【短編】EVOLVE〜エヴォルヴ〜 — 番外編 — 母の名前がある場所
[アークシステムズ・オフィス/午前]
環は、郵便物の仕分けをしながらつぶやいていた。
環
「「親展」「御中」「DM」……
今日は、郵便物が多いな……」
宛先と差出人を入力して、開封していると
環
「招待状?ガーデニア?」
環は親展と開封した郵便物を柊に渡しながら
環
「柊、これ……
ガーデニアというところから『招待状』ってなってて……」
柊
「ん? 招待状?」
環
「はい……今度できる屋上庭園のオープン前の招待状みたいなんですけど……」
柊
「そうだな。俺たちの名前も入ってるな」
凪
「あ!」
柊
「なんだ、凪、どうした?」
凪
「それ、ガーデニアって言いましたよね?」
環
「はい……ガーデニアです」
凪
「それ、もしかしたら、実家の屋上庭園を作ってくれた会社かも……」
環
「え? 凪くんの実家って病院の?」
凪
「そうです! 母の屋上庭園。美鈴ガーデンです!」
柊
「なるほど、でもそれがなんで招待状なんだ?」
凪
「なんでだろう?……ちょっと聞いてみます」
柊
「ああ……大丈夫か?」
凪
「はい……海翔兄さんに聞いてみます」
柊
「うん。頼む」
凪
「了解です!」
環は思い出しながら微笑んで言った。
環
「凪くんの病院のお庭、ステキでしたよね。
風が気持ちよくて、いい香りがして……
癒されましたよね……」
柊
「そうだな」
環
「あんな感じの屋上庭園ができるんですかね?」
柊
「うん……かもな」
凪
「うん……わかった。うん、ありがとう、海翔兄さん」
通話を終えた凪が、立ち上がって言った。
凪
「柊先輩、環さん、わかりましたよ!
それ、父さんがアークシステムズ宛に送るよう頼んだらしいです。」
環
「え? 院長先生が?」
凪
「はい……ガーデニアはやっぱり実家の屋上庭園を作ってくれた会社で、関係者にオープン前の見学に招待してくれてるみたいで、父さんも行くらしいんですけど……
海翔兄さんが言うには、ぜひ僕たち3人でってことなんじゃないかって」
凪の話を聞くと、環は笑顔で2人に言った。
環
「では3人で、行きましょう」
柊
「そうだな、行くか」
凪
「はい!行きましょう!」
◇◇◇
『ガーデニア主催 屋上庭園見学会』
環
「わぁーすごく広いですね」
柊
「ああ……屋上全部を庭にしてるのか」
凪
「う〜ん、気持ちいい〜」
陽一
「陽翔」
背後から声が聞こえて凪が振り向くと
父の陽一が立っていた。
凪
「あ!父さん……お久しぶりです」
陽一
「久しぶりだな。元気にしてたか」
凪
「はい。父さんも元気そうでよかった」
陽一
「ああ……」
柊
「こんにちは。如月柊です」
環
「こんにちは。如月環です」
陽一
「ああ。こんにちは。2人とも久しぶり。
陽翔が世話になって、ありがとう」
柊
「いいえ、こちらこそ、陽翔くんにはお世話になっております」
陽一は環と凪が笑いながら楽しそうに話しているのを見ながら柊に話した。
陽一
「陽翔は末っ子で、まだ15になるかならないかの時に、母親の美鈴が他界して、一時は笑えない子になってしまってね。
だからあの子には、自由にやりたいことをやらせたんだよ。
でもそのせいで、上の兄たちからは厳しくされてしまってね……
あんな風に笑って話す姿をみるのは、美鈴が生きていたころ以来かもしれないな。
あの子もあの子なりに自分の道を見つけたんだな。
きっと柊くんたちとの出会いがよかったんだろう。
ありがとう」
柊
「凪にそんな過去があったんですね……知らなかった。
凪……陽翔くんは、明るくてよく笑って、思いやりがあってよく気がつくし、SEとしての技術は俺よりもはるかに上です。
俺も環もとても頼りにしてます」
陽一
「そうですか……
そんな風に言ってもらえると、父としては嬉しいですね」
柊
「今日はここの招待状を、ありがとうございます」
陽一
「ああ……ここはうちの屋上庭園を作ってくれた人がプロデュースした庭園なんだよ」
柊
「美鈴ガーデンですね」
陽一
「ああ……あの子は美鈴によく似てる。
よく笑ってやさしくて、周りをあたたかくするような雰囲気がある」
柊
「ええ、わかります」
陽一
「だから、君たちにもここを見てもらいたかった」
柊
「はい。ステキな場所ですよね。美鈴ガーデンもここも」
陽一
「あそこの塔のような物が見えるだろ?」
柊
「はい」
陽一
「あの周りの花壇に美鈴ガーデンと名前をつけてくれたんだよ。
ここなら君たちの会社からも家からも近いだろ?」
柊
「はい。ときどきはここに凪を連れてきます。
うちの環もこういうところは好きなんで」
陽一
「そうか……ありがとう」
柊
「はい」
見て回っていた凪が戻りながら2人に声をかけた。
凪
「柊先輩!父さん!コーヒー飲みますか? 僕買ってきますよ」
陽一
「ああ……」
柊
「凪、環は?」
凪
「環さんは……あ、あそこの花壇のところに……
あ、あれ?」
別の方向から環が急ぎ足で戻るなり
環
「凪くん!」
凪
「あ、環さん」
環
「あそこの花壇行った?」
凪
「ううん、行ってないけど……」
環
「あの花壇のとこ行ってみて」
凪
「じゃあ、コーヒー買ってきたら……」
環
「ううん。それはわたしが行くから、あの花壇に行って!」
凪
「あ、う、うん……わかった。」
珍しく強い口調で言う環に圧倒され
凪は花壇の方へ歩いて行った。
柊
「環、見たのか?」
環
「うん……
先生……あの花壇って……」
陽一
「ああ……あの子の母の名前がついてる」
環
「だから、招待状を送ってくれたんですね。
ありがとうございます!」
陽一
「ああ……」
環
「ねぇ、柊」
柊
「ん?」
環
「ここなら、家からも会社からも近いですよね」
柊
「ああ」
環
「ときどきここに来ませんか?
凪くんのお母さんに会いに」
柊
「ああ、そうだな……」
陽一は環の言葉に少し驚いたように目を見開いた。
陽一
「環さん、ありがとう」
環
「はい。
凪くん、いつも明るくて元気だから、少しも寂しそうには見えないんですけど……
以前、病院の屋上庭園へ行った時、少し寂しそうに見えたんです。
きっと、もっとお母さんと話したかったんじゃないかなって。
本当に話すことはできなくても、ここに来たらお母さんを感じることができるんじゃないかなって思うんです。」
柊
「環……」
陽一
「環さんはやさしいですね。
あの子のことそんな風に思ってくれるなんて、本当にありがとう。」
環
「そんな……こちらこそ、凪くんにはいつも支えてもらってて、お礼を言うのはわたしの方です。ありがとうございます」
陽一
「そうですか……あの子は幸せですね」
柊
「そうですね。
俺も環も、凪が一緒にいてくれて幸せです」
柊の言葉に環も頷く。
環
「あ、わたし、コーヒー買ってきますね!」
柊
「あ、ああ、気をつけろよ」
環
「は〜い!いってきます」
◇
環と入れ違いに戻ってきた凪。
凪
「父さん、あの場所、母さんの名前がついてた。
もしかして、それを僕に見せたくて、今日の招待状を送ってくれたんですか?」
陽一
「ああ……ここなら気兼ねなく来れるだろ?」
凪
「父さん……ありがとうございます」
陽一
「うん、本当は家に来いと言ってやりたいが、おまえには少し居心地が悪いだろうから」
凪
「父さん……」
柊
「凪、環がな、ときどきここに来ようってさ」
凪
「え?環さんが?」
柊
「ああ……ここならお母さんを感じられるんじゃないかって」
凪
「……環さん……そんなこと……
やっぱり、やさしいですね」
柊
「そうだな……あいつは……環はそういうやつだ」
凪
「はい。そうですね……で、先輩、環さんは?」
柊
「コーヒー買いに行ってる」
凪
「あ、じゃあ僕、見てきますよ」
柊
「いや、俺が行く。おまえはここにいろ」
凪
「え? でも……」
柊
「うん……こんな時じゃないと話せないだろ」
そう言うと、柊はコーヒーショップの方へ歩いて行った。
凪
「あ、はい。ありがとうございます」
陽一
「陽翔……おまえはいい人たちと一緒にいるな」
凪
「はい。いい人すぎて、僕にはもったいないくらいです」
陽一
「そうか」
凪
「はい。
僕を家族みたいに思ってくれて、環さんは、ずっと一緒にいたいなんて言ってくれて。
柊先輩は、僕が新入社員の時から、ずっと気にかけてくれて、火事にあったときも助けてくれて。
一緒にいるだけであったかい人です。2人とも」
陽一
「そうか……
おまえが笑っていられる場所があって、私は嬉しいよ。
私はずっと、おまえの笑顔を奪ってしまったと思っていたんだ。
でも、柊くんと環さんといるおまえは、楽しそうに笑ってた。
美鈴がいた頃と同じように……」
凪
「父さん……」
陽一
「美鈴の笑顔は周りをあたたかくする。
おまえはそんな美鈴によく似ている。
きっと、美鈴のやさしさは、全部おまえ、陽翔が引き継いだんだな」
凪
「父さん……」
陽一
「陽翔、今日はおまえに会えて良かったよ。
来てくれてありがとう」
凪
「そんな、僕こそ、ありがとうございます。
父さんと話ができてよかったです。
僕は今、柊先輩と環さんと一緒にいるときが、一番、幸せです。」
陽一
「そうか……それが聞けて安心したよ」
凪
「はい!」
その時、環の声が聞こえた。
環
「お待たせしました〜。ごめんなさい。
遅くなっちゃって……」
柊
「凪、話せたか?」
凪
「はい。ありがとうございます。」
環
「凪くん、見てきた?」
凪
「はい!母さんの名前がついてました。」
環
「よかった。ときどきここに来ましょうね」
凪
「うん!環さん、ありがとう」
環
「ふふ……わたしもここ、気に入りました。
ステキな場所ですよね」
柊
「うん……そうだな」
環
「さっきのコーヒーショップ、凪くんが好きなやつありましたよ。
ホイップクリームいっぱいのせるやつ……
なんて名前でしたっけ?」
環が言うと、陽一が答えた。
陽一
「アインシュペナー、ウインナーコーヒーとも言うな」
凪は驚き
凪
「父さん、知ってたんですか?」
陽一
「ああ……知ってたよ。 美鈴も好きだったな」
凪
「はい。母さんがよく飲んでて、クリームのところいっぱい食べて
『普通のコーヒーになっちゃう』ってよく言われてました」
環
「ふふふ……凪くんらしい」
柊
「うん……だな。いつもクリームだけ先に食べるしな」
環
「うん!そうそう!クリームのおかわりしちゃいそうな勢いで」
凪
「えーそうかなー」
凪が言うと、柊と環の声が重なって
柊・環
「そうだよ」
3人は笑い、陽一はその様子を見て微笑んだ。
やさしく穏やかな風が4人を包むように舞った。




