ファーストインパクト
「二度目まして。俺はビィビィナタニェル・ブロゥズ・ランジェラ」
「ビ、ビィビィナ……?」
「ふふ、BBでいいよ」
優しく髪を梳かれて、頭がぼんやりとする。
BB……で、いいのか……で、BBで……ベッドで……ふかふかで……真っ平ら……で──
真っ平ら、だよね。
真っ裸、だよね。
俺って、言ったよね。
「男ぉ!?」
「そうだよ……あ、見えてるよ」
がばっと距離を取り起き上がったあたしの肩から、するりと上掛けが滑り落ちる。
それをさり気なく引き上げてくれたBB。
あ、ありがとう。
じゃ、なくて。
「ごめん、ちょっといろいろわからないんだけど、何?何なの?ここどこ?貴方誰?何があってどうなってこうなってる?」
「俺はBB・ランジェラだってば」
「ああ、うん。BBだよね、さっき聞いた」
聞いたけど、聞いたのもわかったのもそれだけ。
何より先に、取り敢えず。
「やって、ないよね?」
失礼、と一言添えて、ぱっと上掛けを捲ってばっとそれを戻す。
……二人とも真っ裸でした。
疑わしい……けど、正直、悲しいかな、寝込みを襲われたことはないので、そこまで自分に魅力があるとは思わないけど。
思わないけど、事実は事実として、彼はそこに真っ裸で横たわっている。
じいいっと穴が開くほど見詰めた彼の瞳は、あたしと同じ真っ黒。
それがまた、妖艶に弧を描いて──。
「同じ色を初めて見たけど、そそられるもんだね」
「は?」
「そうだね、それもいいかもね。簡単だし」
くるんと、視界が反転した。
目の前にはBBがいる。
その思ったよりしっかりとした肩越しには、見たこともない高い天井。
どこなの?
何なの?
「大丈夫だよ」
──何が?
という言葉は柔らかな唇に飲み込まれ、あれよあれよという間に──
……快楽の波に飲み込まれてました。
べ、別にあたしが特別ライトなわけじゃないのよ!
……腰が痛い。
「大丈夫?ヨリ」
すっかりあたしを抱き込んだBBが、気遣わし気に覗き込んでそう言った。
大丈夫かと言うわりに、腰に回された腕は、押しても引いてもびくともしない。
ちくしょう、乙女が皆、一回寝たくらいで絆されると思うなよ!
一回どころじゃなかったけどね!
「ねえ、大丈夫?」
絶世の美女が──いや、美女じゃないんだけど、とにかくこんな美人が心配気に二回もそんなこと口にしたら、一般人のあたしには文句も喉から押し戻されてしまう。
「だ、大丈夫だけど……」
腰はすこぶるぎしぎし言ってるけども。
とまでは、やっぱり言えず。
ただ、さり気なくマッサージしてくれてる辺り、手馴れてるなあと思いつつも、ありがたいのでやっぱりそれも言わない。
「初めてじゃなかったから、もしかしたら曖昧な部分もあるかもしれないけど」
「処女崇拝は海外から来た文化だから、あたしには通用しません」
「何の話?」
貴方が言い出したんですよ。
「あれ?情報の共有が出来たはずなんだけどなあ」
情報の……共有?
わけがわかめです、と言い掛けて、握られた手を見詰めながら、はたと気づいた。
彼はビィビィナタニェル・ブロゥズ・ランジェラ。
大抵の人にはBB・ランジェラで通している。
淫魔族の青年で、あたしと共に在るべく選出された者。
ここはイヴィーと呼ばれる世界の中心にあるタンジーナバロウ大国王宮の一室で、あたしのために用意された場所。
そしてあたしは──召喚された生贄。
生贄は剣。
剣は鞘を探すべく、世界を旅して平和を、安寧の世を保たねばならない。
──何で、そんなことが頭に浮かぶの?
「ああ、大丈夫みたいだね」
握られた手は緩く解かれ、またも、真っ黒の目が弧を描く。
真っ黒……BBの瞳は夜色だなあと、頭の片隅でぼんやりと思った。
「何かよくはわからないけど、あたしは召喚されたってこと?戻れるのかな?」
そういえば、名乗ってないのにBBはあたしの名前を知っていた。
それもつまり、情報共有ってことなんだろうか。
まあ、されたものは仕方ない。
こんなラノベも真っ青な事象が、あたしに起こるとは思わなかったけど。
あたしが楽観的でよかったね。
卒倒しただけで済んだんだから。
普通なら、もしくはもっと気が弱い子とか繊細な子だったら、もっと大事になっててもおかしくないと思う。
しかしだ、戻れると言うなら、全て水に流す!
細かいことはこの際気にしない!
何故なら、やっぱりよくわからないから!
「……戻りたいの?」
「まあ」
「あれ?」
首を傾げたBBにつられて、同じく首を傾げる。
「俺ね、淫魔族なの」
「そうみたいだね、よくわかんないけど」
ファンタジー過ぎちゃって思考が追いつかないので。
「淫魔族ってさ、房術が使えるんだよね」
「棒術?」
カンフーみたいな?
長い棒を振り回して戦うのが得意ってこと?
あれ、カンフーってそういうものだっけ?
で、それが今、何の関係が?
「うーん……セックスすることで相手に魔力を流して、いろいろ出来るんだよね。傷を癒すとか体力回復とか、魅了とか」
「へえ、便利だね」
やっぱりよくわからないけどね。
「魅了を使ったんだよ、さっき」
「え?」
「ヨリってさ、気が強そうなんだけど、啼いてるときは思った以上に可愛いなあって。つい」
待って。
待って待って、ようやくだいぶ、ちょっと理解が追いついた。
つまり。
あたしとのセックスで魔力とやらを使って、あたしを自分に夢中にさせてパシリにしようとしたってこと!?
「だから、戻りたいなんて思わないはずなんだけどなあ」
とか、何とかかんとか。
聞こえません。
聞きません!
「最低じゃねえか」
「……何か、大幅に勘違いしてる?」
勘違いではなく事実です。
よかった、効いてないみたいで!
「うーん……もしかしてヨリも『無の魔力』持ち?」
「何の話?」
かくっと首を傾げたなら、形良い眉が少しだけ顰められた。
「……異邦人だからなのか、上手く情報共有が行き渡ってないみたいだね」
異邦人なのは、あたしのせいではありません。