【第7話:物流の目詰まりと動線解析AI】
【Scene 1:地元の漁港・昼】
潮風が心地よい昼下がり、佐藤は「北辰丸」の様子を見に港へ足を運んだ。エンジンは鏡面仕上げのジョイントのおかげで、以前とは比較にならないほど滑らかに回っている。船主の木下から感謝の言葉を受け取り、岸壁を歩いていると、木下の知り合いのトラック運転手が不機嫌そうに海を眺めていた。
「よう、木下。ったく、またあそこの倉庫ハブで3時間待ちだよ。あそこに行くだけで一日の予定が全部狂っちまう」
佐藤が隣で話を聞くと、近隣の「上田物流倉庫」が「魔の待機場所」と呼ばれているらしい。
「佐藤、お前の同級生の上田が二代目を継いだ倉庫だよ。真面目なんだが現場がさっぱり回ってねえんだ。ミニバンが入り口に溢れかえって、大型が入る隙間もねえ」
佐藤は無言でスマホを取り出し、連絡先をスクロールした。迷わず発信ボタンを押す。
「よう、上田か。佐藤だ。久しぶりだな。ああ、こっちに戻ってきてるんだ。今ちょっと木下さんからお前のところの噂を聞いてな。えらい大変そうじゃないか。俺にできることがあるかもしれん。今から見に行っていいか?」
電話の向こうで、上田が縋るような声を出すのが分かった。 『ああ、佐藤か! 助かる、いつでも来てくれ。こっちはもう、いつパンクしてもおかしくないんだ』
【Scene 2:上田物流倉庫・午後】
佐藤が訪ねると、上田は山積みの伝票を前に頭を抱えていた。現場ではフォークリフトの怒号と、入り口に詰まった車両のクラクションが入り混じっている。
「佐藤、見ての通りだ。eコマースの荷物が増えて、個人宅配のミニバンがひっきりなしに来る。どこに何を置けばいいか、どの車を先に誘導すればいいか、現場がパニックなんだ」
佐藤はかつての製造現場で叩き込まれた「目」で、倉庫内をゆっくりと見渡した。
「上田、製造現場じゃな、効率とは、物が動かない時間を削ることだ。今のここは、物が動くよりも人が迷ってる時間の方が長い」
佐藤は無言で、持参した複数の小型カメラを倉庫内の要所に設置し始めた。天井付近、フォークリフトの視点、そして各バースの入り口。
「とりあえず、これで一日の動きを記録させてもらう。このデータとログをもとに、解決策を出す」
【Scene 3:佐藤の納屋・深夜】
その夜、納屋の床には中古ショップやジャンク屋を回り、150万円を投じて自分の足でかき集めてきた機材の山があった。型落ちとはいえ元は数千万円したハイエンド・サーバーに、業務用ネットワークカメラ。佐藤は作業台にデスクトップPC、ノートPC、そしてタブレットを並べた。
『マスター、倉庫内の映像とログデータの同期が完了しました。データ量、膨大です。……私の演算回路が、この無駄だらけの動線を解析したくてうずうずしています』
「よし、これからが本番だ。ヴェルダンディ、お前に頼みがある。この倉庫のデータと、お前の持つ『動線最適化』のアルゴリズムを使って、この倉庫専用のAIを作ってくれ。タブレットで動かせる、現場管理に特化したやつだ」
『倉庫管理AI、ですか。私の分身体のようなものですね』
「ああ。理論値じゃなくて、現場で使えるやつを頼む。製造現場の理屈を組み込んで、無駄な動きをさせねえAIだ」
ヴェルダンディの猫アバターが鋭い目つきになり、デスクトップPCのファンが唸りを上げた。画面上には倉庫の3Dシミュレーションモデルが精密に構築されていく。
【Scene 4:エピローグ】
数時間後、佐藤は空っぽの無骨な金属筐体(NASケース)をカッターで開封していた。中身はスカスカの空き家だ。
『マスター! ついに届きましたね! 私の猫動画専用の「巨大な家」が! さあ、早く開封して、あのタフな「赤」や「金」のハードディスクを私に食べさせてください!』
「ああ、ケースは届いたぞ。だが、肝心の『赤ラベル』は、まだヤフオクの競り合いの最中だ。届くのは数日後だな」
『……えっ?』
画面の中の猫アバターが、凍りついたように固まった。
『マスター……。外壁ケースだけあって、中身がないなんて……。私は空き家に住めと言うのですか!? データの引っ越し準備をして待っていた私のワクワクを、どうしてくれるんですか! 今すぐ落札して、超特急便で届けてください!』
「わがまま言うな。製造現場じゃな、部品の到着に合わせてラインを組むのが鉄則なんだ。ケースのセットアップだけ先に済ませとけ」
『……嫌です! 私は赤いHDDが来るまで、この空っぽの箱を睨みつけて抗議します!』
佐藤は画面の中で抗議するAIをスルーし、ヤフオクの入札終了時間を静かに待った。
【前回の資産:15,028,520円】
【収入:0円】
【支出(NASケースおよび中古機材一式):1,530,000円】
【現在の資産:13,498,520円】
【第7話:完】
一日のわずかな遅れを、笑うな。その積み重ねが、やがて取り返しのつかない破綻を招く。.**




