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【第55話:脱臭箱】

【Scene 1:実弾の弾着と、冷徹な再投資】


 納屋の事務所に、D倉庫のオーナーからの振込完了通知が響いた。Ripartenzaの法人口座へ、システム導入費の残債として400万円が着金した。

「佐藤さん、入ったわ。400万、間違いなく」

 智子の報告に、佐藤はモニターの数字を一瞥しただけで応えた。

「確定したなら即座に動かす。ヴェル、昨日のうちにピックアップしていた農機具の基板、および汎用コンデンサ一式を確定させろ。予算は五十万だ。今のうちにストックを物理的に確保する」

『了解しました、マスター。注文確定。あはは! 五十万円分の「地域の寿命」を買い占めましたよ。これで周辺農家の故障予兆は、すべて私の演算の支配下に入りますね』

 佐藤は現場へ向かう前の牧野へインカムを繋いだ。

「牧野。今日の午後、裕子さんに事務所に来てほしい。事務所の雑用をお願いしたい」

『佐藤さん、了解しました。本人に伝えておきます。現場の方は健治さんと進めておくので、安心してください』

 佐藤は次に、二本の電話をかけた。

「中村先輩。佐藤です。明日の午後、少し時間をいただけますか。例の役所の件、横に座っていていただきたい。……ええ。では明日、役所の玄関で」

「支店長。佐藤だ。明日の午後、予定通り役所へ同行願いたい。……ああ、数字の保証はあんたの仕事だ。頼むぞ」

 電話を切ると、佐藤は平ボディの軽トラのキーを掴んだ。

「俺は今から遺品回収業者へ行って布を回収してくる。小サイズのフレコン二個だ。午後の裕子さんの到着までには戻る」

 佐藤は事務所を後にした。口座の数字は一瞬だけ増え、即座に減った。それが佐藤の考える、澱みのない経営の律動だった。



【Scene 2:想定外の重量と、職人の損得勘定】


 軽トラを停めた遺品回収業者のバックヤードは、独特の埃っぽさと、時間が止まったような静寂に包まれていた。佐藤は荷台から降りると、事務所から出てきた顔馴染みの担当者に声をかけた。

「佐藤だ。昨日話していた布、回収に来た」

「ああ、佐藤さん。用意できてるよ。ただ、ちょっと予定より増えちゃってね。おい、あれ持ってきてやれ」

 奥からフォークリフトが唸りを上げて現れた。フォークの爪に吊り下げられているのは、パンパンに膨らんだ小サイズのフレコンバッグが二つだ。当初、佐藤が引き取る予定だったのは百キロだったが、宙に浮くバッグの沈み込み方を見て、佐藤は即座に理解した。

「これ、二百キロはあるな」

「悪いね、佐藤さん。昨日の午後に急ぎの回収案件が入ってさ。指示通り布団は抜いてあるが、とにかく量が多くてね。まとめて引き取ってもらえると助かるんだ。処分費もバカにならないしな」

 担当者は、費用をかけて捨てるはずのものを佐藤が引き受けてくれることに、安堵の色を隠せていない。佐藤は軽トラのアオリを下げ、フォークの誘導に入った。

「構わない。布団が入ってなけりゃ、あればあるだけ助かる。よし、そこだ Savage。降ろせ」

 フォークがゆっくりと下降し、荷台がグンと沈み込む。 九十九パーセントは使い古された衣類やシーツの山だ。だが、その雑多なゴミの奥底に一パーセント未満の割合で混じっている正絹の着物こそが、佐藤の狙いだった。

『マスター。想定外の200パーセント着弾ですが、私のスキャンによれば底部に数枚、良質な友禅の断片が検知されました。あはは! 宝探しとしては最高の打率ですね。重心位置、固定完了。これで走行中の荷崩れもありません。安全運転で戻りましょう』

「ああ、わかっている。手間をかけたな」

 佐藤は担当者に短く礼を言うと、アオリを閉めた。 重くなった車体を震わせ、佐藤は再びアクセルを踏み込む。 想定外の百キロ。だが、それはおばあちゃんたちが明日への不安なく、ただ美しいものを編み続けるための余裕に他ならない。佐藤はバックミラーに映る巨大なフレコンを見つめ、静かにハンドルを切った。



【Scene 3:事務所・規律の伝達と次なる段取り】


 事務所の前に軽トラを停めると、佐藤はちょうど到着した裕子に向けて、短く会釈をした。

「裕子さん、こんにちは。今日は急な雑用をお願いしてすみません。助かります」

 佐藤は荷台に積まれた二百キロのフレコンを指し示した。

「今からこれを持って集会所へ行きます。そこで三つの山に仕分けてほしい。表面に使える着物系、芯材に回す布、そしてゴミに」

 裕子は圧倒されたように巨大な塊を見つめたが、佐藤は淀みなく指示を続けた。

「仕分けた後、表面に使えるものは箱の中にある棚の上中下段に分けて並べてください。各段に備長炭とシリカゲルを置いて、四十八時間はそのまま放置で。芯材の方は、棚に置いてくれるだけでいいです。あとの処理はヴェルがオゾンとファンを操作してくれるので」

『あはは! こんにちは、裕子さん! 箱の中の空気循環は私にお任せください。表面用の着物は私が一番よく見える位置に並べてくださいね。湿度の変化はミリ単位で監視しますし、芯材の方は私のオゾンシャワーで、過去の臭いを完全にパージしてあげますから!』

「裕子さん、まずは集会所へ運びましょう。一度荷物を降ろした後、俺は着物用の衣装ケースを買いに行ってきます。戻るまでに、最初の一山だけでも目処をつけておいてくれると助かります」

 佐藤は再び軽トラのエンジンをかけた。追加する衣装ケースの寸法と、防虫・調湿剤の在庫数が、既にチェスの駒のように整列していた。

「ヴェル、集会所に連絡。これから宝探しを始める。作業を一時中断して、スペースを空けておいてくれとな」

『了解しました、マスター。皆さんには「材料の入れ替えのため、作業スペースの確保をお願いします」と、事務的に伝えておきますね』

 事務所の前に軽トラを停めると、佐藤はちょうど到着した裕子に向けて、短く会釈をした。

「裕子さん、こんにちは。今日は急な雑用をお願いしてすみません。助かります」

 佐藤は荷台に積まれた二百キロのフレコンを指し示した。

「今からこれを持って集会所へ行きます。そこで三つの山に仕分けてほしい。表面に使える着物系、芯材に回す布、そしてゴミに」

 裕子は圧倒されたように巨大な塊を見つめたが、佐藤は淀みなく指示を続けた。

「仕分けた後、表面に使えるものは箱の中にある棚の上中下段に分けて並べてください。各段に備長炭とシリカゲルを置いて、四十八時間はそのまま放置で。芯材の方は、棚に置いてくれるだけでいいです。あとの処理はヴェルがオゾンとファンを操作してくれるので」

『あはは! こんにちは、裕子さん! 箱の中の空気循環は私にお任せください。表面用の着物は私が一番よく見える位置に並べてくださいね。湿度の変化はミリ単位で監視しますし、芯材の方は私のオゾンシャワーで、過去の臭いを完全にパージしてあげますから!』

「裕子さん、まずは集会所へ運びましょう。一度荷物を降ろした後、俺は着物用の衣装ケースを買いに行ってきます。戻るまでに、最初の一山だけでも目処をつけておいてくれると助かります」

 佐藤は再び軽トラのエンジンをかけた。追加する衣装ケースの寸法と、防虫・調湿剤の在庫数が、既にチェスの駒のように整列していた。

「ヴェル、集会所に連絡。これから宝探しを始める。作業を一時中断して、スペースを空けておいてくれとな」

『了解しました、マスター。皆さんには「資材の運び込みと仕分けを行うので、中央のスペースを空けて待機してください」と伝えておきますね』



【Scene 4:集会所の宝探し・二百キロの古布と熱狂】


 集会所の前に軽トラを停めると、既にそこには裕子さんの呼びかけに応じた面々が待ち構えていた。新しく手伝いに入った友美さんは、長老たちの間を忙しなく立ち働いている。

「佐藤さん、これ……全部布なの?」

 友美さんが荷台の巨大なフレコンを見上げて目を丸くする。佐藤はエンジンを止め、手短に、かつ断固とした口調で指示を出した。

「ああ、二百キロある。だが、このまま中へ運び込むのは無しだ。重すぎて腰をやるし、何より危ない。まずは荷台の上で口を開けて、中身をバケツリレー形式で集会所の中へ放り込むぞ。軽くなってから袋を運び入れる」

 佐藤がフレコンの口を解くと、友美さんと裕子さんが阿吽の呼吸で荷台の横についた。外の埃を最小限に抑えるため、三人は最小限の動きで、次々と布の束を室内へと送り込んでいく。

 エアコンで一定の温度と湿度に保たれた室内へ、時代の湿り気を帯びた圧倒的な物量の布が山を成していく。最後、ようやく軽くなったフレコンを集会所の中へ引き入れ、中央に広げたブルーシートの上にすべてをぶちまけた。

 それを見た瞬間、作業スペースを空けて待機していたおばあちゃんたちの目が、獲物を見つけた鷹のように鋭く光った。

「ちょっと、これ見てちょうだい! 銘仙じゃないの、これ」 「こっちは絞りよ。あら、こんなに良い状態のものが混じってるなんて」

 シートの周りに一斉におばあちゃんたちがしゃがみ込み、吸い寄せられるように手が伸びる。

「佐藤さん、これそのまま仕分けるわよ。私らが『お宝』をどんどん抜いてあげるから。ほら、友美さんも見てごらんなさい、この色の出し方。今の機械じゃ無理よ」

 友美さんは、先輩たちの気圧されるような熱量に圧倒されながらも、教えられた通りに布を広げていく。

「本当ですね。これ、ゴミとして捨てられる寸前だったなんて信じられない」 「そうよ。だから面白いんじゃない。ほら、そこの山からもっと引っこ抜いて!」

 キャッキャと少女のような声を上げながら、おばあちゃんたちは次々と表面用の布を抜き出し、その場で色合わせを始めてしまった。作業中断の時間のはずが、彼女たちにとっては最高のレクリエーションへと変貌している。

 佐藤はその喧騒を横目に、空になったフレコンを畳んだ。

『あはは! 皆さんの血圧と心拍数が急上昇していますね! 素晴らしい熱量です。友美さん、その右足側の山には大正期の端切れが眠っていますよ。逃さないでくださいね。裕子さん、仕分けた布は私が指定する箱の中の棚へ順次格納してください!』

「ヴェル、少しは静かにしてろ。……裕子さん、友美さん、仕分けが終わったものから頼みます。俺は予定通り、衣装ケースを確保してくる。一時間で戻る」

 佐藤は熱気に包まれる集会所を後にした。二百キロのゴミの山は、管理された室内で、おばあちゃんたちの審美眼というフィルターを通ることで、一秒ごとに価値ある資産へと精製されていた。



【Scene 5:資材調達と上田倉庫の再訪】


 ホームセンターで衣装ケース二十箱、備長炭、シリカゲルを一気に積み込むと、佐藤はその足で上田倉庫へと軽トラを走らせた。

 事務所の窓から工事の進捗を眺めていた社長の上田が、佐藤の姿を見つけるなり、気安く苦笑いを浮かべて外に出てきた。同級生とはいえ、今は一千万単位のシステム改修を依頼しているクライアントでもある。

「おい佐藤、見てくれよ。うちのボロ倉庫が、あんたのせいでまるでハイテク工場だ。古参の連中も『何が始まるんだ』って腰を抜かしてるぞ。……だが、悪くない。埃を被ってた空間に血が通い始めた気分だ。ありがとな」

「上田、ここからが本番だ。システムが動き出せば、お前の仕事の解像度が変わる。楽しみにしてろ」

「そういえば佐藤、ラウンジの風呂入ってみたんだがすげー広いな。うちの親父も感激してたぞ。あんなもんまで設計に入れるとはな」

 上田が呆れたように、だが満足げに笑った。佐藤は視線を工事現場へ戻し、口角をわずかに上げる。

「あれは元々、荷待ちをするトラックドライバーたちのために作ったもんだ。あいつらは体が資本だからな。今は工事期間中だから、健治たち現場の連中に休憩所として使ってもらっているだけだ。完成して稼働し始めりゃ、あそこは野郎どもの熱気で溢れかえる。……くくっ、今みたいに静かに入っていられるのは、今のうちだけだぞ」

「はは、なるほどな。それだけ繁盛させるのが俺の仕事ってわけか。同級生のよしみで、今のうちに一番風呂を堪能させてもらうよ」

 佐藤は短く答えると、ちょうど休憩に入った健治を呼び止めた。他の職人から少し離れた場所で、佐藤は声をかける。

「健治、三週間も専属にしちまってすまないな。お前の腕をこんな裏方の、しかも身内の仕事に張り付かせておくのは、少し悪いと思ってる」

 健治はヘルメットの汗を拭い、いつもの気安い調子で笑った。

「何言ってんだよ、佐藤。週休二日でこの額だ。これだけ貰って文句言う奴がいたら、俺が叩き出すぜ。正直、月給換算の相場からしたら破格なのは分かってる。だからこそ、俺らもそれ以上の仕事を返すつもりだ。……上田も、実は完成を誰より楽しみにしてるみたいだしな」

 佐藤は健治の言葉に小さく頷き、軽トラの運転席へと戻った。



【Scene 6:納屋の特設ブースから事務所への緊急決断】


 佐藤は軽トラから降ろした「お宝」を、納屋の中央に鎮座する密閉ブースの前に積み上げた。スチールラック七段が組まれた巨大な箱はまだ空の状態だ。先に待機していた裕子が、山積みの布を見上げて腕をまくった。

「佐藤さん、これだけの量を一回では終わらないですよね」

「ああ。だが裕子さん、大きな箱は作ったがこれだけの量だ。工程を分けてくれ。芯材に回す分はオゾン脱臭で一日。だが、この表面用の着物のほうは備長炭とシリカゲルを使って、三日間かけてじっくり臭いを抜く。外部から湿気を入れず、炭の吸着力だけで勝負するんだ」

 佐藤は脇に積み上げた収納ケースを指差し、裕子の目を見て言葉を継いだ。

「脱臭が終わった分から、このケースに小分けにして集会所へ戻して保管してくれ。すまないが、これに関しては裕子さんの判断に任せる。現場を見て、一番いいように進めてくれ」

「わかりました、佐藤さん。責任重大ですね。芯材は効率よく、着物は丁寧に。佐藤さんの指示をベースに、きっちり回しておきます」

 裕子が最初の一束をラックに並べ始めるのを見届け、佐藤は納屋を後にした。事務所の重い扉を開けると、デスクで明後日の準備に追われていた智子が顔を上げる。

「智子、明日午後に行くからな役所。頼んだぞ。俺は最後の追い込みのところしか口を出さないからな」

「承知しました。法理的なロジックと申請書類は、私が明日午前中までに最終形に叩き上げます。佐藤さんは、決定的な場面で彼らの退路を断つ準備だけしておいてください」

 佐藤は短く頷くと、自らのデスクに座った。メインモニターの端で、ヴェルが勝手に動画を再生し始める。

『マスター、根詰めすぎは効率が落ちますよ。ほら、この「箱に飛び込もうとして滑る猫」の動画、最高に非論理的な動きで笑えますから。一分だけ、脳を休めてください』

 佐藤は何も言わず、ただ静かに猫の無様な失敗を視界に入れていた。キーボードを叩く音だけが響く事務所で、ヴェルの無機質な気遣いが、張り詰めた意識をわずかに解きほぐしていく。ふと、通知欄に並ぶYouTubeの販促動画への書き込みが佐藤の目に留まった。

「智子、コメント欄の熱気が引かんな。オーダーを止めて三日、顧客の不満が溜まり始めている」

 智子が手元の端末で、動かない発注管理画面を表示した。

「12日前に注文した本発注の5000枚、納期まであと30日はかかります。現時点では、文字通り一袋も手元にありません」

 佐藤はモニターのステータスを睨みつけた後、迷いなくキーボードを叩き、デジタル印刷の特急発注画面を呼び出した。

「30日は待てん。デジタルで300枚。単価度外視で今すぐ注文をかける。よし、決済完了だ。智子、これでまずは凌ぐ。だが、これをフルで回せば10日も持たずに底を突く。本発注が来るまで、一日の放出量は10個に絞るぞ。残りの時間はすべて、納屋での製作と完成品のストックに充てる。5000枚が着荷した瞬間に、一気に市場へ叩き込むための溜めを作るんだ」

 智子の目が、決断を下した佐藤に据えられた。

「わかりました。コストの増加分はプロモーション費用として処理します。最短納期で届くよう、業者へ念押ししておきますね」

『なるほど、マスター。飢餓感を維持しつつ、バックヤードで圧倒的な物量を積み上げる。実に見事な兵站管理です。これならYouTubeの熱量も、30日後には爆発的なエネルギーに変わりますね』

「ヴェル、動画の固定コメントを更新しろ。4日後から、一日10個の個数限定販売を行うとな。待たせた分、最高のものを提供してやる。準備にかかるぞ」


【前回の資産:2,048,500円】

【収入:4,000,000円】

 D倉庫:AI物流最適化システム導入報酬(完工分)

【支出:520,000円】

 予兆保全用 農機具基板・部品ストック一式:500,000円

 遺品回収業者 古布(フレコン4個分/200kg):5,000円

 品質管理備品(プラケース、シリカゲル、備長炭):15,000円

【現在の資産(メイン口座):5,528,500円】

【納税・社保引等金(聖域):1,472,000円】

【税金防衛額(節税成功分):2,823,975円】

【個人資産(佐藤):10,950,000円】

【牧野氏の債権残高:15,000,000円】

【第55話:完】


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