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眠れる勇者99九回目で  作者: ネム・サブロウ
第一部

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回想編3話最強が崩れた日

スミロは門番から、

シュンが道場にいると聞き、そこへ向かった。


道場へ続く石畳は、雨に濡れたように冷たく、

一歩踏み出すたび、靴底から鈍い感触が伝わってくる。

ここを通るのは、あの日以来だった。


道場の前に立った瞬間、

耳に入ってきたのは、風に揺れる木々の音だけだった。

かつて剣がぶつかり合い、掛け声が響いていた場所は、

今は不自然なほど静まり返っている。

軒先に吊るされた古い木札が、風に軋む音を立て、

それがやけに大きく響いた。


道場の扉の前で、立ち止まる。

どれほどの時間、そうしていたのか、

自分でも分からなかった。


扉に伸ばした手は、震えていた。

指先に力を込めようとしても、思うように動かない。

掌には、かつて何度も竹刀を握った感触が残っている気がした。

胸の内は、シュンとショウタへの罪悪感で満ちていた。

守ると誓ったものを守れなかったという事実が、

重く、逃げ場なく、身体にのしかかってくる。


――この扉を開ければ、

もう後戻りはできない。

師としても、人としても。

スミロは、それを理解していた。


――その時。


扉は、スミロが開ける前に、内側から静かに開いた。


そこに立っていたのは、シュンだった。


シュン

「師匠……どうしたのですか。

そんな……ボロボロで」


言葉とは裏腹に、

その目は一瞬でスミロの異変を見抜いていた。

その表情には混乱と、

「師匠は最強である」という認識が崩れ落ちる絶望が滲んでいた。

尊敬と信頼で形作られていた像が、音もなく崩れていくのが、

その目にははっきりと映っていた。


スミロ

「シュン……すまん……すまん……」


言葉は、それ以上続かなかった。

喉の奥で何かが詰まり、息を吸うことさえ苦しい。

謝罪という形を取らなければ、

立っていることすらできなかった。


シュン

「え……どういうことですか」


シュンは、察していた。

この数日、道場に届く報告の断片、

帰らぬ母と兄の気配。

それでも、信じたくなくて聞き返した。

否定の言葉が返ってくる可能性に、

かすかな希望を縋るように求めていた。


スミロ

「お母さんを……守りきれなかった」


悔しさを押し殺した声だった。

震えは声にも滲み、

一言一言が、床に落ちる石のように重く響く。


その言葉を聞いた瞬間、

シュンは信じられないという表情を浮かべた。

時間が止まったかのように、瞬き一つできない。

視界の端が歪み、

音が遠ざかっていく。


だが、頭はすでに理解してしまっていた。

理解してしまったからこそ、

身体がついてこなかった。


そして――

その場で、声を上げて泣いた。

床に膝をつき、

子供のように、抑えることもできず、

ただ感情のままに。



捜索開始から、三日後。


グルートたちが戻り、道場へ駆け込んできた。

誰一人、顔を上げようとしない。

その足取りは重く、

報告の内容を物語っていた。


グルート

「失礼します、スミロ坊ちゃん」


スミロ

「……入れ」


椅子に腰掛けたまま、

視線を床に落とす。

その声には、

わずかな希望と、濃い絶望が混じっていた。


グルート

「申し訳ございません。

ショウタ様は……お亡くなりになられていました」


スミロは、ゆっくりと顔を上げ、

静かに死因を尋ねた。

表情を変えず、

ただ事実だけを求めるように。


グルート

「腹部を貫通されていました。

前方からの攻撃と見られます。

断定はできませんが……貫通痕が、大きすぎました」


その言葉を聞き、

スミロは一つの結論に辿り着く。


――粕田の息子を庇い、

その息子に腹部を貫かれたのだ、と。


握っていた拳が、

音を立てずに強く締まった。


シュンは、十三歳にして、

二人の大切な存在を失った。



それから、四年後。


シュン、十七歳。


背は伸び、身体は鍛え上げられていたが、

その目から幼さは消えていた。

失ったものは戻らず、

ただ時間だけが、無慈悲に流れていった。


スミロは父が寝たきりとなり、

若くして国王に即位。

将軍としても国を率いていた。


グルートは、その側近となっている。


スミロ

「シュン……復讐の時が来た。

粕田の息子が、本家が消えた今、

自分たちこそが本家だと名乗り、

我らに取り入ろうとしてきている」


シュン

「師匠……いえ、国王様。

やらせてください」


その声には、迷いはなかった。

それは覚悟というより、

当然の帰結のようだった。


スミロ

「行ってこい。

グルートをつける」


その後、シュンは分家を壊滅させた。


だが――

シュンの中で、あの過去は消えなかった。


勇者という存在への考えは、

静かに、しかし確実に、

嫌悪へと変わっていった。


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