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眠れる勇者99九回目で  作者: ネム・サブロウ
第一部

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4/12

第4話目眠れる勇者は、まず死ぬ

三郎「……チハルさん、それどういう意味ですか?」


チハル「まー、秘密だ」


軽く肩をすくめるだけで、視線は帳簿から離れない。

ペン先が紙を擦る音だけが、やけに大きく響いた。

その規則的な音は、まるで時間を刻むようで、三郎の焦りを煽る。

無関心を装った態度が、余計に不安を増幅させていた。


三郎「なんでですか!」


声が少し上ずる。

自分でも、追い詰められている自覚があった。


チハル「それよりよ」


ピシッと帳簿を閉じ、ようやく顔を上げた。

その動作は迷いがなく、金融屋としての顔だった。

その目は笑っていない。


チハル「四万五千ジュール。

どのくらいで返せそうなんだ?」


三郎「……ポイントって、いくらになるんですか?」


チハル「5ポイントで500ジュールだ」


指を二本立てる。

説明口調だが、感情は一切こもっていない。


チハル「つまり、1ポイント100ジュールってことだ。

分かったらさっさと行け。次つっかえてんだ」


手をシッシッと振られ、完全に追い出しモードに入られる。

ここに長居すればするほど、

自分の弱さを値踏みされている気がした。


三郎「……分かりました。二週間ほどで返します」


自分でも根拠の薄さは分かっている。

だが、今は強がる以外に選択肢がなかった。

それでも言葉にしないと、前に進めなかった。


不安を顔に浮かべたまま、三郎は金融屋チハルンを後にした。

背中に突き刺さる視線が、最後まで消えなかった。


――――――


チハル「次の人ー」


村人A「チハちゃん、1500ジュール頼むわ」


チハル「あーい、まいどじゃー」


慣れた手つきで金を取り出し、差し出した、その瞬間。


ドン!


三郎「チハルさん!! 宿舎ってどこですか!!」


チハル「うおっ!?

うるせぇな! ビビるだろ!」


帳簿がずれ、硬貨が跳ねた。

乾いた音が床に響く。


チハル「ここから右行って、突き当たり左だ!

さっさと帰れ!」


三郎「すみません! ありがとうございます!!」


勢いだけ残して、三郎は飛び出していった。

扉がバタバタと音を立てる。


村人A「……なんじゃ今のは」


チャラチャラ。


チハル「おい、客さん。落ちてる落ちてる!」


村人A「あー! しまった!」


床に散らばった小銭を、二人で慌てて拾い集める。

さっきまでの騒ぎが嘘のように、店内はすぐ日常に戻った。


チハル「……ほんと、嵐みてぇな奴だ」


小さく呟いたその声は、誰にも届かなかった。


――――――


三郎「右行って……左……」


何度も首を傾げながら進み、古びた建物の前で立ち止まる。


三郎「……ここか」


壁の染み、歪んだ看板。

風に揺れる木製の札が、きしむような音を立てていた。

少なくとも高級とは言えない。


ゴンゴン!


三郎「こんにちはー! 部屋貸してくださーい!」


ゴンゴン!


三郎「誰かいませーん!」


ゴンゴン!


次の瞬間。


ガシャン!!


上から落ちてきた瓦礫が、頭をかすめた。


三郎「いってぇ!? なんだよ!」


反射的に上を見上げる。


そこには、手すりに身を乗り出した老婆がいた。


――宿舎の大家・トメ。


トメ「ドンドンするな! クソガキ!

張り倒すぞ!」


しわくちゃの顔に似合わないほど、声だけは張りがある。


ブツブツ文句を言いながら、階段を降りてくる。

その足取りは意外としっかりしていた。


トメ「……で? 何しに来た」


三郎「泊まりに来ました。

一週間、お願いします」


トメ「……ん」


トメは無言のまま、激しく手を振る。


三郎「?」


トメ「金だよ、金!」


三郎「四万五千ジュールです!」


即答だった。

チハルに言われた金額を、頭の中で何度も反芻していたからだ。

それ以外の数字は、もう考えたくなかった。


――――――

現実世界。

――――――


トヨコ「三郎ー、生きてるー?」


返事がない。


(……静かすぎる)


嫌な胸騒ぎを押さえきれず、トヨコは足早に階段を上がる。

いつもなら聞こえるはずの物音が、今日は何一つしない。


トヨコ「起きてるの!? 開けるわよー!」


ドアノブに手をかけた、その時。


ピンポーン。


宅配業者「すいませーん、宅配ですー」


トヨコ「はーい、今行きます」


一瞬だけ、階段の上を振り返る。

胸の奥に引っかかる不安を、そのまま残して、玄関へ向かった。


――――――

異世界。

――――――


トメ「はい。三棟の204号。

今日からここがお前の部屋だ」


鍵を放るように渡される。


三郎「ありがとうございます!」


トメ「私は一棟の一号だ。

何かあったら来な」


ぶっきらぼうに言い残し、トメは背を向けた。

だが、その足取りはどこか軽かった。


三郎「……荷物も無いし、周り見てくるか」


部屋に入る意味もなく、三郎は宿舎を出て、街の方へ歩き出す。

夕方の空気が、やけに澄んでいた。


――――――


三郎「はぁ……はぁ……」


息が切れる。

慣れない道と地形が、体力を奪っていく。


三郎「……街行くのに、山越えんのかよ」


*道を間違えています。


擦れた文字の看板が、草陰から顔を出していた。

誰かが直した形跡はなく、完全に放置されている。


三郎「一本道……行くしかねぇか」


引き返す判断は、頭に浮かばなかった。

今の三郎には、「違う選択をする」こと自体が目的だった。


草をかき分け、進む。


その先に——

人影。


三郎「人か?

おーい! ここ通れば街に——」


人らしき“モノ”が、ゆっくりと手をかざす。


「@#&&#g@」


喉を引き裂くような、意味不明な声。


次の瞬間、空気が歪んだ。


三郎「っ——!!」


本能だけで身を翻し、必死に逃げる。

心臓の音が、耳を叩く。


だが——


三郎「にげ——」


背中に、衝撃。


視界が回転し、地面が迫る。


三郎「……別ルートでも、死ぬのかよ」


倒れ込みながら、乾いた笑いが漏れた。


三郎「……でも」


視界の端に、いつもの光が滲み始める。


三郎「……ちょっと、楽しくなってきたかもな」


頭を抱えながらも、

その口角は——確かに、上がっていた。

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