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【第52話:稼働168時間の審判】

【Scene 1:D倉庫・一週間の対価と「プロの提案」】


 発送のピークを前に、フォークリフトの走行音が響くD倉庫。佐藤はヘルメットを被り、事務室のデスクでオーナーと対峙していた。 「お疲れ様です。導入一週間の稼働状況の確認に来ました」

「佐藤さん、ちょうど良かった。一週間使ってみたが、ピッキングの渋滞が目に見えて減ったよ。現場の連中も、伝票を探す手間がなくなったって喜んでる」

 オーナーの満足げな言葉に、佐藤は安堵するのではなく、手元のタブレットに表示された分析結果へ視線を落とした。

「そうですか。ですが、まだ無駄が残っています。C棚とD棚の配置を入れ替えていただくとそれだけで、午後の発送作業がさらに15分短縮できます。もし手があれば来週からいかがですか?」

「15分か。この忙しい時期にその差は大きいな。わかった、土日で現場に調整させよう。さすが佐藤さんだ。数字だけじゃなく、うちの動線をよく見てくれている」 オーナーは納得したように頷き、机の上の書類に目をやった。

「では、残りの400万のご入金、保守に関しては月半ばですので今月末に20万よろしくお願いいたします」

 佐藤は短く

「ありがとうございます。週明けに改めて動作環境の最適化を行います」

 と応じ、席を立った。400万の残債と、月々の保守料。それは佐藤がこの倉庫にもたらす「利益」への正当な対価だ。

「ヴェル。入金予定を管理表に反映。それと、棚の移動に伴う無線APの死角を再計算しろ。15分短縮させるなら、通信の瞬断も許さねえ」

『了解しました。あはは! さすがマスター、400万の回収もスマートですね。棚の配置換えに伴う電波強度のシミュレーション、コンマ数秒で終わらせましたよ。智子さん、見ていましたか? これが「金をもらうプロの仕事」の現場ですよ』

 佐藤はラックの前に立ち、棚の移動によって変わるはずの空気の流れを、既に頭の中で描き始めていた。




【Scene 2:事務所・「牙」の研磨と壁打ち】


 D倉庫から戻った佐藤は、現場の油の匂いを纏ったまま智子の前に立った。 「D倉庫は片付いた。智子、ヴェル。来週の役所対策、壁打ちを始める。文化庁の定義を盾に、俺たちの領域を確定させるぞ」

『了解しました! 智子さん、海帆市役所の「重箱の隅」担当になったつもりで聞いてくださいね。まずは基本、歴史的根拠の欠如を突きます』


 ■壁打ち1:歴史と伝統の乖離

『「智子さん、毬(MARI)は歴史的文脈に基づいた『伝統芸能』と言えるのですか?」さあ、どう返しますか?』

 智子は真っ直ぐにモニターを見据えた。

「おばあ様方が半世紀以上『毬』という形にしてきた。その歴史そのものがこの町の文化です。彼女たちが談笑しながら作る場を守るために、私たちは集会所の維持費を負担し、梱包と海外販売を代行しているに過ぎません。なお、支援は必要ありません」

『あはは! 完璧! 続いて第2問。特許と独占についてです』


 ■壁打ち2:知的財産の独占

『「特許まで取るのは地域の共同財産の私物化ではないですか?」これには?』

「普通の毬であればそうですね。ですが、ヴェル、動画を」

  事務所のモニターに【マタタビ毬とCool Catの狂騒曲】が流れ出す。猫が理性を見失い、よだれを垂らして狂喜乱舞する30秒。

「ご覧の通り、これはただの毬ではありません。世界が求めている需要に対し、おばあ様方の『手癖』という暗黙知をデータ化し、品質を保証している。独自構造による機能の実証、および特許出願は完了しています。詳細内容については、粗悪なコピーから彼女たちの50年を守るため、現時点では非公開とさせていただきます。ですよね、中村会長?」

『あはは! さすが。中身を言わずに「出願済み」というカードだけを見せて、相手の口を封じる。これこそが防衛ですね。では最後、検討という名の時間稼ぎへの対処です』


 ■壁打ち3:検討という名の先延ばし

『「前例がありません。会議を重ねる必要がありますのでお返事は来期に」さあ、トドメを』

 智子は、ヴェルが整理した4つの実績をモニターに映し出した。

「もし課内会議で時間をかけるとおっしゃるのでしたら、ヴェル、この課から補助金をもらって成果が見られない実態を出して。例えば、海帆市内のこの4件です」


 海帆市・伝統染物継承会(年300万×5年):成果は市民祭りでのハンカチ30枚配布のみ。

 旧街道・竹細工保存実行委員会(年200万×3年):成果は道の駅に放置された破損オブジェ。

 郷土玩具・再生プロジェクト(500万):成果は3年前で止まったSNSと事務局の在庫の山。

 海帆音頭・デジタルアーカイブ事業(400万):成果は閲覧数2桁のYouTube動画が3本のみ。


「不透明な審査に時間をかけるより、既に自前で回している私たちの『現状報告』を受理していただくのが一番効率的かと思いますが? それでもなお、課内会議で時間をかけて揉まないといけないとおっしゃるのでしたら。過去10年の補助金と申請者の流れを、市民の皆様が広く知る良いきっかけになってもいいと、私たちは捉えさせていただきますね」

 智子は潤んだ、だが意志の強い瞳でエア・中村会長をそっと見つめた。

「私たちは、支援を求めに来たわけでもなく、税制優遇を求めに来たわけもなく。ただ事前にこういうことをやってるということをご報告に来たものと思っております。ですよね、中村会長?」

 佐藤は静かにコーヒーを啜り、口元をわずかに緩めた。

「合格だ。44歳の未婚女性にそう言われて、首を振れる会長はいねえよ」



【Scene 3:上田倉庫・現場の「統治」とヴェルの執行】


 事務所での壁打ちを終え、佐藤は軽トラを走らせて海帆市郊外の上田倉庫へと向かった。夕闇が迫る中、佐藤は入り口で足を止め、ヴェルの音声ラインを確認する。

「ヴェル、全体進捗と今日の進捗を。……問題なければ40分前に作業を終わりにしたい」

『了解しました。今日の進捗は105%。全体工程も半日先行しています。マスター、40分あれば国道16号の渋滞ピークを完全にやり過ごせますね。10分前コールから移行します』

 佐藤はヘルメットを被り、現場の奥へと歩を進める。

「健治、牧野、問題はないか?」

 中心となって動いている二人が、作業の手を止めずに短く応じた。

「問題ねえよ」

「順調だ、佐藤さん」

 その言葉を聞き届け、佐藤が現場の中心で足を止めると、スピーカーからヴェルの「10分前通知」が響き渡った。

『海帆市上田倉庫現場、全作業員へ。実作業終了10分前です。各員、仕掛かりをまとめ、清掃と道具の片付けを開始してください。10分後、順次1分シャワーと1分入浴へ移行。その後、ラウンジへ集合してください。社長より差し入れがあります』

 10分後。清潔に管理された浴室で汗を流し、一分間の入浴でリセットを終えた男たちが、続々とラウンジに集まってくる。

 佐藤は、持参した二つの大きな袋をテーブルに広げた。中身は、まだ熱いタイ焼きと、キンキンに冷えたカップアイスだ。

「今週はここまでだ。食ってから帰れ」

 その言葉を合図に、職人たちは思い思いに獲物を手に取った。2台のマッサージチェアには湯上がりの職人が深く身を沈め、タイ焼きを頬張りながら「あ、そこだ……」と、揉み玉の刺激に声を漏らす。

「明日からは予定通り土日休みだ。ゆっくり休んでくれ」

 佐藤が短く告げると、職人たちの間から「お疲れ様です!」「いただきます!」と活気ある声が返ってきた。

『あはは!完璧な統治です、マスター。風呂とマッサージで肉体を、タイ焼きとアイスで精神を、そして私の搬入ルート解説で月曜への意識を固定しました。

 渋滞を回避して定時に解散。これ以上に効率的な金曜の締めはありませんね』

 佐藤は、職人たちが英気を養っているのを見届け、一言も発さずに現場を後にした。



【Scene 4:村田の納屋・「予後」とデータ・マイニング】


 上田倉庫の現場を後にし、佐藤は軽トラを走らせて村田の作業小屋へと向かった。 夕暮れ時、昨日あれほど絶望していた村田が、小屋の前で少し晴れやかな顔をして待っていた。

 佐藤は車を降りると、挨拶もそこそこに保冷庫の前へ歩み寄る。

「村田さん、調子はどうだ。変な音や液晶のチラつきは出てないか」

「佐藤! ちょうど今、見てたところだよ。完璧だ。設定温度から1ミリも動かねえし、コンプレッサーの音も静かなもんだ。おかげで中身も全部無事だったよ」

 佐藤は膝をつき、昨日閉じたサイドパネルに手を当てた。異常な振動も熱もない。指先に伝わる正常を確認し、佐藤は立ち上がった。

「それはよかった。だがな、俺が昨日直したのは基板だけだ。コンプレッサーや他の部分も間違いなく新品じゃない。壊れてから呼ばれるより、まだ何とか動いてる内に呼んでもらったほうが、いろいろ被害は少ないからな」

「……ああ、肝に銘じておくよ。次は止まる前に連絡する」

「あぁ、作業が一段落して中身が空っぽになったら声かけてくれ」

 村田が少し背筋を正し、作業小屋の棚から一本の缶コーヒーを手に取った。

「佐藤、これ。昨日のお礼だ。受け取ってくれ」

「ありがとう、いただくよ」

 受け取った缶は、熱くも冷たくもない常温だった。 佐藤は無言でプルタブを引いた。気取らない苦みが喉を通り、仕事終わりの身体に馴染んでいく。

 佐藤は短く頷くと、空き缶をポケットに入れ、軽トラに戻った。 運転席に座り、エンジンをかける直前。佐藤はスマホのカメラを村田の納屋の奥、乱雑に置かれた農機具の方へ向けた。

「ヴェル、確認できるだけでいい。ここの全農機具をデータ化しておいてくれ」

『了解しました。あはは! 抜かりありませんね、マスター。スキャン開始。トラクターにコンバイン、奥にある古い乾燥機。型番と製造年次を特定しました。どれも保守期限はとうに過ぎています。これ、すべて「次の爆弾」ですよ』

 佐藤はアクセルを踏み、夕闇に溶ける田んぼ道へと軽トラを走らせた。



【Scene 5:夜の納屋事務所・退勤前の静寂】


 佐藤が事務所のドアを開けると、室内にはまだ智子の熱気が残っていた。 デスクの上には、ヴェルが吐き出した役所の相関図と、智子が書き殴ったノートが積み重なっている。

「智子、進捗はどうだ」

 智子はキーボードを叩く手を止め、少し充血した瞳で佐藤を振り返った。

「佐藤さん、準備はできたわ。ヴェルに徹底的に叩き直されたから。正論だけじゃなく、彼らが一番触れられたくない実績の裏側をどう突くか、そのロジックもね」

 佐藤は自分のデスクに腰を下ろし、村田の納屋でスキャンしたデータをメインモニターに転送した。

「そうか。月曜は俺も同行する。あんたは実績を突きつければいい。泥臭い交渉と、その後の仕掛けは俺がやる」

 佐藤はモニターに映るリストを一瞥し、短く頷いた。

「よし。今週はここまでだ。智子、土日はしっかり休め。月曜からしっかり動いてもらうぞ」

 智子は深く息を吐き出し、ようやく表情を緩めた。

「ええ、わかったわ。佐藤さんも、あまり夜更かししないでね」

 智子が荷物をまとめて事務所を出ていく。 佐藤は遠ざかる彼女の車のライトを見送り、再びモニターに向き直った。

 佐藤はコーヒーを一口飲み、静まり返った事務所で月曜日の開戦を静かにイメージした。



【前回の資産:2,106,500円】

収入なし:0円】

【支出:48,000円】

「毬(MARI)」海外発送送料(当日30個×1,500円):45,000円

 現場差し入れ(タイ焼き・アイス):3,000円

【現在の資産(メイン口座):2,058,500円】

【納税・社保引当金(聖域):1,472,000円】

【税金防衛額(節税成功分):2,823,975円】

【個人資産(佐藤):10,950,000円】

【牧野氏の債権残高:15,000,000円】

【第52話:完】

【偉人の言葉】 「商売とは、感動を与えることである。」


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