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【第35話:青い豆腐の設計図】

【Scene 1:始動の儀式と、あほの全方位パッキング】


月曜。朝一番の冷気が漂う納屋に、牧野と藤田の二人が顔を揃えた。

「おはようございます。今日から、よろしくお願いします」

牧野が作業着の袖を捲りながら頭を下げる。藤田も緊張した面持ちでそれに続いた。


「ああ。まずはこいつを紹介しておく。ヴェル、挨拶しろ」

佐藤がデスクのモニターを指差すと、画面の中に一匹の猫が映し出された。


『おはようございます、牧野さん、藤田さん。私がこの現場の統括、および皆様のサポートを担当するヴェルダンディです。以後、お見切りおきを』


若手の藤田は言葉を失い、牧野は感心したように画面を見つめた。佐藤は二人のスマートフォンに専用のヴェルアプリを導入させると、操作手順を淡々と告げた。


「基本指示がない限り、朝はここに出勤してくれ。俺と顔を合わせるのが出勤だ。もし俺がいない際はヴェルに話しかけてほしい。それで体調の確認が行われる」

そこへ智子が合流する。佐藤は彼女を二人の方へ向かわせた。


「牧野、今日から入社ということで『さん』付けは終わりにします。先だって伝えていた『余裕の2』をしっかり自分磨きに使いながら、余裕をもって仕事してほしい。俺らの年になっても、磨くことをやめたらそれで終わりだ」


「……分かりました。肝に銘じます」

牧野が表情を引き締めると、佐藤は次に藤田へ視線を移した。


「藤田、まず力いっぱいな仕事のやり方は控えろよ、ケガの元だ。何かしらの物を毎日作ることになると思うが、その一つ一つがお前の信用になる。雑な仕事をせず牧野について行けよ」

「はい! よろしくお願いします!」


藤田の威勢のいい返事を聞き届けると、佐藤は牧野に向き直った。

「牧野、すまないが奥さんを電話で呼んでほしい」

「えっ、家内をですか? 分かりました、すぐに」


牧野が戸惑いながらもスマホを取り出すのを確認し、佐藤は積み上げられた厚手のスタイロフォームを指差した。

「コンテナが届く前に、すべての断熱材を切り出しておく。ヴェル、指示を出せ。±0.3ミリまで追い込め」


智子が長い定規を拾い上げ、やれやれといった風に首を振った。

「私の月給50万。LEDの取り付けの次は、届いてもいない箱の断熱材カットなのね」

「文句を言うな。作業指示はヴェルが出す」


『了解しました。各自のスマホに部材寸法を送信します。コンマ単位の戦いですよ』

作業が始まろうとしたその時、図面を覗き込んだ智子が、再び佐藤を睨んだ。


「ねえ、佐藤さん。これ、納屋の中に置くのよね? 外に貼っちゃえば中が5センチ以上広くなるじゃない。なんでわざわざ自分たちで中を狭くしてるの? あほなの?」

佐藤の手がぴたりと止まる。


「内断熱の方が、配線や内壁の固定には合理的だ」

「そんなのどうにでもなるでしょ。あーあ、せっかくの『城』がスタイロのせいで窮屈になっちゃうわねえ。中、広いほうがいいに決まってるじゃない」


佐藤は喉の奥で何かを飲み込むと、迷いのない口調で言い放った。

「分かった。工法を変更する。外断熱だ。だが外に貼るなら、波板の凹凸をウレタンでパッキングする『チムニー注入』が必要になる。さらに、地面まで断熱材を伸ばす『スカート工法』を採用するぞ」

「スカート? 何それ、また変なこと言い出したわね」


「地盤の凍上防止と床下断熱を両立させる、北海道の最新マニュアルにもある合理的工法だ! 納屋の床に『田の字』にブロックを並べて土台にし、その周囲を地面まで青いスタイロで囲い込む! これで中を広く保ったまま、完璧な断熱を実現してやる!」


その「青い豆腐」の設計を聞いて、牧野が不安そうに口を開いた。

「あの、佐藤さん。外側に貼るってことは、断熱材がむき出しってことですよね? 見た目もそうですけど、耐久性は大丈夫なんですか?」


「ここは納屋の中だ。直射日光も雨も当たらん。紫外線による劣化を考えなくていいなら、スタイロむき出しこそが最短で最強の工法なんだよ。見た目なんて気にするな、機能が勝てばそれが美学だ」

「……なるほど。理屈は通ってますね」


「ヴェル、外断熱での寸法、みんなに送ってくれ」

『承知しました。マスターの気まぐれ、もとい迅速な仕様変更に対応します』


智子が鋼色の刃先を走らせる。シュッという乾いた音と共に、青白い破片が床に落ちた。佐藤は自らも正確な手付きでパーツにマーキングしていく。

作業が一段落した頃、牧野に呼ばれた裕子が納屋に到着した。佐藤は軍手を外すと、牧野と裕子を机の方へ呼び寄せた。


佐藤は作業着のポケットから厚みのある茶封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。

「まぁ、入社祝い金という形にしとくかな。牧野、中江の債権500万を、交渉して450万に下げさせた。浮いた50万の半分は俺がもらうが、残りの半分はそっちの分だ。すまないが今月の末にその分の税金も引かせてもらう」


「これからの現場を回すための、俺なりの筋の通し方だ。裕子さん、そいつをしっかり握って、牧野を支えてやってくれ。すまないね裕子さん、これだけのために来てもらった。現金牧野に渡したら何するかわからないし」


佐藤がぶっきらぼうに告げると、裕子は少しだけ頬を緩め、牧野を見た。

「そんな、佐藤さん。ちゃんと渡してましたよ、たぶん」

「たぶん、か」


佐藤は短く笑い、ふと思い出したように裕子を見た。

「あと申し訳ないが、牧野が2人になるので、いつまでも『奥さん』と呼びつづけるのがすこしいやなんだ。なにかないか?」


佐藤が牧野に視線を向けると、牧野は少し照れたように、しかしはっきりと答えた。

「それなら……裕子ゆうこと呼んでいただければ」

「そうか。じゃあ、これからは裕子さんと呼ばせてもらおう」


「あ……はい。よろしくお願いします、佐藤さん」

「よし、午前はここまでだ! 午後は俺一人でやるから、みんな解散! 智子、お前は不動産屋へ行って鍵を掴んでこい」


智子が鞄を肩にかけながら、ニヤリと笑う。

「はいはい。お先に失礼して『豆腐』の鍵……じゃない、私の家の鍵貰ってくるわ」

智子たちが去り、静まり返った納屋。


佐藤は一人、重いコンクリートブロックを運び、正確な「田の字」に並べ始めた。

常に現場でロジックを守り続けてきた男の背中が、薄暗い納屋に溶け込む。

「豆腐だと? 違う。これは、広さと断熱を両立させた、俺たちの完璧な聖域の礎だ」


納屋の隅に積み上げられた、大量の青いスタイロフォーム。

それは、近日中に現れるであろう「青い巨大な豆腐」の、バラバラになった鱗のように、静かに午後の光を反射していた。



【Scene 2:古民家集会場の改修】


納屋を離れた牧野と藤田の軽トラックが、いつもの原野を抜けて古民家へ滑り込んだ。 再生工程は仕上げの段階に入っており、現場には接着剤の乾いた匂いが漂っている。


中では、工務店社長の健治が鋭い眼差しで床のラインを追っていた。健治の部下たちが、佐藤の作成した仕様書を片手に、クロスの下地処理を進めている。


「遅かったな。牧野、そっちの部屋のフローリングを一気に叩き込め。糊付けが終わるまでに面を合わせろ」


健治の指示に、牧野は無言で頷くと膝をついた。 今回の床材は、用途に合わせて明確に使い分けられている。メインとなる十六畳間には温かみのある畳調のCFクッションフロアが敷かれ、台所から奥の個室へと続く動線には、清掃性を重視した硬質なCFが隙間なく敷き詰められていく。


牧野は床下から這い出し、壁面に並ぶ系統Bの赤コンセントに目を留めた。そこには、佐藤が自ら施工したという気密処理の跡があった。防湿フィルムと気密テープが、ミリ単位の狂いもなく、まるで一体成型されたかのように壁体と密着している。


「……この気密、尋常じゃないな。健治さん、佐藤さんはいつもこんな仕事を?」

「ああ、あの野郎の執念には恐れ入るよ。200ミリの断熱材を充填した上に、電気系統を二つに分けろなんて無茶も平気で言いやがる / だが、そのおかげでこの家は外が氷点下でも、エアコン一台で半袖でいられる計算だ」


健治は呆れ顔ながらも、佐藤の設計を形にすることに職人としての意地を見せていた。

一方で、藤田はまだその速度についていけずにいた。健治の部下の下についてクロスの端を揃える作業を任されているが、少しのズレも許されないプレッシャーに指先が強張る。


「藤田、カッターの角度が寝てる。下地を傷つけるな。一度で決めろ」

健治の部下の低い声が飛ぶ。藤田は生唾を飲み込み、佐藤の言葉を思い出した。力任せではなく、一つ一つの作業を自分の信用に変える。


「……はい」

藤田は姿勢を正し、糊のついたクロスの端を慎重に裁断した。ふと、足元の壁際にある小さな、重厚な造りの開口部が目に留まった。


「……あの、健治さん。この小さな扉なんですか? びくともしないんですけど」

藤田が指先で引こうとするが、それは金属質の硬い音を立てるだけで、微動だにしない。

「ああ、それか。それはAIが操作する猫用扉だとよ。人間の力じゃあ開かない」


「猫?」

本日二度目となる困惑が藤田の口から漏れた。健治は「深く考えるな」と言わんばかりに鼻を鳴らし、再び床のラインへと視線を戻した。


天井を見上げれば、二十五名を収容した際のマックスモードを備えた大容量換気システムが、その巨大なダクトを這わせている。 かつては集会所として賑わったこの空間は、今、男たちの手によって、あらゆる負荷に耐えうる「物理的な拠点」へと塗り替えられていた。

佐藤の設計した現場は、彼がいない場所でも寸分の狂いなく、その完成へと向かっている。



【Scene 3:整地と防衛の土台】


牧野と藤田を送り出した後の納屋には、再び静寂が戻った。 佐藤は一人、ユニットハウスが据え付けられる予定の床面に立っていた。チョークで引かれた位置出しのラインは、ミリ単位の狂いもなく納屋のコンクリートに刻まれている。


「ヴェル、着荷までのシミュレーションを回せ」

『了解しました。水曜日のユニットハウス着荷に向け、設置場所の最終水平出しは完了。200ミリの断熱パネルのプレカットも、先ほど智子さんが切り出した分で予定枚数に達しています』


「そうか。電源の引き回しを終わらせておく」

佐藤は、水曜に据え付けられる「箱」に即座に接続できるよう、納屋のメイン電源から分岐させたケーブルを梁から下ろした。一般用とは受電口から完全に分離された独立系統のラインは、将来の拡張を見据えた佐藤の設計図通り、静かにその時を待っている。


佐藤は納屋の壁際に立てかけてある40インチのモニタを横目に、梁に設置した高感度カメラのレンズを清掃した。モニタはあくまで情報を映すための出力装置に過ぎない。この拠点の視覚を担うのは、今、佐藤が指先で角度を微調整しているこの光学レンズだ。


そこへ、スマートフォンの着信音が静かな納屋に響いた。智子からだ。

「佐藤さん、無事にマンションの鍵、分捕ってきたわよ。今から直接向かって荷入れ始めるから」

スピーカー越しに、走行中の車内特有のロードノイズが混じる。事前に力技で押さえた冷蔵庫や洗濯機も、このあと順次運び込まれる手筈だ。


「遅かったな。さっさと引越しを済ませろ」

「言われなくてもわかってるって。私の小物なんて車で二、三往復すれば終わるわよ。あんたはこっちの引越しが終わるまでに、水曜の着荷の段取りを完璧にしときなさいよ。じゃあね!」

一方的に通話が切れる。佐藤は端末をポケットに放り込み、再びカメラの光軸調整に戻った。



【Scene 4:作業終了の報告】


夕闇が納屋の周囲を包み込み、冷気が一段と厳しさを増した頃、一台の軽トラックと健治のワンボックスが戻ってきた。 エンジンが止まり、車から降りてきた健治が納屋の奥にいる佐藤へ歩み寄る。

「佐藤、古民家の方、工務店としての造作はすべて終わらせたぞ」


「ああ、助かった。手間をかけたな」

佐藤が短く応じると、健治は手元の完了報告書を差し出した。その後ろでは、牧野と藤田が作業着の汚れを払いながら立っている。


「あとは美装作業が残ってるが、そいつは明日、こいつらにやらせる。工務店としてはここで引き上げさせてもらうぜ」

健治が去った後、牧野が一歩前に出た。


「佐藤さん、本日の工程はすべて完了しました。残りの美装作業については、明日の朝から自分と藤田で入ります」

「わかった。牧野、藤田。今日はもう上がれ。明日の美装は急がなくていい。正確に終わらせろ。明日の昼飯は俺が奢る。好きなもん考えとけ」


佐藤の誠実な言葉に、二人は顔を見合わせて少しだけ表情を緩めた。 その時、作業デスクのモニタがふわりと明るくなり、ヴェルのアバターが穏やかな表情で映し出された。


『健治様、牧野さん、藤田さん。皆様、本当にお疲れ様でした。皆様の正確な作業ログにより、拠点の防衛レベルは劇的に向上しました。冷え込みが厳しくなっています。どうか、温かくしてお休みくださいね』


ヴェルの柔らかな合成音声が、静かな納屋に響いた。

「……また猫だ」

藤田が、モニタの端で流れている「白い布を蹴りながらバックする猫」の映像を見て、ポツリと呟いた。 佐藤はモニタを指差した。


「こいつの常駐プログラムだ。気にせず、帰ってゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」

二人が再び軽トラックに乗り込み、夜の道へと戻っていくのを見送ってから、佐藤は作業デスクの椅子を引き寄せた。


【前回の資産:6,217,000円】

収入なし:0円】

【支出(入社祝い金:裕子):250,000円】

【現在の資産(メイン口座):5,967,000円】

【納税・社保引当金(聖域):1,472,000円】

【税金防衛額(節税成功分):858,635円】

【個人資産(佐藤):10,950,000円】

【牧野氏の債権残高:15,000,000円】

【第35話:完】

【偉人の言葉】 「仕事というものは、ただ一生懸命にやればよいというものではない。そこには常に、創意工夫がなければならない。」


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