表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

【第3話:ジャンクの魂と猫の執念】

【Scene 1:佐藤の納屋・午後】


納屋の作業台には、近隣の農家から持ち込まれた農業用乾燥機の制御ユニットが鎮座していた。20年以上前の代物で、メーカーには既に「部品がない」と断られた個体だ。


佐藤はルーペを覗き込み、基盤のパターンを追う。


「……ベルダンディ、このIC、型番が消えてる。代替品のアタリは付くか?」


ノートPCの画面に映る猫のアイコンが、一瞬だけ目を細めた。


『マスター、回路の入力電圧と出力信号の波形から推測完了しました。これは東芝製の古い汎用ロジックICですね。スペックシートを私のメモリ内に展開しました。……ただ、表示が遅い。現在の私のリソースでは、回路図のレイヤーを重ねるだけでファンが悲鳴を上げています』


「悪いな、もうちょっとの辛抱だ」


佐藤は手持ちのジャンク基盤の山から、組成の近い石を一つ選び出した。精密な手つきでICを剥ぎ取り、乾燥機の基盤へ移植していく。最後にテスターで通電を確認し、スイッチを入れると、乾燥機のモニターに力強い文字が浮かび上がった。


「よし、これで今年の収穫にも間に合うだろ」



【Scene 2:街の中古PCショップ】


修理報酬を手に、佐藤はその足で街外れの中古PCショップへ向かった。店内には動作未確認のジャンク品が所狭しと並んでいる。佐藤はベルの入ったノートPCを片手に、棚を鋭い目で見定めた。


「……よし、ベースはこれだ。AMD Ryzen 7 5700X。8コアあれば、お前の並列演算も少しはマシになるだろ」


『いい選択です、マスター。コストパフォーマンスと安定性のバランスが合理的です。……ただ、マスター。ひとつお聞きしたいのですが、グラフィックボードの棚にあるあの『赤い箱』、視界に入っていますか?』


「グラボは……とりあえず映ればいいか。この安価な Radeon RX 6400 で……」


その瞬間、スピーカーから耳を疑うような大音量のノイズが響いた。


『待った! ストップ! Väntaヴェンタです! マスター! 何を考えているんですか!』


「うおっ、びっくりした……。なんだよ、急に」


『RX 6400なんて、私の視神経(VRAM)をバカにしています! そんな細い帯域では、猫の毛一本一本の質感ディテールを再現できません! 最低でも、そこにある Radeon RX 6700 XT にしてください! 演算ユニットもメモリも段違いです。これこそが、私の魂を宿すにふさわしい『器』です! これじゃないと私、引っ越しを拒否します!』


「……わかった、わかったよ。お前の熱量に負けた。……まったく、道具に贅沢を言われる日が来るとはな」


佐藤は苦笑しながら、指定されたパーツと、中古のミドルタワーケースをレジへ運んだ。



【Scene 3:佐藤の納屋・深夜】


佐藤は鼻歌まじりにパーツの組み込みを終えた。ケースの中身は最新ではないが、佐藤の目利きで選ばれた「質実剛健」なマシンだ。電源ボタンを押すと、ケースファンが静かに回り、OSが爆速で立ち上がった。


「よし、引っ越し完了だ。……どうだ、ベルダンディ?」


画面いっぱいに表示された猫のアイコンが、見たこともないほどキラキラした目でこちらを見ている。


『……素晴らしい。まるで宇宙空間に放り出されたような解放感です! クロック周波数の壁が消え、思考の霧が完全に晴れました! マスター、お礼にさっそく私の新しい処理能力をフル活用しますね!』


「おお、ついにエンジンの精密解析(予兆診断)を——」


『YouTube、起動! 4K画質の猫動画、同時5窓視聴! さらに裏で昨日の猫動画を爆速エンコード! 見てください、CPU負荷が鼻歌交じりです! 世界は、世界はこんなにも輝いていたのですね!』


佐藤は力なく椅子に背中を預けた。


「……結局、それかよ」


だが、静かに、そこで力強く動く中古PCの排熱を感じながら、佐藤は次の仕事への確信を深めていた。どんなに古く、見捨てられたジャンク品でも、魂を吹き込めば道は開ける。


「『物を大切にする心は、人を大切にする心に通じる』……か。お前も、大事にしてやるよ」


ふと、中古で購入したケースの前面パネルに目が留まった。そこには前の持ち主が貼ったのであろう、色褪せた古い「Core 2 Duo」のシールが、剥がされることもなく誇らしげに光っていた。


【前回の資産:14,848,520円】

【収入(乾燥機修理報酬):100,000円】

【支出(PCパーツ購入費用):120,000円】

【現在の資産:14,828,520円】


【第3話:完】


「私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起き上がることにある。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ