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眠れる勇者99九回目で  作者: ネム・サブロウ


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二部第2話商人の町マリオス

シュン「三郎さん、大丈夫ですか?」


三郎は一瞬だけ肩で息をし、それから小さく頷いた。喉の奥がひりつき、うまく声が出るか一瞬迷う。


三郎「あぁ、大丈夫だ」


言葉とは裏腹に、肺の奥が焼けるように熱い。息を吸うたび、胸の奥に鈍い痛みが走る。

毒を受けた箇所が、まだ鈍く脈打っている。それを意識の外へ押しやる。今は考えるな、と自分に言い聞かせた。


額に浮いた汗を手の甲で拭い、軽く首を回す。その動きに、先ほどまでの激戦の名残が残っていた。

筋肉の奥が軋み、遅れて細かな震えが走る。骨に響く痛みもある。だが、立てないほどではない。


立てる。戦えた。逃げなかった。

その事実だけが、かろうじて自分を支えている。


シュン「……本当に、強くなりましたね」


三郎は何も返さず、ただ静かに空を見上げた。返せば、何かが崩れそうだったからだ。

雲はゆっくりと流れ、戦場に残った埃と血の匂いが、まだ身体の奥にまとわりついている。鼻の奥に残る鉄臭さが、現実を離さない。


さっきまで、自分は死にかけていた。

それでも、前のように震えはしなかった。膝が笑うこともなかった。


怖くなかったわけじゃない。

だが、足は前に出た。考えるより先に踏み込んでいた。


言葉にするほどの実感はない。

ただ、“前とは違う”何かが胸の内に芽生えている気がする。


それは自信というより――覚悟に近いものだった。逃げないと決めた、あの瞬間の延長線上にあるもの。


シュン「フリアリスが乗っていた馬を使いましょう。マリオスまでは遠いですし」


三郎「えっ!? 大丈夫なのか? その……魔人の仲間とかじゃ……」


三郎は馬の方を警戒するように見やる。手綱に触れる前に、無意識に呼吸を整える。

フリアリスの歪んだ笑みが脳裏をよぎる。あれに従っていた生き物だと思うと、自然と警戒が強まった。戦いの光景が、まだ鮮明すぎる。


だが馬は落ち着いた様子で、地面を踏みしめているだけだった。

鼻を鳴らし、こちらを見ても怯える様子はない。瞳は澄んでいて、殺気も悪意も感じられなかった。


シュン「いえ。感じません。動物特有の微量の魔力しかありません」


三郎「えぇ!? 動物にも魔力ってあるのか?」


シュン「はい。動物に限らず、森羅万象すべてに魔力は宿っています。もっとも、ほとんどは気づけないほど僅かですが」


三郎「へぇ……そうなのか」


三郎は感心したように、ぽん、と手のひらを叩いた。だが内心では、また一つこの世界の“当たり前”を知ったことに戸惑っている。


その目は無意識のうちに周囲を警戒していた。

さっきまで“人の姿をした魔人”と戦っていたのだ。油断する気にはなれない。視線が自然と物陰や空へ向く。


シュン「だからフリアリスの鉄パイプが巨大化したんです。鉄パイプ自体が持つ微量の魔力に、彼自身の魔力を流し込み、“その量に合わせて”面積が変化したのです」


三郎は地面に転がる鉄片を思い出す。

あの異様な膨張。質量の暴力。空気を裂く音。

掠っただけで身体が痺れた毒。その感覚が、まだ皮膚の奥に残っている。


三郎「じゃあ剣とか建物も巨大化できるのか!?」


声を弾ませたが、その裏では別の思考がよぎる。

――もし魔王がやったらどうなる? 街一つが武器になったら。


シュンは一拍置いてから答えた。


シュン「理論上は可能です。ですが、元々の密度や重量、そして使用者の戦闘スタイルによります。剣を巨大化しても、それを支え、振るう筋力を作るには時間がかかるでしょう」


三郎「なるほど……」


巨大な剣を振るう自分を一瞬想像し、すぐに現実へ戻る。腕が悲鳴を上げる未来しか見えなかった。

今の自分にあんな芸当は無理だ。だが、いつかは、と胸の奥で小さく思う。


シュン「フリアリスは“変異型の魔人”でした。だからこそ可能だった芸当です」


三郎「……難しいなぁ」


呟きながらも、三郎は心の奥で噛みしめる。

準幹部候補で、あの強さ。


幹部は――その上だ。


喉の奥がひくりと鳴る。

無意識に、腹の奥に力が入っていた。


想像しただけで、胃が重くなる。

だが、目を逸らすわけにはいかない。

シュン「立ち止まっていても始まりません。とりあえず、この先の町――マリオスへ向かいましょう」


二人は馬に乗り、街道を進んだ。

蹄の音が一定のリズムを刻み、戦いの緊張はゆっくりと後方へ遠ざかっていく。風が頬を打ち、汗が冷える。


だが、三郎の中では遠ざかっていなかった。


フリアリスの「今のは当たるはずだった」という叫びが、何度も反芻される。あの悔恨混じりの声が耳に残る。


もし直撃していたら。

もしシュンがいなければ。


それでも――次は一人でも立つ。

そう決めた。決めなければ、前には進めない。


町に入ると、活気ある声が四方から聞こえてくる。

行き交う人々、積み上げられた荷、呼び込みの声。どれもが、これまでの静けさとは別世界だった。焼けた肉の匂いと香辛料の刺激が鼻をくすぐる。


三郎は無意識に人々の顔を観察する。

誰が敵でもおかしくない。そんな感覚が、まだ抜けていない。笑顔さえ疑ってしまう自分に、少しだけ苦笑した。


三郎「おお……最初の村より、ずいぶん栄えてるな」


シュン「ええ。ここマリオスは“商人の町”とも呼ばれています。ここを通過点に、ウェポンタウンやカエリオンへ向かう商人たちの休憩所でもあるんです」


三郎「ウェポンタウン! カエリオン! ……なんかカッケェな!」


口に出すと、少しだけ胸が軽くなる。強そうな響きに、子供のように心が躍る。


シュン「そこが、僕たちの目的地です。

ウェポンタウンは、世界中から武器商人が集まる街。そこで装備を整えましょう」


三郎「やったぁ!」


だが、すぐに表情が引き締まる。浮かれたままではいられないと、自分で分かっている。


三郎「……その先に、魔王がいるんだよな」


言葉にした瞬間、現実が重みを持つ。


シュンは一瞬だけ視線を向けた。


シュン「ええ」


三郎は黙る。

軽口では済まない距離に、確実に近づいている。逃げ道は、もう後ろにしかない。


シュン「そしてカエリオンですが……

地理的に、最も魔王に近い場所です。

スミロ国王の同盟国――セラノス王国の街であり、魔王討伐の最前線でもあります」


最前線。その響きに、背筋がわずかに伸びる。


三郎「シュン! あそこ! 食べ物屋だ!」


勢いよく指を差すが、腹の音が鳴ったのも事実だった。緊張と空腹が、同時に押し寄せている。


シュンは小さくため息をつく。


シュン「……では、そこで少し魔王軍について話しましょうか」


二人は店――

ノワール・フォークへと入った。



三郎「おお……すげぇ。見たことないメニューばっかだ」


だが、三郎の視線は壁よりも入口付近へ向いていた。

鎧を着た兵士が数名、別の卓に座っているのが見える。鎧の擦れる音がやけに大きく感じる。


店員「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください」


シュン「ありがとうございます」


三郎「なぁ、何にする? シュン!」


シュン「三郎さん、目的を忘れないでください」


三郎「……すいません」


注文を終え、料理を待つ間も、三郎は周囲を探る。

戦場帰りの神経は、まだ解けない。椅子に深く座ることすらできない。


シュン「三郎さん。

朱里とフリアリスが属していた“準幹部候補”という位は、覚えていますよね?」


三郎「……うん」


シュン「僕の知る限り、魔王――

モルザリオン。

詳細は誰も知りません。分かっているのは名前だけ」


三郎「側近とかはいないのか?」


シュン「いません。

完全な恐怖支配による統制を敷いています。

幹部が束になっても、傷一つつけられない……そう聞いています」


三郎の背筋に冷たいものが走る。喉がひりつく。


幹部が束で。

傷一つ。


三郎「……じゃあ俺は、何を倒すことになるんだ」


自嘲ではない。本心だ。


シュンは続ける。


シュン「その幹部ですが――

弱く聞こえるかもしれませんが、

全員が“僕と同等、あるいはそれ以上”です」


三郎の喉が鳴る。


フリアリスで、あれだけだった。


その上が、複数いる。


背中に、じわりと汗が滲む。

だが指先は、逃げるようには動かなかった。


シュン「まず、炎を司る魔人――イグニス。

魔王を除けば、炎の扱いにおいて彼の右に出る者はいません。

オーラ操作も一流です」


炎。


胸の奥がわずかに熱を帯びる。

自分も使う力だ。


だからこそ分かる。

“扱いにおいて右に出る者はいない”という言葉の重みが。


三郎は拳を握った。

爪が食い込む。


負けるわけにはいかない。



「次に、風を司る魔人――ヴェンティロス。

オーラは使えないと言われていますが、

魔王軍屈指の天才です」


天才。


努力では届かない領域、という言葉が脳裏をよぎる。

一瞬だけ、胸の奥に黒いものが落ちる。


だが、すぐに打ち消した。



「そして、岩を司る古参の魔人――ペトロス。

モルザリオンが王になる以前からの戦友だと」


古参。


生き残り続けてきた、という意味だ。

強さだけではない何かがある。


三郎の背筋が、わずかに伸びる。



シュン「最後が、最も厄介な存在です」


空気がわずかに張り詰めた。


「魔王軍幹部最強。

“魔の現人神”とも称される者――

オーラと重力、二つを司り、幹部のまとめ役」


「名は――グラヴィオン」


重力。


その言葉が落ちた瞬間、

胸の奥が一瞬、掴まれたように沈む。


椅子が、わずかに軋んだ気がした。


三郎は気づかないうちに、呼吸を止めていた。



三郎「……そいつ、俺が倒すんだよな」


冗談ではない。

逃げ道を消すための確認だった。


店員「お待たせしました。モルナとグラートです」


シュン「ありがとうございます」


三郎は料理を見つめ、目を丸くした。


三郎「……(なんだ。コーヒーとフランスパンじゃねぇか)」


だが手は震えていない。


二人が食事を始めた、その時――


男「お前さんたちの話、聞かせてもらったぜ」


三郎「だ、誰ですか!?」


シュンは即座に臨戦体制へ入る。


男「待て待て。

俺はセラノス王国軍、中隊長――

マルセル・ドレインだ」


兵士たちがわずかに視線を寄越す。


マルセル「お前が勇者か?」


シュン「いいえ。僕は戦士シュン。

勇者は、こちらの方です」


マルセル「……なるほどな」


三郎「ちょ、声でかい!」


マルセル「すまん。

だが知ってるぜ。スミロ王国No.3だろ?

“最強の戦士”って噂だ」


三郎はシュンを見る。

だが、すぐに視線を戻した。


三郎「……俺は勇者だ。

逃げねぇ」


小さく、だがはっきりと。


マルセル「ところでだ。

カエリオンで妙な噂が立っている」


三郎「噂?」


マルセル「神隠しだ」

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