≠?
そこはおどろおどろしいお屋敷だった。
魔王城で期待したデフォルメそのままに、+αでとにかく日当たりがよろしくない。
鉄格子が嵌められた窓は、重厚なカーテンの隙間からは割れたガラスが覗いている。
ギャアギャアと謎の黒鳥が鳴き喚き……ちょっとでか過ぎだろ、あの鳥、怖いんだけど。
とにかく、魔族の住まう国のイメージそのものを凝縮したかのようなお屋敷だった。
「ち、ちょっと、何ここ、こんなとこ泊まるなんて無──」
「や……やあやあ、よ、よう、こ……そ……わ、我が屋敷、へえぇぇ……ぐええっほ!げっほ、げっほ!」
「旦那様!ご無理はなさらずにとあれほど……!」
「だ、大丈夫……じゃ、けえ……ゼーゼー」
あきらかに大丈夫じゃなさそうだけど。
某沈没豪華船映画さながらな中央階段 (でもおどろおどろしい) からえっちらおっちら降りてきたお爺ちゃんが、ゼーハー言いながら使用人らしき青年に止められていた。
咳き込んだりしてるけど……掃除しないからじゃない?
持病持ちなら、ハウスダストも気にした方がいいと思うよ。
否定の言葉を遮られたことより、お爺ちゃんに興味が行ってしまった。
腰痛なのか年なのか、ばっきり二つに折った腰、ついた杖は腕力さえ弱っているのかカタカタと震えていて、うっかりすると持ってない方が安全なんじゃないかと思わせる。
薄っすらと残ったロマンスグレーを何とか無理矢理後ろに撫でつけ、自宅らしいのに着ているのは燕尾服。
ついでに、使用人らしき青年が着ているのも蝶ネクタイ付き燕尾服。
皺々の顔は日に当たっていないからか真っ白で、蓄えたロマンスグレーの髭は小綺麗にデザインされており、それが何だかアンバランスだった。
たぶん、背は低くないと思うんだけど……てか、青年はやたらとこれまた美形であらせられること。
魔人か?
てことは、彼をお抱えにしているお爺ちゃんも魔人?
魔人て、お爺ちゃんもいるの?
と、ここでエウがついと前にでる。
何何、もしやエウも負けず劣らずハウスダストに弱くて一言物申すとか?
おう、言っちゃれ!
「久しいな、ドラキュラ伯爵」
「……」
予想を斜め上行く発言に、ガ─────ン!と、またも金だらい落下が見えた。
現在、あたしは応接室で茶をしばいております。
ここ──ドラキュラ伯爵邸で。
「す、すまん、のううぅ……わざわ、ざ、げーっほげほげほげふっ……あーっとぉ!ッカー、ぺっ!」
「旦那様、絨毯に唾を吐かないでください」
「おお……す、すまん、のー」
お爺ちゃん、最後まで喋れてないよ。
さて、言わずもがなドラキュラ伯爵と言えば、15世紀のルーマニアの領主であり別名串刺し公と呼ばれたヴラド・ツェペシュをモデルに、イギリスのアイルランド人作家、ブラム・ストーカーが書いたホラー小説が有名だけど……
「して、皆様、は……あ"─────っ、げっほ!」
だけど……
「如何し、て……ごっほぅえーっほ!」
だけど……
「こちらに、いらっしゃった、の……でえぇっほ、げっほ!」
「わたくしが変わってお話させていただきます」
その方がいいね、異議なく満場一致だしね。
だけど、ドラキュラ伯爵ってあんなんだったの?
まあ、世界が違うわけで、たまたま名前が同じだけかもしれないけどさ。
でも、ノンパレイルキッチンがあるなら、ドラキュラ伯爵がいたって別にね。
おかしくはないように思うんだよね。
ドラキュラとか言ったってお爺ちゃんだし、てか、何でもありなんでしょ、きっと。
上手く(?)翻訳されてるだけかもしれないしね。
ドラキュラお爺ちゃんについては、敢えて知識ベースも漁らないことにした。
と、ここでまたもやエウが口を開く。
「現魔王から通達があったと思うが、届いていないだろうか」
と、答えるは美形青年執事。
「はい、届いております。ヒーロー御一行様を一泊と、装備諸々の準備でございますね。しかと、承る所存にございます」
と、ドラキュラお爺ちゃんが。
「え、ええ、そうなん……ジーヴァ、お主、そ、そんなこ……げーぇっほげほ!」
「お部屋はすでにご用意してあります、エウ様」
お爺ちゃん、普通にスルーされてるけど、旦那様じゃなかったのか。
最初の方こそ心配されてる様子だったけど、後は微妙に (かなり) 蔑ろにされている。
威厳ナシ、ドラキュラお爺ちゃん。
もうお休みになられたら如何かと、進言したいくらいの扱いだ。
いろいろ今さらだが、ふと、湧いた疑問を口にした。
「あのさ、準備って、魔王様がすでにしてくれたんじゃないの?」
だから出発に三日も要したわけでは?
すぐそこの城下町に一泊する意味が見出せず首を傾げたなら、あまりにさらっと、BBが答えをくれた。
「あのゼルがそんなことするわけも出来るわけもないよ。彼はね、無類の怠慢魔王なんだ。ここの宿泊許可願いを直々に書いただけでもよく働いた方だよ」
「だな」
「だね」
「魔力と容姿だけの魔王だと聞いてはいたが、あれは本当だったのか」
続いたエウ、ディルは魔王様の実態をどうやら知っていたらしい。
最後のトリエーチに限っては、呆れついでに眉を寄せていた。
上記の様子から推測するに、魔族は竜族、妖精族とは、どうやら国交が盛んらしい。
獣人族とは、噂が及ぶ程度ってことだろうか。
BBは魔王様をゼルと呼ぶけど、結構深い仲ってこと?
それとも、あたしが常識とするような主従関係と魔族のそれは、ちょっと違うのかな。
ここで出番の知識ベース──
「ああ、俺とゼルは幼馴染なんだよ。生まれた時期が一緒でね、彼が魔王に就任して、俺は補佐官の役割を与えられたんだ」
……せっかくの知識ベース、出番ナシ。
いやいや、まだまだ!
さっきからほら、何故かドラキュラお爺ちゃんとエウは顔見知りっぽいし?
そこを漁って──
「ちなみに、ドラキュラ伯爵は我らが竜族の血を引いている。格はわたしが上なので、魔王の手紙に一筆添えたのだ」
エウがすかさず補足説明までしてくれた。
「……あのさ、」
「どうした」
表情筋という言葉が辞書にないエウに、「……何でもない」と言うしかなかった。
情報共有、本当に必要だった?
ねえ、必要じゃなくない?
……あれ?
「えっ?ドラキュラお爺ちゃんが何だって言った?」
「竜族の血を引いている」
え。
「えええぇえ─────っ!!???、て、ちょ、腰を撫で摩るな!」
何故かこのタイミングでさわさわと動き出したBBの手を叩き落とし、それでも驚愕は止まらない!
BBの厭らしさ全開な艶笑も止まらない!
止まらないよノンストップ!
BBのにやにやは止まれ!
じ、じゃあ、お爺ちゃん (ドラキュラ省略) 竜になれちゃうの!?
いや、なれなかったから魔族にいるのか!?
「旦那様は竜族とのハーフでして、竜型は中途半端以下だったのですが──それにしてもずいぶんと今回の異邦人の方はお若いのですね──魔力は高く──おいくつですか?未成年?──よって、こちらに屋敷を構え、奥様と一緒にお世話に──と言うか男子?女子?──なっている次第でして──BB様のお手つきですか?女子でしたらすでに処女ではないですか?──わたくしも同じく竜族の血を引いてはいますがクォーターでして──それにしても幼いですね──竜型は取れません」
「……そ、そうなんだね」
ジーヴァと呼ばれていた青年執事が、いろいろだだ漏れ状態で話してくれた。
初対面でこれだけ失礼にだだ漏られたのは、人生初だったよ。
失礼だけなら三日前に経験済みだけど、あれはドストレートだったからなあ……現在進行形だよちきしょうめ。
「最初から処女じゃなかったらしいよ」
何故このタイミングでディルはそのレスポンス選択したの、ねえ!?
キラキラエフェクト掛けてりゃいいってもんじゃないから!
いっつも必要なことは言わないくせに、本当、下ネタだけはレスポンス最速だなこいつらは!
こ い つ ら は !!!!!
──そして、衝撃の事態まで、後数時間。
ということに未だ気付くはずもなく、ただこの時は「いつ旅は始まるんだ」と、BBの手をまたもや叩き落としながら考えているのみだった。
お爺ちゃん、寝落ちしてたけど。
ドラキュラ
ルーマニア語/『竜の息子』という意味があり、また『竜は悪魔』という意味もあるらしい。