第9話勇者と呼ばれなかった戦士
三郎は城を出て、一人で考えながら歩いていた。
石畳を踏む足音が、やけに大きく聞こえる。
城の喧騒から離れるにつれて、頭の中の声の方が強くなっていった。
三郎
「……シュンの過去は大体わかった。
国王様は、俺とシュンが一緒に討伐へ行くのを望んでる。
帰り際に“説得してくれ”って頼まれたけど……どうするかな」
説得。
その言葉が、妙に引っかかる。
シュンの目を思い出す。
あの冷えた眼差し。
あれは、言葉で動く人間の目じゃない。
考え込んで歩いていると――
ドサッ。
三郎
「いてて……誰だよ」
ルミナ
「いたた……すみません」
ぶつかった相手は、ルミナだった。
淡い金髪が揺れ、陽の光を受けて柔らかく輝く。
三郎
「ルミナさん!」
ルミナ
「あら? 私たち、どこかでお会いしましたか?」
三郎
「あ、いえ……あの、教会に行ってもいいですか?
(前にシュンが、ルミナさんは幼馴染だって言ってた。
シュンのこと、色々聞けるかもしれない)」
ルミナ
「ええ、いつでもお待ちしております」
ルミナが立ち去ろうとする。
その背中を見ながら、三郎は自分の掌を見つめた。
三郎
(シュンの修行を受けて、確実に強くなった。
硬化魔法も安定してきたし、斬撃魔法も少し。
炎魔法は……まだ危ないけど)
だが、強くなった“だけ”だ。
あの背中に並ぶには、まだ遠い。
三郎
「ルミナさん! 僕に修行をつけてください!」
ルミナ
「え!? 私が、ですか?」
戸惑うルミナ。
三郎
「はい、お願いします!」
ルミナは少しだけ目を細め、三郎を見つめた。
その視線は、優しいが、どこか探るようでもある。
ルミナ
「……では、とりあえず教会へ行きましょう」
二人は教会へ向かい、相談室に通された。
静かな空間。
ステンドグラス越しの光が、淡く机を照らしている。
ルミナ
「紅茶でよろしいですか?」
三郎
「はい、お願いします」
紅茶を差し出しながら、ルミナは微笑む。
香りがふわりと立ち上るが、三郎の胸の内は落ち着かない。
三郎
「修行の件と、もう一つお願いがありまして」
ルミナ
「お願い?」
三郎
「シュンさんのことで、お話を聞きたくて……」
ルミナは一瞬だけ視線を落とした。
ルミナ
「シュンくんですか。
彼とは、教会の孤児院で出会いました。
長い間会っていませんでしたが……大人になってから、また」
その“また”の中に、色々な時間が詰まっているのを感じる。
三郎
「実は……国王様から、シュンさんとパーティを組めと言われまして」
ルミナ
「……なるほど」
ルミナは静かにカップを置いた。
ルミナ
「案外、簡単ですよ。
彼が“勇者”という言葉を嫌う理由、知っていますよね?」
三郎
「はい」
ルミナは、少しだけ視線を窓の外へ向けた。
ルミナ
「この街で“勇者”と呼ばれる人は、皆にとっての理想なんです。
強くて、正しくて、民を導く存在。聖人君主の象徴みたいなものですね」
三郎は黙って聞く。
ルミナ
「でもシュンは“勇者の末裔”ではあっても、選ばれた勇者そのものではありません。
彼が名乗っているのは“戦士”。それも、自分の意思で」
三郎
「戦士……」
ルミナ
「戦士には、戦士のやり方があります。
言葉より先に、力を示す世界です」
三郎は、わずかに目を細めた。
ルミナ
「この街では、それが当たり前なんです。
戦士が仲間になる条件は――戦士として認めさせること」
三郎の指先に、自然と力がこもる。
三郎
(説得じゃない。“挑め”ってことか……)
言葉では届かない。
力で、背中で、覚悟で示せということ。
これまでのループが脳裏をよぎる。
何度も挑み、何度も叩き伏せられた記憶。
それでも、逃げなかった理由。
三郎
(……それでいい。どうせ俺は、何度でもやる)
三郎
「……なるほど」
その時、相談室の扉が開いた。
チハル
「ルミナ、水道代の見積書持ってき――」
チハルは三郎を見て、目を細めた。
ルミナ
「姉さん! ノックして!」
三郎
「姉さん!? 姉妹なんですか!?」
チハル
「珍しくねーだろ」
ルミナ
「あ、見積書そこに置いてください!」
チハル
「あ、ああ……」
去ろうとするチハルの背から、妙な威圧感が漂う。
ルミナ
「ところで、あなたのお名前は?」
三郎
「田中三郎です」
ルミナ
「三郎さん、姉が金融屋なの知ってます?」
三郎
「はい……」
ルミナ
「返済率100%超えなんですよ?」
三郎
「顔が怖いから?」
ルミナ
「正解!」
チハル
「ちげーし!!」
ルミナは肩をすくめ、楽しそうに笑う。
ルミナ
「姉さん、“鬼のチハル”って呼ばれてるんです。
四大元素魔法のうち岩と風を扱えて、さらに斬撃魔法まで使えるんですよ。シスターらしくないでしょ?」
三郎
「……はい」
チハルは鼻を鳴らす。
チハル
「ふんっ!」
三郎は思わず視線を逸らした。
威圧感がすごい。
チハル
「ちげーし! 三郎、てめぇー! これでも“可愛い方”って言われたことあんだよ!」
一瞬、空気が止まる。
ルミナ
「……嘘」
三郎
「……嘘」
チハル
「お前ら!!」
机を軽く叩く音が響く。
三郎は反射的に背筋を伸ばした。
ルミナはくすくす笑いながら続ける。
ルミナ
「あともう一つ理由があるんです。
“鬼のチハル”って呼ばれているのは、強いからだけじゃないんですよ」
三郎
「……と言いますと?」
ルミナ
「姉さん、感情が乗ると魔力の圧が跳ね上がるんです。
岩も風も、斬撃も、全部が荒々しくなる。だから“鬼”」
チハル
「おい、余計なこと言うな」
ルミナは気にせず微笑む。
ルミナ
「うちのおばあちゃん、ものすごく長生きで、昔シスターをしていたんです。
“最強の美魔女”って呼ばれていました」
三郎
「美魔女……」
ルミナ
「全ての元素魔法に、身体強化魔法、攻撃魔法まで扱えたそうです。
その血を受け継いだ私たちなら――」
ルミナは三郎をまっすぐ見た。
ルミナ
「三郎くんを、もっと強くしてあげられます」
ルミナ
「骨が何本か折れても、ちゃんと治しますから」
一瞬だけ、部屋の空気が変わる。
冗談ではない目だった。
その笑顔は柔らかいのに、目だけが笑っていなかった。
チハル
「……嘘やろ」
ぼそりと呟く。
ルミナ
「姉さん」
チハルは腕を組み、三郎を上から下まで眺める。
チハル
「ま、根性はありそうだな。
泣いてもやめさせねぇけど、それでも来るか?」
三郎は一瞬だけ目を伏せ、
それでも顔を上げた。
「……お願いします」
チハルの口角が上がる。
その瞬間、空気が重くなった。
逃げ場は、もうない。
こうして三郎の地獄の修行が、本当に始まることになった――。




