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先輩と後輩、二人とも魔法少女

作者: 夢見
掲載日:2026/06/19

 先輩が魔法少女を辞めることになった。

 表立っての理由は年齢。魔法少女は二十代後半までしか続けることが出来ないし、朝日あさひ先輩はもう二十七。

 しかし実際の理由は負傷だった。第一等級怪異を討伐するため、誰よりも真っ先に、真っ直ぐに手を伸ばした……そんな先輩の手はもうどこにもない。


 魔法少女連盟・本部玄関前、私は跡腐れなく微笑む先輩の手を掴んだ。


「行かないでください!」


 先輩は私に振り返る。


「ゴメンね」


 小さな謝罪。たったそれだけで私の心が癒えるとでも思っているのだろうか。


「違います、戻りましょう。またあの部屋で一緒に訓練しましょう。私まだ腕立て二百回行ってないんですよ。先輩みたいにできてないんですよ!?」


「……本当にゴメンね。娘がいるのは知ってるでしょう? 私、気が付いたの」


 先輩が私に花束を渡した。むわっとした香りが私の鼻を濁らせる。


「娘のためにも生きないといけないって」


 私は泣くしかなかった。私が十六で魔法少女のお仕事を始めたとき、一番気にかけてくれたのが朝日先輩で、誰よりも目標と言える人だった。

 だけど分かってもいた。魔法少女は永遠にはできないことも、別れがあることも。


 ほんと、嫌。


 私は地面を蹴飛ばし、先輩を残して建物の中へ走って逃げた。涙でぼやける風景がビュンという音と共に過ぎて行く。いくら手でぬぐったところで私の涙は止まらない。こういうキャラじゃないのに――顔を見せたくなくて人とぶつかっても謝りもしなかった。


 どれだけ足を動かし続けただろうか。毎日鍛えている足の筋肉でさえ雑なフォームに抗議の声を上げていた。

 逃げるべきじゃなかった。最後くらい先輩を笑顔で送るべきだった。十八にもなってまだ十六みたいなことしてる。私はもう子供じゃないんだ。先輩みたいに引っ張っていく存在にならないといけないんだ。無理やり気持ちの弁を開き、ハンカチがぐずぐずになるまで顔を拭く。


 バクバクと鳴り尽くしていた心臓が落ち着いてきた。知らぬ間に私は自分たちの部屋に戻ってきていたみたいだ。ドアを開けるといつも眠たそうにしている蒼がせんべいを頬張っていた。


「おかえり~」


 変に語尾を伸ばすのが蒼の癖だ。そして私のバディでもある。私の顔を見るとぎょっとしてティッシュを渡して来た。


「ありがとう」


「別にー」


 そういえばあおいを玄関で見なかった気がする。


「蒼は行かなくてよかったの? 朝日先輩の見送り」


 蒼はまたパリッとせんべいを噛んだ。


「いいよぉ、私は朝日先輩と関りがなかったし~。逆に朱莉あかりはやばかったねぇ」


「言わないで」


 今思い返すと変な感じだ。ただ先輩が辞めただけ。死んだわけでも二度と会えないわけでもない。けれどもそれ以上に私は魔法少女である朝日先輩のことを必要としていたのかも。

 私は部屋に置いていた荷物を手提げバックに放り投げ、詰めこむ。リップだけの化粧品。メモとシャーペン。クリアファイルに入った怪異事件報告書。最後にロケットペンダントを首にかけた。よし、これでいつもの私だ。

 頬を叩く。


「寝っ転がって食べないで、蒼」


 蒼は「うぅ~~」と唸りながらナマケモノのようにゆっくり腰を上げた。ちょっとだけそのアホっぽさが羨ましい。

 私は部屋を後にした。



■■■


 魔法少女の仕事は大きく分けて二つある。

 一つは怪異を倒すこと。二つ目は今みたいなイベントに出ることだ。


 曖昧に澄んだ青空。千人弱の観客。パイプ椅子が並び、簡易トイレが何台も設置。都心でこれだけ大規模な場所を取れるのも、一概に魔法少女の知名度だけじゃないだろう。連盟のバックに国が付いていることも大きい。

 しかしそんな大規模ささえ忘れるほど、誰もかれもが魔法少女にしか目を向けていない。裏で待っている私にさえその視線が伝わってくる。私はこの前でやれるだろうか……いやいや、私がリーダーなのだからしっかりしないと。

 声を掛けようと蒼に振り向くと、変わらずボケーっと眠たげにしていた。


 腹が立って思いついたことが口を突く。

「しっかりして!」


 蒼はちょっとばかし驚いたような顔をしたけれど、すぐひっこめて簡易テーブルに突っ伏した。どうせ友人と遅くまでゲームで遊んでいたんだろう。まったくもって魔法少女としての自覚がない。私たちは人々を守らないといけないのに。

 それに呼応するよう先に登壇している先輩の声が聞こえて来た。


「……私のモチベーションは皆さんの笑顔ですよ」


「いやぁ、それであの怪異に立ち向かうんですよね。俺でも怖くてできないよ。流石魔法少女だ」


 苦笑い。

 先輩が何か答える前にコメンテーター兼司会のような人は話を続けた。


「この前の第一等怪異の時だってね、あの『聖女』が真っ先に先陣を切ったんだから。ホント凄いですよ。十代、二十代の大切な時間を私たち一般人のために使ってれているんだから」


『聖女』――朝日先輩の俗称だ。しかし先輩自身はその称号を良しとはしていなかった。それは魔法少女の中ではある程度周知の事実。どうしてああいう人たちは称号を与えたがるのだろうか。いまだによく分からない。


 私はステージから耳を離した。これ以上聞いても変に緊張するだけだ。

 まだ開けていないぺっとボトルを開け、喉に流し込む。

 蒼がふと体を起こした。


「あり」


 セーターを叩き、蒼は虫らしき黒い点を払い落した。


「そんなこと……」


 蒼はバチバチと静電気を鳴らしながらセータを脱いだ。私は脱ぎ終わりに合わせ、蒼に話を振る。


「ていうかそれよりもだよ、私たちにはやるべきことってのがあるんじゃないの?」


 現在一番の問題はチーム名が決まっていないことだ。私たちがタッグを組み始めてまだ一か月ちょっと。その間何度もチーム名を決めようと持ちかけていたし、チーム監督だった朝日先輩と一緒になって蒼を拘束しようと試みて来たのだが、水のように毎回すり抜けらていた。

 ……で、今と。


「自分の名前を入れたいとか、そう言うのはある?」


「えー、なーー」


「どっち? 時間ないんだから早く決めてよ」


「ななななー」


 埒が明かない。


「それじゃあ蒼、決めちゃうよ」

 そう言うと蒼は『なー』言語を辞め、普通の表情(真面目モード)に変わった。いつも眠たそうにしているから普通の表情でさえ変な気分にさせてくる。


「私、名前に水の漢字は入れたいなぁ~」


「水ね」


 水を入れて、尚且つ他のグループともかぶってない。ちなみに最近のトレンドは可愛い系だけど、私はかっこよく行きたい。

 それから五分ほど私もなー言語を借りて唸っていると、ピンッと効果音が頭に響いた。

 これめっちゃいい。


「蒼! 朱莉水とかはどう!?」


 蒼はむにゃっとした目を開き、私を見る。

 結構いいと思うんだけど――私の名前と水って入れたい蒼の願いもキッチリ入ってる。尚且つ名前っぽいのがカッコいいよね。合同のペンネーム的な。


 ――「馬鹿?」


 思いっきりどつかれた気分。

「だよね……」


 (半分本気でいいと思ってたのに)

 しかしこの案がダメなら次どうするかは考えないといけない。蒼も珍しく考えてくれてはいるが、どうもいいアイディアは思いつきそうにもなかった。最終手段としてまだ決まってないと言えばいい気もするが、それもなんか違う。

 結局私たちは持ち時間をすべて消費し、登壇の時間がやって来た。


 ピンマイクを確認しつつ鏡で自分の顔を見る。今日のためにセットした赤黒い長髪。リーダーらしいシュッとした眉。薄っすらと、けれども化粧をほとんどしない私からは考えられないほどの化粧。可愛いが違和感はまだぬぐえない。

 安心しようと隣の蒼を見ると、彼女も緊張しているのか不安げにいつもクマのある目元を触っている。

 目の前に見えるステージでは後輩の魔法少女たちがアクションショーを行っている。このために気合を入れたという怪異役のマネージャーさんが()()()魔法で吹き飛ばされステージ外に。


「やったー!」

 と言う小さい子の歓声が聞こえ、次に大人の拍手が訪れる。もちろん私も聞こえない程度に手を叩いた。

 思い出すな……私も十六の時こうやって見たっけ。

 私は衣装のポケットからリップクリームを取り出した。キャップを取り、唇に薄く塗る。蒼も気が付いたのか私からヒョイとそれを取った。


「まだ持ってたんだー」


「いいでしょ」


 蒼はステージから引き揚げてくる後輩たちを横目で見ながら言った。

「いいと思うよ」


「普通に話せるなら普段から話してよ」


 照れ隠し。


「なー」

 と答えてくれた蒼が嬉しかった。

 ステージから「次は、今年春から新しくタッグを組む火ノ見朱莉さんと、水野蒼さんです」と呼ぶ声が聞こえる。そして今です、と言う誰かの声に合わせて私はステージに足を踏み入れた。

 ……

 ……声、カメラ、人。私と蒼を写真に収めようとフラッシュが鳴り、スマホが向けられる。他にもスマホを持たず自分の目写そうとしている人や……

 落ち着け私。先輩ならこんな場面で焦らなかった。リーダーとしてやるんだ。緊張で視線を下げるとまだよく分かっていなさそうな小さな子がくりっとした目を私たちに向けてるのが目に入った。反射的に、分からない程度に私は手を振った。このイベントがあの子にとって思い出になってほしい。

 下げていた顔を少し上げると、くすんでいた青空に太陽が照っていた。


「おーい、朱莉~」


 もうすでにステージの真ん中に来ていると思っていたが、まだまだ端も端。蒼と歩幅を合わせて、練習した通りの席に着く。司会は女の人に代わっていた。


「それでは進行させていただきます」


「まず簡単なご説明から。こちら、赤髪が良く似合う火ノ目朱莉さんは弱冠十六歳で魔法少女業を始め、現在に至るまで第三から第六等級怪異を複数単独で討伐。皆さんもご存じの址市事件における第三等級怪異をたった七人の死傷者に抑えた実力者です」


 台本通りだ。これなら何とかなる。私は自然とうつむく背中を無理やりピンと伸ばした。

 司会は蒼の紹介に移る。

 十七歳で魔法少女になり、怪異によって発生する火災を複数防いで、倒してきた。そして台本通り私たちは軽い質問タイムに向かった。

 司会の女性が台からマイクを持った。


「お二人はバディを組んでまだ一か月ですがチーム内ではお互いにどうですか?」

 蒼がさっと答える。

「そーですねー、ちょっと頑固なとこがありますね~」


「頑固、ですか」


 蒼は答えかけてやめた。代わりに私をじっと見つめる。まるで目と目がはりつきそうなくらい瞬きをせずジーっと。司会の人も観客の人もこの光景に困惑してる――もちろん私もだけど。

 何か話さないと。何かいいことを。私はとりあえず思いついたことを言うことにした。


「わ、わたくし火ノ目朱莉は蒼さんとはよくやらせていただいていて。えっと、訓練の時にも私が怒ってばかりなのですが最終的には皆さんの生活を守るため訓練をして」

――「でしょ~~!」


 蒼が話を区切った。


「やっぱり朱莉は頑固なんですよ~。こんなかたーい話ばっかりしてホント、こまっちゃいますよ」


「ちょっと! やめてよ蒼」


 控室と変わらず私は蒼に言った。本当はもっとかっちりしているキャラでやりたかったけど、千人弱いる観客の前でやってしまったことは取り返せない。司会の人は私たちの掛け合いにくすっと笑い、マイクがそれを増幅して伝える。


「お二方は仲が良いみたいですね」


「は、はい」


 今すぐ蒼を控室に引きずっていきたかったが、このまま続けるしかなさそうだ。

 張りつめていた緊張はあっけなく弛緩し、私は普通に質問を答えることが出来た。

 もしかして蒼はここまで考えていたのだろうか……いや、あの感じじゃないだろう。いくつか私たちに向けての質問をこなし、私個人への質問になった。


「朱莉さんは死者三桁があり合える第三等級怪異をたった七人に抑えました、そのことについて現在どのように思われていますか?」 


 嫌な質問だ。けれども聞かれるのは分かっていた。私みたいな新米が第三等級を抑えるなんてありえないから。私の魔法少女キャリアで一番大きな出来事だから。きっと先輩なら重くなく、それでいて変わらずに答えるのだろう。すぐ答えようとしない私を見て司会の人は目配せをする。

 でも私はこの質問を飛ばすことを断った。

 台本通りやればいい。何日も考えて書き上げて、ライターさんにも手直ししてもらった。謝辞を示して、そこから私がどうやって倒したのか言えばいい。小さい子もいるしあまり暗い雰囲気にはしない。そういうことを言われてる。


 だけど、私は違う。

 思ってることじゃない。

 蒼に迷惑をかけるかもしれないが、あとで謝ろう。私の言葉は決まっていた。


「あの事件は私にとって一つの節目であったように思います」


 綺麗にはできない。


「けれども、私は救えなかった七人のことをいまだに覚えています。ここで全員の名前は言えませんが、怪異事件報告書を何度も読み込んできました。私が出来なかったこと……できないことをなくすため日々訓練に励んでいます。そして最後に、七人に対して謝罪します」


 私は頭を下げた。

 台本にはないアドリブ――蒼はぼーっと私を見ている。けれども私に理解してくれたのか、一緒になって頭を下げた。きっちり十秒。あからさまと捉えられるのだろうけど、別にいい。私の気持ちはこうなのだから。

 頭を上げて見た会場は静まり返り、重いものが揺蕩っていた。


「お二人のお気持ちが真っ直ぐに伝わりました。私からも七人の犠牲者の方々へ哀悼の意を表します」


 司会の人も頭を下げ、次の質問へと移っていく。正直この空気にしてしまった申し訳なさもあったが、蒼がすべてカバーしてくれた。持ち前のアホらしさと伸ばした語尾。会場は元のふんわりとした雰囲気に戻っていく。

 そして最後の質問。


「お二人のチーム名は?」


 はぁ……また蒼に迷惑かけちゃうな。あと連盟の人にも。


「すみません、まだ決まり切っていません」


「そうでしたか」


 知れると思っていた会場の緊張は切れた。最後の質問だったので私たちはあっさりとステージを後にする。


「お二方に大きな拍手を!」


 パチパチ。軽い破裂音。一時間にも満たないインタビューだったのに、一日以上にも感じられた。

 観客から完全に見えなくなり、私たちは息を漏らした。ピンマイクがあったせいで何をするにも緊張しっぱなしだったな。

 マイクを外し、椅子に座る。もちろん隣には蒼がいた。


「朱莉さー、ああいうことするならさー」


「ゴメン。言いたくなった」


 蒼のため息。


「けどいいんじゃない。朱莉らしーし」


「そうかな?」


「そうだよ。でも~、あとで怒られるのは朱莉だよ~~。バカまじめな朱莉~」


 怒られることを完全に忘れていた。でも、蒼に迷惑をかけるわけにはいかないよね。私は愚直な堅物でしかないんだから。

 あ、思いついた。眠そげな蒼の肩を揺らして起こす。


「私たちのチーム名、今いいのが思いついたよ」


「今度は朝日先輩の名前でもいれるーんですか~?」


「違うよ。チーム名は火水ノ目(ひすいのめ)。相反する火と水の中心、みたいな」

 蒼はにゅっと目をつぶった。


「で、どういう思いがあるの?」


 私は自分の手と手を組んだ。


「私たちの魔法ってそれぞれ火と水じゃん。それぞれが協力してやれば、どっちも上手く扱えるというか。私たちが重なって同じ視点で同じ目標を見る、みたいな感じ」


 蒼は何度も「ひすいのめ」と呟き、やっと自分の中で納得したのか、やっと「火水ノ目」と言ってくれた。

 どんな表情をしているのか私が回り込もうとしたときドンッ、と爆音が耳を揺らした。


「「何!?」」


 音の方向はステージから。しかしこの振動はスピーカーの誤作動じゃない。蒼もそのことを理解したのか私を見て頷いた。怪異だ。

 怪異――人間の思いから生まれる怪物。月に十数件ほど発生し、魔法少女でなければ一切のダメージを与えることが出来ない。けれども怪異も大半は予想死者一桁の第六等級。


 私は手を前に伸ばした。魔力の流れを体で感じ、手のひらに集中させる。光そのものが舞い上がり、球形になって手のひらに集まっていく。

 行けるよ、私。

 気持ちを整えた次の瞬間、服装は変わっていた。

 金縁のプリンセススカート。金のティアラに大粒のルビー。そして胸元にも大粒のルビーが一つ。

 蒼も同じような金縁のプリンセススカート。だけど、肩がフリル付きのノースリーブ。そして宝石はサファイア。


 とにかく音が聞こえた場所に向かう。走りながら周囲を確認すると、他の魔法少女たちも変身して音の方へ走っていた。先輩も後輩も頑張ってるんだ、私だってちょっとくらい埋め合わせになってやる。

 そうこうしている間にも音は大きくなり、悲鳴はそれに比例する。


 ……見えた!

 第一印象は岩。体長八メートル近い巨大な岩が歩き回り、人を押しつぶしていた。こいつ……許さない。先に到着していた魔法少女二人が雷魔法で攻撃しているがほとんどダメージにはなっていない。

 私たち魔法少女には生まれつき使える魔法が決まっている。今回の場合は恐らく大地系が一番効果的なのだろうが、あいにく七人いる魔法少女の中で大地を扱える子はいない。

 魔法少女が集まるイベントなのに……


――「危ない!」


 岩巨人がどこから持ってきたのか巨石を振りかぶり、逃げる人たちに向かって投げつける。

 予想に出来ないほど長い放物線を描き、地面――蒼が水を噴出させた。一トンはありそうな巨石は微妙に逸れ、群衆の前ギリギリに墜落する。

 朝日先輩ならためらわない。


「私たちがあの石を何とか逸らします。皆さんはどんな攻撃が効くのか調べてください!」


 他五人の魔法少女は頷いて岩巨人本体に。


「蒼、やるよね!?」


「やるよ」


 眠たげな眼が開いた。

 五人がかりで岩巨人を止めているというのに石が飛ぶのは止まりそうにない。あいつ、私たちのことを意に介してもないなんて。

 しかし諦めるなんて選択肢は絶対にない。私は火球を手の平から射出し、岩を溶かす。蒼は同じように水で起動を変えたり、小さいものはウォーターカッターのよう射出した水で切り落としていた。


 それにしても本当にキリがない。小さいものから大きいものまで、人々が逃げる行き先を狙っているように――いや、狙って投げつけられる。

 右から一個、左から二個。

 左右とも蒼が切り落とす。しかし右の巨石は分裂しただけ。私は手のひらに魔力を籠め、一気に火球の温度を上昇させた。

 進め。

 射出された火球は尾に煙を残しながら岩に衝突。岩は一瞬で溶解。

 体が重たい。命がかかる判断と、外せられない緊張。それに重なる魔法を使うこと自体への疲労。ヒリツく肌に誰かの声が聞こえた。


「朱莉!」


 反射的に叫び返す。


「分かりました!!」


 巨人本体の対処に当たっていた先輩とバトンタッチして私は巨人と対面した。

 七、八メートルはあろうかと言う巨体が私の十メートル先に立っていた。無理やりくっつけたように石と石が重なって動いている。

 そしてやっと私に気が付いたのか、巨人は手を振り上げた。

 右からの振り下ろし。バックステップ……いや、前に進め。私は振り下ろされる腕の下をスライディングですり抜け、魔法を放つ。

 700℃――しかし巨人の胸に焦げ跡を残しただけ。

 仕返しとばかりに巨体ごと突っ込んできた。

 背中には仲間がいるから引けない。左右に避けるのもこの巨体じゃ現実的じゃない。足止め、だけでも。


「灰も残さない」


 二つの火球を両手に生み出し、巨人の足をじっと見る。

 まだ早い、もう少し……今。

 火球を足に向かって放ち、表面だけ溶かす。

 着弾した火球が破裂。足の表面はドロッと揺れ、滴る。

 殆どダメージを与えられてはいない。しかしそれでも、巨体を支える足が溶けた効果は大きかった。体勢を崩した巨体が私を押しつぶして倒れようとしていた。

 死ぬ気はない。

 気合で抜ける。

 巨体の股下まで五メートル、さらに四メートルと縮まって足元のアーチに触れかかった。しかし届かない。あとちょっと、ほんの少しが届かない。


――「朱莉~~!」


 水が私の背中を押した。欠けた足元を抜けた瞬間、背後で振動が起きた。

 危なかった……もしかしたら先輩のように、なっていたかもしれない。なんなの私の足、動いてよ。動いて。

 動けない私に蒼の声が甘く聞こえる。


「朱莉、大丈夫?」


「なんとか」


 私たちの前には立ち上がろうとしている岩巨人。それに対して雷、風、氷、複数の魔法が掛けられては打ち消される。そして、数えきれないほどの人々。


「なにかー、方法がある?」


 私は必至に巨人を見た。どこか有効打になった部分はないか。どこか、どこかに……あった。私が熱し、蒼が急速に冷やした巨体の足。表面だけだったけれど、確実にひびが入っていた。

 できることなら全部一気に壊したい、けれども私にそんな体力残ってない。朝日先輩みたいに全部一人でやるのは無理か。

 私は蒼に向き直った。

 言う。


「蒼、私と一緒にやってほしい。私が炎魔法で一点だけあいつの表面を焼き尽くす、そして」

――「私が水魔法で冷やすーってことね」


「やれる?」


「やれるーって、火水ノ目じゃなかった? 重なって同じ場所を見るんでしょ」


 そうだよね。やらないと。巨体は立ち上がり、自分自身に一番ダメージを与えた私を見た。私は手のひらに魔力を集める。浮遊感が体を包む。岩巨人は両手を振り上げ、私たちを射程に収める。私の魔力は収縮し、円から線。集まった。

 岩巨人が手を振り下ろした。私たちはそれをバックステップでよける。

 目の前には地面に手がめり込んだ巨人。

 今。

 私は一気に炎魔法を開放し、そいつの額にぶち込んだ。渦巻く炎が額を黒く焦がし、表面を徐々に溶かしていく。

 もはや言う必要もなかった。

 隣に立つ蒼は炎の渦と対になるように水の渦を噴出。火水の当たった額は急激な熱変化に耐えきることが出来ず、ボロボロと崩壊していく。小さなひび割れがやがて大きな亀裂に。巨体の上に乗っかった頭は崩壊した。

 それに合わせて足や手も脳を失ったように離散する。


 しゃがんでみると、小さなアリの大群だった。岩の体を持つアリ――もちろん火球で溶かしつくす。他の魔法少女たちもやっと攻撃を与えられるとなってすべての力を注ぎこんだ。


「終わった」


 そう思うと、体の疲れに意識が向かう。どうやら蒼も同じみたいで、お腹を鳴らした。


「おなかすいたな~」


「まだちょっと頑張って」


「分かってるよ~、火水ノ目のリーダー」


 会場だった場所はまだ混乱している。私たちが可能な限り破片をバラバラにしても、負傷者が出た。私はまだやらないといけないことがある。



■■■



 あれから数日。私は本部にある火水ノ目の部屋にいた。

 蒼が足をばたつかせながら見ているテレビには私の顔が連日の流れている。イベントでの謝罪とか、その後会場に現れた第三等級怪異の討伐とか。私と蒼で倒したのに、私一人だけやったことになってしまった。


「あー、朱莉『聖女』だってさ~~」


「私は聖女じゃないよ」


 朝日先輩が指導係だったからそのせいもあるのだろう。そして当の先輩からはお見舞いに写真が送られてきた――五歳になったらしい娘さんが部屋をぐちゃぐちゃにした写真。キョトンとした目でカメラを見つめ、その背景に一匹のスライムとしか呼べない生き物がいた。

 きっと朝日先輩ことだからこの写真は私への戒めを示しているのだろう。やっぱり先輩にはかなわない。

 私は活を入れるため、寝転んでスマホゲームを始めた蒼に言った。


「グダグダするのはおしまい」

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