のブービー。テストの一部の成績によると、近接格闘80位、機材知識81位、瞬間判断力80位、通信技能81位……。射撃能力、29位。
巨大な荷物が置かれているため、死角は多い。
阪「!?」
横から阪にナイフで襲いかかったのは黒いシャツ、耳にピアスをいくつもしている男。筋肉質な30半ばの男は、唐沢と呼ばれるギャングのボス。
唐沢「おらっ!!」
0距離に持ち込み、阪の銃器を封じようとする。
組織を立ち上げるには、リーダーを必要とする。チームをまとめる存在は不可欠だ。そしてリーダーは人格や実績、経験のある者に限られてくる。
唐沢という男。過去に空手で全国5連覇という偉業を成し遂げた実績がある。高い実力で今の地位を得たのだ。
阪「……!!」
ナイフを振り回す唐沢に対して、紙一重で避けながら右肩部のシャツを掴む。
唐沢の体は宙を舞い、ドスンと地面に叩きつけられる。
唐沢「がっ!!」
一本背負いが決まった直後、阪は男の首を腕で、しめ落とそうとする。唐沢は抵抗もむなしく、意識を失った。
阪勝樹は能力者ではない。能力者が立ち並ぶ上位で、公認第4位の実力。空手全国覇者を、真っ向から力でねじ伏せた。
阪は戦闘において、自然と「ゾーン」に入ることが出来る。これは彼の才能である。
坂口「くっ…そ!!」
すでに犯人の残り人数は1。
灰色のパーカーにフードをかぶる男。荷物をかきわけて必死に逃げる彼は坂口。
壁を背に、「CAF」に追い詰められる。銃の引き金を引くも、カチカチという音しか出なかった。
無意味な黒い武器を投げ捨て、バタフライナイフを構えるが、ダンダン、と阪の弾丸が坂口の手を撃ち抜く。最後の武器までも、彼の手元から落ちた。
坂口「ううっ……!!」
阪「諦めろ」
軽く舌打ちをした坂口。すると、鼻の奥から嫌な感触が。
坂口はポタポタと鼻血を流してた。
坂口「は?」
「CAF」の攻撃によるものではない。
いつの間にか、両腕の血管が不自然に浮き出ていた。爪からは血が流れつつある。首や顔を触ると、やはり同じく血管が浮き出ていた。
坂口「んだ、こりゃああああ!!」
絶叫しながら、全身の血管が浮き出た男を見て、「CAF」C班は驚く。
阪(発症か!?)
坂口「畜生!!何で、ワクチンが効いてねえんだあああー!?」
言葉を発するのと共に、口から血を吐き出す坂口。
平生「これは、…!?」
西脇「ワクチンが間に合わないとこまで限界だったんじゃねぇか?」
研究所で負傷した隊員、西脇が言う。
阪「おい!!大人しく投降すればなんとか…」
阪の言葉を無視し、坂口はポケットから3本、ごそっと注射器を取り出した。そして己の首にまとめて打つ。
阪「ばっ……!!」
抗ウイルス剤は、発症1回につき1本で充分かつ確かな効果を発揮する。例え今の坂口でも止血をすれば、中和されて助かっていたのかもしれない。つまり本来、最初の1本で良かったはずが、余分に3本も同時に服用してしまったのだ。当然、身体が耐えられるわけがない。
坂口「うわああああ!!」
坂口の症状はむしろ悪化し、血管はさらに目立つように出ている。
阪「駄目だ、撃て!撃て!!」
阪の号令と共に、隊員達は銃を乱射した。
坂口は弾丸が命中する度に、体をのけ反らせながら倒れていった。
隊員達が近付き、西脇が銃で頭を突きながら坂口の意識を確認する。白目をむき、血管がにじんだ顔は微動だにしない。
この時、阪は本部に連絡しようと、隊員達は他のギャングの生死を確認しようと振り返った。
しかしただ1人、平生だけが反対方向。隊員達及び仰向けになった坂口の方向を向いていた。
平生(!?)
そしてその死んだはずの坂口。膝を曲げないまま、まるで棒のように、突如起き上がる。
平生「後ろ!!」
声を荒げ、他の隊員に向かって言った。真っ先に振り返ったのは、西脇。坂口の一番側にいた西脇が銃を構える前に、
ドチャ!
坂口が腕を振った。平生の近くに球体が転がる。
阪「は!?」
西脇と呼ばれる隊員の頭が粉砕していた。どすぐろく変色し、膨張した腕を持つ坂口が立っている。しかしその顔に、生は感じられない。慌てて銃を構えた面々。平生は足元の眼球を見て恐怖した。
続く