【第26話:信頼の対価と、鋼のギア】
【Scene 1:佐藤の納屋・午前 冷徹な概算】
午前9時。スマホの振動が、泥のように眠っていた佐藤を現実に引き戻した。表示は「上田」。
「上田、なんだ。今日は寝る日だと伝えたはずだが」
『わりーな佐藤。D倉庫のオーナーがどうしても今すぐ会いたいって聞かなくてよ。今からそっち向かわせる。話だけでも聞いてやってくれ』
20分後、佐藤は顔を洗って身なりを整え、リビングで客を迎え入れた。そこには上田と、焦燥感を隠せないD倉庫のオーナーがいた。佐藤はビジネスマンとしての丁寧な口調で応対した。
「上田さんからお話を伺っております。D倉庫さん、本日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます。今の現場の状況を、詳しく伺えますか?」
佐藤は茶を出し、相手の現場規模を冷静にヒアリングした。上田倉庫と同規模、かつ手書きの伝票管理が常態化している。
「なるほど。お話の限りでは、私がお受けする場合、導入技術料として計800万円を頂戴することになります。前金で400万円、これはサーバーやセンサー等の機材費に充てます。残りは仕組みが稼働した時に。そして月々の保守料として60万円です」
一瞬、オーナーの顔が強張った。
『マスター。大手は広告費と接待費を乗せて5,000万、年間の保守も1,000万が相場です。彼らが売っているのはシステムではなく「安心」という名の看板代に過ぎません』
佐藤はヴェルの解析結果を受け、冷静に突き放す。
「国内大手なら初期費用だけで数千万は下りません。しかも現場に合わせた柔軟な調整は望めない。ですが、私はまだお宅の現場を一歩も見ていない。この数字はあくまで概算です。来週、現場を精査した上で、改めて正式な契約についてお話ししましょう」
「ぜひ、一刻も早く見てほしい。佐藤さんの条件で検討します」
佐藤はオーナーを丁寧に見送り、静かに引き戸を閉めた。
【Scene 2:なぎさ亭・昼過ぎ 樹脂の限界】
昼過ぎ、腹を満たすため「なぎさ亭」へ。定食を平らげたところで、店主が重そうなフランス製の業務用プロセッサーを抱えて近づいてきた。
「佐藤さん、これ見てくれ。モーターは回ってるんだが、刃が空回りしちまって。本国から部品を寄せるのに1ヶ月以上かかるって言われたんだ」
佐藤は一瞥し、内部の樹脂ギアが摩耗しているのを即座に見抜いた。
「フランスの設計は美しいが、この樹脂ギアは明らかに摩耗を前提とした設計だ。店主、今回の修理代は2万円でいい。メーカー修理を待つより安く、今日中に『一生モノ』にしてやる。食品を扱う道具に炭素鋼は使えない。耐食性の高いステンレスの塊から削り出してやる」
「2万で一生モノ! 頼む、佐藤さん! ぜひやってくれ!」
【Scene 3:佐藤の納屋・午後 鋼の削り出し】
納屋に旋盤の回転音が響く。キィィィィンと鼓膜を刺すような高い音を立てて、ステンレスの円柱が削り取られていく。 この納屋には歯切り専用の機械はない。佐藤は旋盤のチャックをミリ単位で手動で合わせ、自作のアタッチメントを固定した工具で、一枚ずつ慎重に歯を刻んでいく。
『マスター。15万の機材を2万で永続化。大手にとって「一生モノ」は経営上のバグです。彼らは故障という名の買い替え機会を売っているのですから』
「15万の機械に樹脂を仕込むやり口が気に入らないだけだ。ステンレスなら粘りも強度も十分だ。加工は面倒だが、いい指の運動になる」
切削油が煙を上げ、銀色の切り屑が舞う。佐藤の視線は、100分の1ミリの誤差も許さない刃先に固定されていた。旋盤一台で、手作業による精密なギア製作を完遂させる。それは非効率な、だが極上の「手入れ」だった。
【Scene 4:なぎさ亭・夕刻 鋼の駆動音】
夕暮れ時、完成した鋼の部品を組み込みに店へ戻ると、上田が既にビールを煽っていた。
「おう、戻ったか。本当に直したのか?」
佐藤は無言でプロセッサーを組み立て、コンセントを差す。スイッチを入れた瞬間、以前の頼りない音とは違う、低く重厚な駆動音が店内に響いた。 店主が投入した玉ねぎが一瞬で霧のようなみじん切りに変わる。
「すげえ! 音が全然違う。佐藤さん、これ前よりパワー増してないか?」
「ギアの伝達効率を上げただけだ。本体のプラスチックが砕けても、そのギアだけは回り続けるぞ」
上田が自分のことのように胸を張る中、佐藤は店主から「約束の2万円」が入った封筒を受け取った。上田が奢ったビールを一杯だけ喉に流し込み、騒がしい店を後にした。
【Scene 5:佐藤の納屋・深夜 静寂と記録】
夜。納屋の静寂の中で、佐藤はデスクに置いた2万円を眺める。
「登記簿が届くまでは、ただの小遣い稼ぎだな」
『マスター、お疲れ様でした。本日の「厳選・猫動画」です。ルンバに乗り上げられ、垂直に跳躍する茶トラです。少しだけ表情が緩んでますよ、マスター』
「フン。もう消せ、寝るぞ」
【前回の資産:12,625,000円】
【収入(修理技術料):20,000円】
【支出:0円】
【現在の資産:12,645,000円】
【第26話:完】
【偉人の言葉】 「商売は、世のため人のための奉仕であり、利益はその正当な報酬である。」




