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西銀河物語 第2巻 アメイジングロード 第三章 帰還 (2)

第三章 帰還


(2)

「航法管制、前方レーダー異常ないか」

「航路管制、進路方向大丈夫か」

 ADSM72跳躍点に入って七日目、後一日の行程だが、ハウゼーは、毎日定期的に各管制官に確認の声を発している。

スコープビジョンには、往路と同じ様に薄暗い灰色の空間に光の帯が伸びている。

シノダは、アッテンボローに

「あの光の帯は何ですか」と聞くと

「俺にも解らん。答えは科学者の世界だ。何回も航宙で跳躍したが、こんな情景は始めてだ」体の中に何かあるような軽く重苦しい気持ちになりながらシノダは、スコープビジョンを見つめていた。

「ハウゼー艦長、格納ボックスを牽引している航宙駆逐艦に連絡して、様子変わりないか聞いてくれ」

「はっ」と言ってハウゼーは、スクリーンパネルにボイスを入力すると送信ボタンを押した。跳躍中は、通常の連絡手段は使えないが、短文のメッセージならやり取りすることが出来る。牽引している航宙駆逐艦と旗艦「アルテミス」との距離がある為、すぐに返答はない。ハウゼーは送信後、ヘンダーソンの姿を目の横で見ると、どこを見るとも解らない目で何かを考えている様子を見せている。そして二〇分後、

「ヘンダーソン総司令官、牽引している航宙駆逐艦より返答がありました。変化なし。牽引にも問題なし。とあります」それを聞いて「そうか」と簡単に答えたヘンダーソンは、

心の中の不安とも何とも言えない心の襞に引っかかる気持ちが気になっていた。


シノダは、航宙軍支給の腕時計を見ると艦内時間「一五〇〇」を示していた。「休憩します」とヘンダーソンに言うとヘンダーソンは振向いて顎を引き、「分かった」と言う仕草をした。定時の休憩時間なのでアッテンボローたちも特に気にしていない。

シノダは、シートから離れ、艦橋のドアを通ると左に曲がりエレベータに向かって走った。エレベータに乗り、緊張した面持ちで後部ハッチのフロアのボタンを押すと無言でドアが開くのを待った。

ドアが開き飛び出すように外に出ると左に曲がり下士官食堂の前を走りぬけ、後部ハッチ方向に行くと一度足を緩めハッチ手前で左に曲がった。更に奥へ行くと壁に外の星々が映し出されるフリールームがある。通常は、外の映像が、模倣されて映し出される。食後の休憩時には、若い兵たちが利用するところだ。いまは、跳躍中であり、食後の時間でもない為、がらんとしている。横二〇メートル、奥行き七メートルのフロアに、ソファやテーブルが並び、簡単な飲み物も壁のユニットから取り出すことが出来る。

シノダは、フリールームの三メートル手前で歩みを止め、一度深呼吸して呼吸を落着かせると覗く様にがらんとしたフロアに足を踏み入れた。三段の低い階段を下りフリールームの中を左から右へと視線を移していく、奥のソファに背を向けて座っている一人の女性がいる。心臓の鼓動が人に聞こえてしまうのではないかと思うくらい高なっている。精一杯の勇気を振り絞って、何回かの心の中で「臆病」と言う名の魔物と戦った後、

「ワタナベ准尉」と精一杯の声を出した。と言っても他が聞けば震える声で何を言っているのか、聞こえないくらいだったが。

 振向いた顔に満面の笑みが浮かび立ち上がると、ショートの髪が横に揺れ、瞳を一瞬隠すとゆっくりと瞳が現れた。銀幕のカーテンからやや灰色がかった大きな光が輝いたようだ。

「シノダ中尉」と声を出すとシノダが来るまでソファの前で立っていた。レーダー管制勤務のブルーのシャツ。左胸に航宙軍所属のマークがシャツにそって少し上を向いた形で付いていた。

「上手く来れました?」と聞くと「特に迷わずに」と返したシノダは、頭の中が、「一体どうすれば、何を話せば」という舞台に上がり緊張して台詞を忘れた役者そのものだった。

 ワタナベは、シノダを誘いソファに座ると、

「ここは、通常航宙では人いっぱいですが、今の状況では誰もいません。航宙中に二人で会うには良いとこだと思います」六日前にシノダから渡されたメモパッドに映し出された場所と一言「会いたい」と書かれたメモにワタナベは、六日という時間が永遠より長いと感じていた。やっと二人で会えたという気持ちを瞳の中から溢れるほどに表現し、シノダを見つめていた。

 シノダは、ワタナベの瞳に吸い寄せられそうになり、一度目をほどくと顔から胸元にかけて視線を移した。肌の下にある血管が手で触れるのではないかと思うくらい透き通るような白い肌が、シャツの胸元からのぞいて見えた。シノダは急いで目を離すと薄暗い灰色しか映し出されていない壁の映像を見た。シノダの心の中は、「どうすれば、何を話せば」という疑問符が、秒速二万キロで駆け巡り、口から出るはずの言葉が全く見つからない不甲斐無さで頭の中は真っ白になっていた。

 そんな様子を見ていたワタナベは、そっと、シノダの手のひらを両方の手のひらで包み込むと

「本当に知らないのですね。マイから聞いた通りの人です。なにも話さなくてもいいです。そのうち、何か話せるようになります。今はこのままで」と言ってシノダの肩に体を寄せてきた。シノダは、わき腹に当たる柔らかい感触に顔を真っ赤にしながらただ一言

「すみません」と言うと何も言えない自分を情けなく思いながらワタナベを見た。

目の前に吸い込まれるような瞳があった。一瞬、目をそらせたが、勇気を出してもう一度振り向くと、ワタナベは大きな瞳がまぶたというカーテンに隠れ無言の気持ちを現していた。二人の心が誰も見ることのできない宇宙の深遠で静かに寄り添っていった。

 どの位時間がたったのだろう。ふと腕時計を見るとシートを離れてから二時間が過ぎていた。シノダは優しくワタナベの頬に自分の頬を寄せると

「戻ろうか。ワタナベ准尉も勤務に戻る時間だろう」そう言うとシノダの目を見ながら

「二人だけの時は、マリコと呼んでください」と言ってシノダの唇に自分の唇を軽く当てた。二人でソファを立つと出口のドアに向かいながら「今回の航宙が終わったらデートに誘う約束忘れていないから」そう言って、今度はシノダの方からマリコに唇を合わせた。


他の人に気づかれないように別々にフリールームを出るとシノダは、一度自分のオブザーバルームに戻り、レストルームの鏡で顔を引き締めた後、艦橋に戻った。

シノダは、シートに座り、離れる前と何も変わらないスクリーンビジョンを覗き込むように管制フロアを見るとワタナベも当直士官と交代でレーダー管制席に座った。

 アッテンボローは、ウエダ副参謀の席に寄り、肩を突くとウエダも頷いた。同じようにホフマン副参謀も頷くとヘンダーソン総司令官も目元を緩ませているのが解った。

 シノダは、「何だ。何もばれていないぞ。あそこには、我々二人しかいなかったはずだ。誰も見られていない」と思いつつ、わざとらしく

「アッテンボロー主席参謀、何か変わった事でもあったのですか」聞かなくて良いことを聞いてしまい、相手にしゃべる口実を与えてしまったと気付くまで大した時間は掛らなかった。「黙っておけばよかった」と後悔する時間はその後、十分にあった。

アッテンボローは一言、

「シノダ中尉が離れている間何も変わったことはない。ただ艦橋に素敵な花の匂いのする香りを持ち込んだ者がいる」であった。この後、シノダは夕食時間まで頭の中が核融合炉と同じ位になり、顔を真っ赤にして「免疫と防御」という電子の言葉が何万回も頭の中を駆け巡る事になった。

夕食時、シノダ中尉と参謀たちとの間にどの様な会話が交わされたかは、聞くまでもなかった。・・・


「第三二一広域調査派遣艦隊」は、未知の星系からADSM72星系を結ぶ長い跳躍を終え、通常空間に躍り出ていた。

シノダは、反省の中で[開き直り]という芽が心の中に目覚めつつあるのを覚えながらシートに座っているといつの間にコムを口元にしたのかヘンダーソン総司令官が、

「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。これよりADSM72星系を右舷に見ながらミルファク星系跳躍点に向けて進宙する。五光時の距離だが標準戦闘隊形のまま航宙する。以上だ」

本来、既に知られている星系を通る時は、標準航宙隊形とするが、この星系は発見されて間もないことや、新たな未知の跳躍点「X3JP」もあり、ヘンダーソンとしては、気を抜くことが出来なかった。未知の星系から持ってきた「もの」もある。

第二惑星付近で探査を行っている調査艦が何隻か護衛の艦に守られ衛星軌道上に展開していた。ミルファク星系まで二日半の行程だ。航宙としては大した距離ではない。

跳躍点を出てから一日後、「何もなければ」と思うヘンダーソンの気持ちを裏切るように

「ヘンダーソン総司令官、例の格納ボックスを牽引している航宙駆逐艦の艦長より連絡が入っています」

「つないでくれ」と言うと司令官フロアのヘンダーソンの席の前に航宙駆逐艦長の顔が現れた。顔が緊張した面持ちで敬礼をしている。ヘンダーソンが答礼した後、艦長が敬礼をほどくと

「総司令官、お忙しい所申し訳ありません。緊急に報告を必要とする事象が発生しました」ヘンダーソンは目で説明しろと言うと

「牽引している格納ボックスの中にある艦の残骸から不明な事象が発生しています」

解りにくい説明にアッテンボロー主席参謀が、眉間に皺を寄せると

「もっと解りやすく言え」と言った。

「はっ」と言いうと

「核融合炉が稼働状態のままなのは、変わっておりませんが、何か艦の残骸の中から・・・簡単に言うと信号の様なものが発信されています。我々が星系間連絡に使用している高次元連絡網に使用している方法とは異なった発信の仕方です」

 航宙駆逐艦長の言葉に一瞬言葉を失ったアッテンボローが、ヘンダーソンの顔を見ると

少し考えている様子だったが、自分の頭の中で考えがまとまったのを待っていたかのように

「参謀どう思う」と言った。ウエダ副参謀が、

「既にADSM72星系に入っています。ミルファク星系に帰還する前に状況を把握し対応策を講じる必要があると思います。具体的には、航宙を停止し、艦隊にいるエンジニアに不明の信号を解析させ、信号が何を意味するものかを調査してからの対策になると思います」

アッテンボロー主席参謀が

「自分もそう思います」と言うとヘンダーソンは、

「参謀たちの意見は解った。私も同じ考えだ。問題はその後だ。解決できたとしてどうする。仮定だがここの居場所でもどこかに知らせていたとしてどうする」主席参謀が、

「もう一度、戻って元の場所に置いてくるか」冗談半分に言うとホフマン副参謀が、

「自分もそれは選択の一つと考えます。発信機ならば意図が見えます。ミルファク星系に持って帰るわけにはいきません」

「しかし、それは無理な相談だ。既に補給物資も往復だけの量が残っていない。それをやるとすればミルファク星系から補給物資の供給を受けた後でなければ出来ない」とウエダ副参謀が返した。参謀たちの意見にヘンダーソンは、

「とりあえず、航宙を停止して調査を始めよう。艦隊の中に特にこの件に詳しいエンジニアはいるか」と聞くとアッテンボロー主席参謀が、

「高速補給艦部隊に何人かいます。民間の技術者にも聞いてみましょう」と言った。

アンダーソンは、考えに方向が出たことを認識すると

「全艦の航宙を停止し、不明の発信を調査する。アッテンボロー主席参謀、エンジニアの手配を頼む」そう言ってハウゼー艦長に目配せをした。航宙駆逐艦長が、敬礼し映像が消えるとアッテンボローは、自席に戻りスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。

ヘンダーソンはコムを口元にして全艦に航宙停止の指示をした後、

「ハウゼー艦長、後方を索敵する哨戒艦に連絡して、昨日出てきた跳躍点方面及び「X2JP」、「X3JP」方面にプローブと連絡衛星を置く様に伝えてくれ。モードはアクティブだ」

「はっ」と返答したハウゼーは、すぐにスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。


シノダは、牽引状態で格納ボックス・・と言っても全長二〇〇メートル、全幅七〇、全高七〇メートルの巨大は、軽量複合素材で出来た容れものだ・・に近づく小型工作艇を見ていた。二隻の航宙駆逐艦のそれぞれ左舷と右舷から四本ずつ牽引バーを出し、格納ボックスの角四点と接続する形で牽引しているボックスの後方から二隻の小型工作艇が接続した。

 五人ずつ計一〇人のエンジニアがアストロスーツを着用している。同時に機材が運び込まれているのが、スコープビジョンの一角に映し出されている。艦橋のスタッフは格納ボックスに入ると同時にエンジニアに取り付けられている映像カメラと航宙駆逐艦経由で送られてきている映像の両方を艦橋の中央のスクリーンで見入っていた。

映し出されている映像は、全長一五〇メートル全高五〇メートル、全幅五〇メートルの残骸だ。乗込んだ小型工作艇よりはるかに大きい。

エンジニアたちが、切り口艦橋らしき入口から中に入って行くのが見えた。映像はエンジニアのカメラに変わっている。確かに非常灯が点いている。少し明るい。エンジニアたちは更に奥に入ると、隔壁に近い壁があった。ドアらしきものがある。更に底を通りぬけると、大きさが艦の天井に届くかと思われる核融合推進エンジン・・エンジニアは核パルス出力型と言っていたが・・が現れた。

エンジニアたちが五人ずつ推進エンジンの両脇を回り込むと六〇メートル行ったっところで、ドアがあった。ロックが掛っているらしく開かない様子で、一人後ろにいたエンジニアが、レーザーカッターで切り始めた。ドアの部分に人が通れるくらいの穴を開けると、先頭のエンジニアが入った。そのとたん

「ハウゼー総司令官、発信源はこれです」と言って自分の映像カメラからそれを送って来た。映し出された映像には、縦横五メートル程度の大きさの箱にディスプレイとスクリーンがあり、スクリーンはブリンクしているポイントがあった。ハウゼーは、

「ブリンクしているポイントは何か解るかと言うと

「少し待って下さい。すぐに調べます」

五分後、

「総司令官、ここです。我々のいる所を示しています。明らかに追尾装置に場所を送っています」

「追尾装置の場所は解るか」

「解ります。我々が出てきた跳躍点から三光時離れた「X2JP」方向です」

「なにっ」艦橋にいたスタッフが誰ともなく口にした。

「ヘンダーソン総司令官、これは」そう言ってアッテンボローは総司令官の顔を見た。

ヘンダーソンは、

「発信源を停止できるか」

「これは出来ます。すぐに止めますか」ヘンダーソンは、一瞬考えた後、

「止めてくれ」と言った。「悪い予感が当たったな」そう思うと少し考え込み、エンジニアに

「発信源の停止を確認次第、エンジニアは全員そこから至急退去してくれ」映像の向こうで敬礼すると、発信器のキーボードに何か打ち込み始めた。やがて、ディスプレイのブリンクが停止し、ディスプレイが何も映し出さなくなると、エンジニアは撤去を始めた。


小型工作艇が離れていく。ヘンダーソンは、それを見届けると主席参謀と副参謀に声をかけた。

「これからの対応だが、この残骸の持ち主は、どう出てくると思う」その問いにアッテンボロー主席参謀が

「いくつか明らかに解ることがあります。一つ目は、残骸の持ち主が、発信源を付けていたことを考えると、これは「えさ」であったこと」

「二つ目は、「えさ」に食いついた獲物の住みかを探りたかったこと」

「三つ目は、我々が未知の星系に入る前か入った後に仕掛けられた[えさ]あったことです」「そして我々は、「えsあ」に見事に食いついてしまい、持ち帰ろうとしていることです」

「問題は、「えさ」に食いついた我々をどうしようとしていたかです」

ウエダ副参謀がアッテンボローの意見に

「発信源が停止したことを彼らは、我々が自星系に着いたと考えないでしょうか」

ホフマン副参謀が

「つまり、「えさ」に食いついた獲物を襲いに来ると言うことか」


艦橋にブザーが鳴り響いた。

「ハウゼー艦長どうした」

「総司令官、「X2JP」周辺に艦影多数。五〇、一〇〇、一五〇、二〇〇。現れたのは二〇〇隻の艦隊です。映像出します」

ほぼ同時に、後方を索敵している哨戒艦からも

「ヘンダーソン総司令、「X2JP」に艦影多数」旗艦「アルテミッツ」のレーダー走査範囲は一四光時、アクティブモードにして設置したプローブと七光時レーダー走査範囲を持つ哨戒艦より更に早く「アルテミッツ」のレーダーがADSM72星系にある未知の跳躍点「X2JP」に現れた艦艇を捉えたのであった。

「やはり、お客さんのお出ましか。しかし、早すぎないか。我々が発信源を止めたのは、つい先程だぞ」そう思いながらヘンダーソンは、頭の中になにがしかの矛盾を感じていた。



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