第6話勇者の話は、するな
馬に揺られながら、三郎は必死にしがみついていた。
鞍の感触は固く、太ももにじわじわと痛みが溜まっていく。
身体が上下するたび、内臓まで振り回されているような感覚だった。
三郎「……馬、きついですね」
想像していた“移動”とはまるで違う。
揺れに慣れる暇もなく、ただ落ちないよう必死だった。
村人G「初めてか?」
短く、ぶっきらぼうな声。
三郎「はい。で、何しに城へ?」
問いかけながらも、三郎は前を走る背中を見つめる。
迷いのない姿勢。
この道を何度も通ってきた人間の、それだった。
村人G「……何しに、だ?」
一拍、間が空く。
その沈黙が、妙に重く感じられた。
三郎「稽古をつけてもらいたくて。
僕、勇者になりたいんです」
言葉にした瞬間、自分でも胸が強く脈打つのを感じた。
勢いで口にした夢。
だが、引っ込める気はなかった。
——馬が止まった。
蹄の音が、ぴたりと途切れる。
重い沈黙。
風の音だけが、やけに大きく耳に残る。
背後から、視線を感じた。
村人G「……やめとけ」
低く、短い言葉。
三郎「え?」
思わず聞き返す。
理由が分からなかった。
村人G「勇者の話はするな。
シュンのためだ」
押し殺した声。
そこには、先ほどまでの淡々とした調子はなかった。
三郎は、その言葉の意味を測りかねて口を閉じる。
何かに触れてはいけない気配だけが、確かにあった。
村人G「……稽古なら、まだ可能性はある」
そう言い残すと、三郎を地面に降ろす。
振り返ることもなく、馬を進めていった。
残された三郎は、その背中を見送るしかなかった。
⸻
巨大な城が、視界を塞ぐ。
三郎「……圧がすげぇ」
思わず呟く。
石壁は高く、厚く、空を切り取るようにそびえていた。
近づくだけで、場違いだと突きつけられる。
石壁の高さ。
門の重さ。
ここに“格”があるのが分かる。
人影が、門の内側へ吸い込まれていく。
同時に、重厚な音を立てて門が閉まり始めた。
三郎「待って!」
反射的に走り出す。
心臓が跳ねる。
門が閉まりかける。
三郎「ここ、シュンさんの城ですか!」
叫ぶように問いかける。
シュン「……君は?」
静かな声。
怒気も威圧もないのに、不思議と背筋が伸びた。
近くで見ると、想像よりずっと穏やかな顔だった。
英雄という言葉から連想していた姿とは、少し違う。
三郎「稽古をつけてください!」
勢いのまま頭を下げる。
シュン「弟子は取れない」
即答。
(強くて、優しくて、謙虚で……
俺と真逆すぎる)
そんな感想が、脳裏をよぎる。
シュン「だが、客人だ。入って」
その言葉に、ほっと息をつく間もなかった。
次の瞬間、身体がふわりと浮く。
三郎「え!?」
三郎「シュンさん!なんで担いだんですか!」
突然、視界が上下に揺れる。
足が地面から離れ、身体が軽く浮いた感覚。
(俺、デブではないけど平均体重より少し重いくらいだぞ!
それを、こんな簡単に……?)
シュン「秘密です」
軽々と担ぎ上げられたまま、城の中へ運ばれていった。
⸻
応接室。
石造りの部屋は広く、無駄な装飾がない。
静けさが、逆に緊張を生む。
シュン「なぜ僕に?」
正面から、まっすぐな視線。
三郎「戦士になりたいんです!」
答えながら、胸がちくりと痛んだ。
(嘘ついた……)
全部を言ったわけじゃない。
だが、完全な嘘でもなかった。
シュン「弟子は断る。
だが護身の剣なら教えよう」
淡々とした口調。
三郎「本当ですか!」
顔が自然と明るくなる。
サインも、あっさりと快諾された。
⸻
庭。
木刀。
構えた瞬間、空気が変わる。
遊びではないと、肌で分かる。
三郎が踏み込む。
——かわされる。
三郎「くっ!」
反射的に横薙ぎ。
三郎
(身体硬直!)
魔法を使った瞬間、判断が遅れる。
一瞬の判断遅れ。
視界が揺れ、意識が暗転した。
⸻
シュン「大丈夫ですか!」
三郎「……はい」
地面の冷たさを感じながら、ゆっくり起き上がる。
シュン「誰に教わった?」
三郎「教会で……」
シュン「……ルミナを?」
三郎「はい」
シュン「……幼馴染です」
三郎「!?」
思わず目を見開く。
シュン「身体魔法と斬撃なら、少し」
三郎「教えてください!」
言葉に迷いはなかった。
⸻
※現実世界
トヨコ「三郎!いつまで寝てるの!もう9時よ!
ご飯食べないの!」
苛立ちを隠しきれないまま、トヨコは階段を上り始めた。
トヨコ「三郎!起きなさい!開けるわよ!」
だが、部屋から一切返事がない。
人がいる気配すら感じられなかった。
トヨコ「……本当に開けるわよ」
心配と焦りに背中を押され、ドアを開けてしまう。
トヨコ「え、三郎?何、この部屋……」
床にはドリンク缶が大量に転がり、
ゲーム機の電源はついたまま。
寝ている三郎から、生気が感じられない。
まるで、自殺をした後の部屋のように静かだった。
トヨコは慌てて駆け寄り、三郎の身体を揺さぶる。
トヨコ「三郎!三郎!起きなさい!」
声が震える。
涙が、勝手に溢れてくる。
頭の中で、最悪の想像が止まらなかった。
災厄の状況が、何度も何度も膨らんでいく。
震える指で、救急へ電話をかける。
トヨコ「三郎が!目を覚まさないんです!
揺らしても!」
救急隊員「落ち着いてください!
すぐに救急車を向かわせています。
住所を教えてください」
宥められながら、住所を伝える。
救急隊員「呼吸はしていますか?」
トヨコ「はい!しています!心臓も動いています!
でも起きないんです!
……死ぬんでしょうか!」
救急隊員「落ち着いてください、奥さん。
今ここでは判断できません。
三郎さんに声をかけ続けてください」
トヨコ「……分かりました」
救急隊員「10分ほどで到着します。
この電話は切らないでください」
トヨコ「はい……」
トヨコは必死に、三郎の名前を呼び続けた。
やがて救急隊が到着し、
三郎は病院へ搬送された。
トヨコ「先生……三郎は大丈夫なんでしょうか」
先生「はい。現時点では緊急性はありません。
ですが、このまま眠り続けると
病気の可能性も出てきます。
まずは3時間、様子を見ましょう。
もし起きない場合は、入院していただきます」
トヨコ「……はい。ありがとうございます」
⸻
※異世界
激しい稽古。
汗と息遣いが、庭に残る。
シュン「吸収が早い。
だが“気配”を読むのが苦手だ」
三郎「……」
言い返せなかった。
三郎「シュンさんって、国王様の一番弟子なんですよね」
シュン「そうですが、それがどうしましたか?」
三郎「勇者とかに、会ったことありますかね?
(聞いてしまった!でもしょうがない!
このループの謎を進展させるためだ!)」
シュン「……帰ってください」
三郎「え、なんで――」
シュン「帰れ!」
感情に任せた斬撃が、三郎に向かって飛んでくる。
三郎は必死に、それを避けた。
シュン「……すいません。
三郎さん、もう来ないでください。お願いします」
三郎「……すいませんでした」
三郎は、何かを決心した表情で城を後にした。
⸻
帰り道の途中。
前方から、何かの集団が迫ってくる。
三郎「なんだ、あれ?」
目を凝らす。
それは、魔人だった。
5〜6体が、シュンの城へ向かっている。
三郎は、贖罪の気持ちに突き動かされるように、
魔人へと突っ込んでいった。
見違えるような動きで、斬撃を放つ。
だが、魔人たちはそれを軽々と避ける。
三郎「クソがぁー!」
斬撃を放った、その瞬間。
魔人が突進してきた。
必死に木刀で防ごうとするが、意味はない。
木刀は、あっさりと破壊された。
六体の魔人が、一斉に三郎へ飛びかかる。
ルミナの言葉が、脳裏をよぎる。
四大元素――炎。
三郎は地面に手をついた。
三郎「なんでもいいからぁ!出てぇくれぇ!」
炎の柱が立ち上がる。
六体の魔人を巻き込む。
だが、その中心に――三郎もいた。
⸻
シュン「……なんだ、この音」
城の窓が揺れている。
軽い地震かと思い、外を見る。
炎の柱。
シュン「なんだぁ……あれ!」
剣を取り、窓から飛び降りる。
シュン「魔物か、何かか!」
トップスピードで走る。
頭の片隅に、三郎の姿がよぎる。
シュン「……もしかしたら、魔王軍の手下かもしれない」
さらに速度を上げ、現場へ。
そこには、ダメージを負った魔人たち。
そして、砕けた木刀。
シュン「……」
低く、怒りが滲む。
シュン「てめぇ……
俺の友達に、何してくれてんだ」
次の瞬間。
六体は、何が起きたのかも分からないまま消滅した。
シュンは、地面に落ちていた木の欠片を拾い上げた。
一瞬で、すべてが終わった。
シュンは木片を拾い、強く握り締めた。




