バタフライエフェクト
北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる。
アマゾンを舞う一匹の蝶の羽ばたきが、遠く離れたシカゴに大雨を降らせる。
そんなカオス理論があるけれど。
じゃあ、東京の某所某アパートで欠伸をしたら?
あたしは木村ヨリ、二十九歳、独身。
真面目にってわけじゃないけど、それなりに普通には働いてて、それなりに普通に酒も飲めば煙草も吸う。
それなりに普通に片手以上両手未満の男と付き合い、今のところ、それらは手元に残ってはない。
特別何かが出来るわけでも、また、出来ないってわけでもないと思う。
そう、仕事から帰って、キャミとショーパンに着替えてからベッドで欠伸をするまでは。
「……何」
疑問符さえ付かなかった。
正直に言うと、完全に、現状に対して思考が置いてきぼりだった。
「待ってたよ、生贄ヒーロー」
突如目の前に現れたお姉さんは、真っ黒いロングワンピースらしきものを着ていて、謎のヒーロー発言をしてから、それはそれは妖艶に微笑んだのだ。
──お姉さんは、絶世の美女だった。
じゃ、なくて。
ヒーローって何?
ヒロインじゃなくて?
いや、まあ、二十九歳でヒロインてのは流石に痛いと思うけども。
いや……『生贄ヒーロー』って、どういう……?
それより、取り敢えずお姉さんの髪は真紅だけど染めてるの?
似合うけどさ。
「生贄とでも言えばわかるんじゃない?ねえ、わかる?『生贄』」
うわっ!
び、びっくりした!
美女の隣から突然の登場を果たした彼は、上から下までキンキラキンのこれまた絶世の美男子。
金髪に金眼、真っ白なお肌に金の刺繍が施された真っ白な詰襟ジャケットとパンツを着用している。
……何かこう、お姉さんと言い美男子と言い、やたらとファンタジーな格好してるね。
……ファンタジー?
……あはは、まっさかー。
ていうか、別の言い方したところでそれって結局生贄だよね。
この時代に日本で生贄?
そんなのあるの?
土葬の習慣はまだ残ってるところもあるらしいけど、流石に生贄はないんじゃないかなあ……。
ていうか。
「日本語上手いね」
言うに事欠いて、第一声がそれでした。
さて、冷静に考えた場合、人の瞳の色は濃褐色、淡褐色、琥珀色、緑色、灰色、青色に大別される。
中には青紫色や赤色を持つ人もいるけれど稀であって、赤色に限っては人類人口の0.001パーセントと言われるほどだ。
何故詳しいかって?
興味があって調べたことがあるからです。
ふと、美男子を見やる。
やっぱり、金の目の色をしている。
……イエローベースの琥珀色と見間違えたかとも思ったけど、違う。
彼のそれはキンキラキン、紛うことなき金色。
……
……
…… あ り え な い。
──ふと見渡せば、周りは真っ黒だった。
のに、この二人だけ、見えてる?
明かりなんてどこにもない。
寧ろあたしは、鳥目で夜目は効かなかったのに。
違うでしょ。
あたし、さっきまで何してた?
帰ってから着替えて、ベッドに胡座掻いてビール飲もうかなって思いながらそれをテーブルに用意して、手を伸ばしたところで欠伸をしただけだよね?
寝てない。
あたしまだ寝てない。
だからこれは、夢じゃないってことだけは、断言出来る。
「な……何事!?」
急にこわくなって挙動不審に陥れば、パリーンッと何かが割れた音。
「ひいっ!?」
暗いのこわいのに、その上何なの!?
またも動揺を上乗せすれば、またまたガコーンッと何かが落ちたみたいな音。
もう勘弁してええぇえ!!!!!
意味がわからないし、何はともあれ本当にこわいから!
暗いのだめだから!
「落ち着いて」
お姉さんが、この世とは思えない妖艶な笑みを浮かべてそう言った。
「お、落ち」
着けない。
とまでは言えず。
唇に何かが触れて、……あ、ちゅうされたのなんて久しぶり……とかばかなことをぼんやり考えてたら、視界が暗転して。
「おはよう、気分はどう?」
気づいたら、
「──え?」
真っ裸のお姉さんに抱かれて、ふっかふかのベッドにいました。
「え……──あ、れ?」
お姉さん──胸が真っ平らなんだけど。