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EVOLVE〜エヴォルブ〜

【短編】EVOLVE〜エヴォルヴ〜 — 番外編 — 母の名前がある場所

作者: 柊梟環
掲載日:2026/09/26

[アークシステムズ・オフィス/午前]



環(たまき)は、郵便物の仕分けをしながらつぶやいていた。


環(たまき)

「「親展」「御中」「DM」……

 今日は、郵便物が多いな……」


宛先と差出人を入力して、開封していると


環(たまき)

「招待状?ガーデニア?」


環(たまき)は親展と開封した郵便物を柊(しゅう)に渡しながら


環(たまき)

「柊(しゅう)、これ……

 ガーデニアというところから『招待状』ってなってて……」


柊(しゅう)

「ん? 招待状?」


環(たまき)

「はい……今度できる屋上庭園のオープン前の招待状みたいなんですけど……」


柊(しゅう)

「そうだな。俺たちの名前も入ってるな」


凪(なぎ)

「あ!」


柊(しゅう)

「なんだ、凪(なぎ)、どうした?」


凪(なぎ)

「それ、ガーデニアって言いましたよね?」


環(たまき)

「はい……ガーデニアです」


凪(なぎ)

「それ、もしかしたら、実家の屋上庭園を作ってくれた会社かも……」


環(たまき)

「え? 凪(なぎ)くんの実家って病院の?」


凪(なぎ)

「そうです! 母の屋上庭園。美鈴(みすず)ガーデンです!」


柊(しゅう)

「なるほど、でもそれがなんで招待状なんだ?」


凪(なぎ)

「なんでだろう?……ちょっと聞いてみます」


柊(しゅう)

「ああ……大丈夫か?」


凪(なぎ)

「はい……海翔(かいと)兄さんに聞いてみます」


柊(しゅう)

「うん。頼む」


凪(なぎ)

「了解です!」


環(たまき)は思い出しながら微笑んで言った。


環(たまき)

「凪(なぎ)くんの病院のお庭、ステキでしたよね。

 風が気持ちよくて、いい香りがして……

 癒されましたよね……」


柊(しゅう)

「そうだな」


環(たまき)

「あんな感じの屋上庭園ができるんですかね?」


柊(しゅう)

「うん……かもな」



 凪(なぎ)

 「うん……わかった。うん、ありがとう、海翔(かいと)兄さん」



通話を終えた凪(なぎ)が、立ち上がって言った。


凪(なぎ)

「柊(しゅう)先輩、環(たまき)さん、わかりましたよ!

 それ、父さんがアークシステムズ宛に送るよう頼んだらしいです。」


環(たまき)

「え? 院長先生が?」


凪(なぎ)

「はい……ガーデニアはやっぱり実家の屋上庭園を作ってくれた会社で、関係者にオープン前の見学に招待してくれてるみたいで、父さんも行くらしいんですけど……

 海翔(かいと)兄さんが言うには、ぜひ僕たち3人でってことなんじゃないかって」


凪(なぎ)の話を聞くと、環(たまき)は笑顔で2人に言った。


環(たまき)

「では3人で、行きましょう」


柊(しゅう)

「そうだな、行くか」


凪(なぎ)

「はい!行きましょう!」



◇◇◇



『ガーデニア主催 屋上庭園見学会』



環(たまき)

「わぁーすごく広いですね」


柊(しゅう)

「ああ……屋上全部を庭にしてるのか」


凪(なぎ)

「う〜ん、気持ちいい〜」


陽一(よういち)

「陽翔(はると)」


背後から声が聞こえて凪(なぎ)が振り向くと

父の陽一(よういち)が立っていた。


凪(なぎ)

「あ!父さん……お久しぶりです」


陽一(よういち)

「久しぶりだな。元気にしてたか」


凪(なぎ)

「はい。父さんも元気そうでよかった」


陽一(よういち)

「ああ……」


柊(しゅう)

「こんにちは。如月(きさらぎ)柊(しゅう)です」


環(たまき)

「こんにちは。如月(きさらぎ)環(たまき)です」


陽一(よういち)

「ああ。こんにちは。2人とも久しぶり。

 陽翔(はると)が世話になって、ありがとう」


柊(しゅう)

「いいえ、こちらこそ、陽翔(はると)くんにはお世話になっております」


陽一(よういち)は環(たまき)と凪(なぎ)が笑いながら楽しそうに話しているのを見ながら柊(しゅう)に話した。


陽一(よういち)

「陽翔(はると)は末っ子で、まだ15になるかならないかの時に、母親の美鈴(みすず)が他界して、一時は笑えない子になってしまってね。

 だからあの子には、自由にやりたいことをやらせたんだよ。

 でもそのせいで、上の兄たちからは厳しくされてしまってね……


 あんな風に笑って話す姿をみるのは、美鈴(みすず)が生きていたころ以来かもしれないな。


 あの子もあの子なりに自分の道を見つけたんだな。

 きっと柊(しゅう)くんたちとの出会いがよかったんだろう。

 ありがとう」


柊(しゅう)

「凪(なぎ)にそんな過去があったんですね……知らなかった。

 凪(なぎ)……陽翔(はると)くんは、明るくてよく笑って、思いやりがあってよく気がつくし、SEとしての技術は俺よりもはるかに上です。

 俺も環(たまき)もとても頼りにしてます」


陽一(よういち)

「そうですか……

 そんな風に言ってもらえると、父としては嬉しいですね」


柊(しゅう)

「今日はここの招待状を、ありがとうございます」


陽一(よういち)

「ああ……ここはうちの屋上庭園を作ってくれた人がプロデュースした庭園なんだよ」


柊(しゅう)

「美鈴(みすず)ガーデンですね」


陽一(よういち)

「ああ……あの子は美鈴(みすず)によく似てる。

 よく笑ってやさしくて、周りをあたたかくするような雰囲気がある」


柊(しゅう)

「ええ、わかります」


陽一(よういち)

「だから、君たちにもここを見てもらいたかった」


柊(しゅう)

「はい。ステキな場所ですよね。美鈴(みすず)ガーデンもここも」


陽一(よういち)

「あそこの塔のような物が見えるだろ?」


柊(しゅう)

「はい」


陽一(よういち)

「あの周りの花壇に美鈴(みすず)ガーデンと名前をつけてくれたんだよ。

 ここなら君たちの会社からも家からも近いだろ?」


柊《しゅう》

「はい。ときどきはここに凪(なぎ)を連れてきます。

 うちの環(たまき)もこういうところは好きなんで」


陽一(よういち)

「そうか……ありがとう」


柊(しゅう)

「はい」


見て回っていた凪(なぎ)が戻りながら2人に声をかけた。


凪(なぎ)

「柊(しゅう)先輩!父さん!コーヒー飲みますか? 僕買ってきますよ」


陽一(よういち)

「ああ……」


柊(しゅう)

「凪(なぎ)、環(たまき)は?」


凪(なぎ)

「環(たまき)さんは……あ、あそこの花壇のところに……

 あ、あれ?」


別の方向から環(たまき)が急ぎ足で戻るなり


環(たまき)

「凪(なぎ)くん!」


凪(なぎ)

「あ、環さん」


環(たまき)

「あそこの花壇行った?」


凪(なぎ)

「ううん、行ってないけど……」


環(たまき)

「あの花壇のとこ行ってみて」


凪(なぎ)

「じゃあ、コーヒー買ってきたら……」


環(たまき)

「ううん。それはわたしが行くから、あの花壇に行って!」


凪(なぎ)

「あ、う、うん……わかった。」


珍しく強い口調で言う環(たまき)に圧倒され

凪(なぎ)は花壇の方へ歩いて行った。


柊(しゅう)

「環(たまき)、見たのか?」


環(たまき)

「うん……


 先生……あの花壇って……」


陽一(よういち)

「ああ……あの子の母の名前がついてる」


環(たまき)

「だから、招待状を送ってくれたんですね。

 ありがとうございます!」


陽一(よういち)

「ああ……」


環(たまき)

「ねぇ、柊(しゅう)」


柊(しゅう)

「ん?」


環(たまき)

「ここなら、家からも会社からも近いですよね」


柊(しゅう)

「ああ」


環(たまき)

「ときどきここに来ませんか?

 凪(なぎ)くんのお母さんに会いに」


柊(しゅう)

「ああ、そうだな……」


陽一(よういち)は環(たまき)の言葉に少し驚いたように目を見開いた。


陽一(よういち)

「環(たまき)さん、ありがとう」


環(たまき)

「はい。

 凪(なぎ)くん、いつも明るくて元気だから、少しも寂しそうには見えないんですけど……

 以前、病院の屋上庭園へ行った時、少し寂しそうに見えたんです。

 きっと、もっとお母さんと話したかったんじゃないかなって。

 本当に話すことはできなくても、ここに来たらお母さんを感じることができるんじゃないかなって思うんです。」


柊(しゅう)

「環(たまき)……」


陽一(よういち)

「環(たまき)さんはやさしいですね。

 あの子のことそんな風に思ってくれるなんて、本当にありがとう。」


環(たまき)

「そんな……こちらこそ、凪(なぎ)くんにはいつも支えてもらってて、お礼を言うのはわたしの方です。ありがとうございます」


陽一(よういち)

「そうですか……あの子は幸せですね」


柊(しゅう)

「そうですね。

 俺も環(たまき)も、凪(なぎ)が一緒にいてくれて幸せです」


柊(しゅう)の言葉に環(たまき)も頷く。


環(たまき)

「あ、わたし、コーヒー買ってきますね!」


柊(しゅう)

「あ、ああ、気をつけろよ」


環(たまき)

「は〜い!いってきます」



◇



環(たまき)と入れ違いに戻ってきた凪(なぎ)。


凪(なぎ)

「父さん、あの場所、母さんの名前がついてた。

 もしかして、それを僕に見せたくて、今日の招待状を送ってくれたんですか?」


陽一(よういち)

「ああ……ここなら気兼ねなく来れるだろ?」


凪(なぎ)

「父さん……ありがとうございます」


陽一(よういち)

「うん、本当は家に来いと言ってやりたいが、おまえには少し居心地が悪いだろうから」


凪(なぎ)

「父さん……」


柊(しゅう)

「凪(なぎ)、環(たまき)がな、ときどきここに来ようってさ」


凪(なぎ)

「え?環(たまき)さんが?」


柊(しゅう)

「ああ……ここならお母さんを感じられるんじゃないかって」


凪(なぎ)

「……環(たまき)さん……そんなこと……

 やっぱり、やさしいですね」


柊(しゅう)

「そうだな……あいつは……環(たまき)はそういうやつだ」


凪(なぎ)

「はい。そうですね……で、先輩、環(たまき)さんは?」


柊(しゅう)

「コーヒー買いに行ってる」


凪(なぎ)

「あ、じゃあ僕、見てきますよ」


柊(しゅう)

「いや、俺が行く。おまえはここにいろ」


凪(なぎ)

「え? でも……」


柊(しゅう)

「うん……こんな時じゃないと話せないだろ」


そう言うと、柊(しゅう)はコーヒーショップの方へ歩いて行った。


凪(なぎ)

「あ、はい。ありがとうございます」


陽一(よういち)

「陽翔(はると)……おまえはいい人たちと一緒にいるな」


凪(なぎ)

「はい。いい人すぎて、僕にはもったいないくらいです」


陽一(よういち)

「そうか」


凪(なぎ)

「はい。

 僕を家族みたいに思ってくれて、環(たまき)さんは、ずっと一緒にいたいなんて言ってくれて。

 柊(しゅう)先輩は、僕が新入社員の時から、ずっと気にかけてくれて、火事にあったときも助けてくれて。

 一緒にいるだけであったかい人です。2人とも」


陽一(よういち)

「そうか……

 おまえが笑っていられる場所があって、私は嬉しいよ。

 私はずっと、おまえの笑顔を奪ってしまったと思っていたんだ。

 でも、柊(しゅう)くんと環(たまき)さんといるおまえは、楽しそうに笑ってた。

 美鈴(みすず)がいた頃と同じように……」


凪(なぎ)

「父さん……」


陽一(よういち)

「美鈴(みすず)の笑顔は周りをあたたかくする。

 おまえはそんな美鈴(みすず)によく似ている。

 きっと、美鈴(みすず)のやさしさは、全部おまえ、陽翔(はると)が引き継いだんだな」


凪(なぎ)

「父さん……」


陽一(よういち)

「陽翔(はると)、今日はおまえに会えて良かったよ。

 来てくれてありがとう」


凪(なぎ)

「そんな、僕こそ、ありがとうございます。

 父さんと話ができてよかったです。

 僕は今、柊(しゅう)先輩と環(たまき)さんと一緒にいるときが、一番、幸せです。」


陽一(よういち)

「そうか……それが聞けて安心したよ」


凪(なぎ)

「はい!」


その時、環(たまき)の声が聞こえた。


環(たまき)

「お待たせしました〜。ごめんなさい。

 遅くなっちゃって……」


柊(しゅう)

「凪(なぎ)、話せたか?」


凪(なぎ)

「はい。ありがとうございます。」


環(たまき)

「凪(なぎ)くん、見てきた?」


凪(なぎ)

「はい!母さんの名前がついてました。」


環(たまき)

「よかった。ときどきここに来ましょうね」


凪(なぎ)

「うん!環(たまき)さん、ありがとう」


環(たまき)

「ふふ……わたしもここ、気に入りました。

 ステキな場所ですよね」


柊(しゅう)

「うん……そうだな」


環(たまき)

「さっきのコーヒーショップ、凪(なぎ)くんが好きなやつありましたよ。

 ホイップクリームいっぱいのせるやつ……

 なんて名前でしたっけ?」


環(たまき)が言うと、陽一(よういち)が答えた。


陽一(よういち)

「アインシュペナー、ウインナーコーヒーとも言うな」


凪(なぎ)は驚き


凪(なぎ)

「父さん、知ってたんですか?」


陽一(よういち)

「ああ……知ってたよ。 美鈴(みすず)も好きだったな」


凪(なぎ)

「はい。母さんがよく飲んでて、クリームのところいっぱい食べて

『普通のコーヒーになっちゃう』ってよく言われてました」


環(たまき)

「ふふふ……凪(なぎ)くんらしい」


柊(しゅう)

「うん……だな。いつもクリームだけ先に食べるしな」


環(たまき)

「うん!そうそう!クリームのおかわりしちゃいそうな勢いで」


凪(なぎ)

「えーそうかなー」


凪(なぎ)が言うと、柊(しゅう)と環(たまき)の声が重なって


柊(しゅう)・環(たまき)

「そうだよ」


3人は笑い、陽一(よういち)はその様子を見て微笑んだ。


やさしく穏やかな風が4人を包むように舞った。

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― 新着の感想 ―
お母さんの名前がついた花壇を見つけた凪くんの場面が印象に残りました。最後に四人で笑っているところが、なんだかあたたかくてよかったです。
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