第5話最強の戦士と地獄の修行
トヨコ「三郎ー、起きたのー?
もう起こさないからねー」
三郎「起きたよー」
そう答えながら、三郎は内心で首を傾げていた。
身体が重い。だが、嫌な重さではない。
——こんなに寝ていたか?
枕元の時計を見る。
20:00
三郎「えっ!? こんな時間!?」
一瞬、状況を飲み込めず目を擦る。
昼寝のつもりだったはずだ。だが、外はすでに夜の気配だった。
慌ててドアを開け、台所を覗く。
三郎「母さん! ご飯は!?」
トヨコ「冷めるし勿体ないから、食べたわ」
悪びれもなく言い切られる。
三郎「えぇ……」
腹が空いているというより、
自分だけ取り残されたような感覚が胸に残る。
結局、文句を言う気力もなく、三郎は上着を掴んで外に出た。
――――――
三郎「……あんまり外出たくないんだけどな」
夜の空気は冷たく、頬を刺した。
昼と夜の境目が曖昧なこの時間帯が、昔から少し苦手だった。
コンビニの自動ドアが、間の抜けた電子音を立てて開く。
明るすぎる照明が、現実に引き戻してくる。
三郎「カップラーメンでいいか」
棚の前で数秒迷い、結局いつもの味を取る。
店員「カップラーメン一点ですね。
230円になります」
三郎「あ、はい」
会話はそれだけ。
レジ袋をぶら下げ、足早に家へ戻った。
――――――
自室に戻り、電気ポットに水を入れる。
三郎「ポットあるの助かる……3分か」
ボタンを押し、ベッドに腰を下ろす。
そのまま、無意識にため息が漏れた。
三郎「(整理しよう)」
顎に手を当て、天井を見つめる。
三郎「(死に戻りのループ。
原因は不明。でも“死ぬと戻る”のは確定)」
三郎「(回数を重ねると安定する可能性。
……それと、力不足なのは明らかだ)」
どんな敵だったか。
どこで判断を誤ったか。
思い返そうとすると、途中で途切れる。
ぴぴ。
三郎「あ、できた」
思考を中断し、カップを開けて湯を注ぐ。
立ち上る湯気が、現実を押し戻してくる。
三郎「……俺、醤油派なんだよな」
意味のない独り言を零しながら、ラーメンを啜った。
味は、いつも通りだった。
――――――
風呂場。
ジャー。
三郎「ひゃっ!? 冷たっ!」
反射的に声が出る。
トヨコ「この時間誰も入らないでしょ!
お湯切ってるわよ、我慢しなさい!」
三郎「もー……」
文句を言いながらも、手早く済ませる。
身体を拭き、布団に潜り込む。
三郎「(この感覚……少し慣れてきたな)」
死ぬことに、ではない。
“戻る”ことに、だ。
それが良いことなのかどうかは、分からなかった。
布団の中で目を閉じたまま、三郎はしばらく呼吸を整えた。
眠る前と、目覚めた直後のこの一瞬だけが、
唯一“戻れる”感覚だった。
それが現実なのか、逃げ場なのか。
自分でも、まだ分からない。
(……もう、普通には戻れないな)
そう思っても、不思議と恐怖はなかった。
――――――
目を開ける。
三郎「(……見えてきた)」
今まで霧がかかっていた感覚が、少しだけ澄んでいる。
足元の土の感触、空気の匂い、遠くの気配。
世界の輪郭が、前よりはっきりしていた。
三郎「(あの動物……狐だったのか)」
前はただの影だった。
今は、形として認識できる。
三郎「(そろそろヒサトが……)」
——来ない。
三郎「……来ない?」
胸の奥が、わずかにざわつく。
前回との違いが、はっきりと存在していた。
三郎「(前は宿を取った。
……なら、今回は教会からだ)」
選択肢を変える。
それだけで結果が変わるなら、やる価値はある。
そう決め、歩き出した。
――――――
途中、見覚えのない脇道に出る。
奥から、人の声がいくつも聞こえてきた。
三郎「……行ってみるか」
理由はない。
ただ、流れに逆らいたかった。
――――――
女村人A「きゃー! シュン様ー!」
女村人B「戦士シュン様ー!」
男村人たちもざわめく。
G「さすがだな、シュン様」
E「一晩で村周辺の魔物を狩り尽くしたって話だぞ」
三郎「……あの、すごい人なんですか?」
恐る恐る声をかける。
G「坊主、知らねぇのか?」
E「この村出身だ。
しかも、王国でも指折りだって噂だ」
G「……13で討伐柵を越えたらしい」
E「普通は18からだ。
無茶だと思ったがな」
三郎「……」
言葉が出なかった。
自分との差が、数字で突きつけられた気がした。
G「……あれ? 坊主?」
――――――
シュンの話を聞きながら、胸の奥がじりじりと熱くなる。
羨望でも、嫉妬でもない。
ただ、自分が何も積み上げていない事実だけが、
はっきりと浮かび上がった。
(死んで、戻って、また死んで。
それだけじゃ、何も変わらない)
三郎「……あの人と、ルミナさんに教われば」
胸の奥に、焦りが湧く。
このままじゃ、何度死んでも同じだ。
三郎「……追いつける」
声に出した瞬間、わずかに震えた。
それでも、言葉にしなければ前に進めない気がした。
急ぎ、教会へ戻る。
――――――
三郎「ルミナさん!」
ルミナ「こんにちは。どうなされました?」
三郎「単刀直入に言います!
僕に修行をつけてください!」
ルミナ「え、ええ……?」
能力検査。
緑の光。
ルミナ「……能力、ありませんね」
三郎「知ってます」
即答だった。
ルミナ「え?」
三郎「続けてください」
ルミナ「……魔法は使えます。
基礎的なものだけですが」
三郎「それで十分です。お願いします」
ルミナ「3日後、休暇なので……」
三郎「今日の仕事終わりで」
ルミナ「……3日後じゃ?」
三郎「ダメです」
ルミナ「……負けました」
――――――
夕方。
ルミナ「……実は私、半人前のシスターなんです」
三郎「それでもいいです」
ルミナ「教えられるのは基礎だけですよ?」
三郎「はい!」
その瞬間、
ルミナが距離を詰め、腕を掴む。
三郎「(近い!!
……いや、集中だ)」
心拍数が一気に上がる。
三郎「(……基礎、だよな?)」
ルミナの穏やかな笑顔を見て、
一瞬だけ油断した自分を、三郎は後で何度も後悔することになる。
ルミナ「聞いてます?」
三郎「聞いてます!!」
――――――
30分後。
ルミナ「覚えるの、早いですね」
ルミナ「では……私の攻撃を受けてみてください」
三郎「(……基礎、だよな?)」
嫌な予感が、遅れてやってくる。
ルミナ「行きますねー」
三郎「待っ——」
巨大な炎球。
三郎「——!!」
ドカーン。
――――――
三郎「……はっ!!」
飛び起きる。
冷や汗。
三郎「……新しいトラウマが、増えた」
心臓の鼓動は、まだ速い。
だが同時に、
確かに“前より見えていた”感覚も残っていた。




