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【第22話:ヴィンテージの記憶と、時限式の香】

【Scene 1:集会所・タンスの奥の財宝】


「佐藤さん、これ……もう何十年もタンスの奥で眠ってたんだけど、使えるかい?」


ハナさんが持ってきたのは、少し色褪せているが、見事な刺繍が施された正絹シルクの端切れだった。かつてのハレの日を彩った振袖や、祖母から譲り受けたという古い着物の残骸。


佐藤は、その布を指先でなぞった。90年、100年と時を経てもなお、独特のぬめりと重厚な光沢を失わない日本の絹。それは現代の大量生産品にはない、圧倒的な「情報の密度」を持っていた。


「……いい布だ。これなら猫の爪も適度にかかる。ヴェル、解析しろ」


『マスター! マクロ撮影した際の「映え」が凄まじいです。私のレンズを通すと、一糸乱れぬ織りの文様が、まるで生きているような質感ですよ! 日本のヴィンテージ・シルクと「猫」……この組み合わせは、私の予測モデルによれば、欧米のハイエンド層に対して1,000%以上の訴求力があります!』


集会所には、他のおばあちゃんたちも自慢の「はぎれ」を持ち寄っていた。かつて捨てられなかった思い出の断片が、次々と色鮮やかな「毬まり」に姿を変えていく。


【Scene 2:倉庫B・Cの収穫、そして待機】


拠点のワークステーションに戻った佐藤のスマホに、一通の通知が届いた。


『マスター、倉庫Bおよび倉庫Cの全システム、正常稼働を確認。クライアントより最終検収のサインが出ました。合計8,000,000円の報酬支払い準備が完了したとのことです。振込先のアドレス指定(口座指定)を求めています』


「……フン、やっとか。だが、このパケットを今の個人口座で受けるのは非効率だ。所得税のオーバーヘッドが大きすぎる。法人の受け皿が完成するまで、この報酬はスタックに積んだまま(保留)にしておけ。振込指示は俺が出す」


『了解しました。報酬800万円、未処理キューに保持します。現在はまだ、マスターの退職金を切り崩して運用している状態ですね。拠点のランニングコストだけで月10万は飛びます。この「毬」を早急に収益源に変えるぞ』


【Scene 3:猫の狂騒と、物流の「バグ」】


翌日、ハナさんが縫い上げた毬の芯に、乾燥させた「またたびの木」のチップを仕込み、集会所の地域猫に与えてみた。


「……おわっ」


佐藤が声を上げる間もなく、猫が毬を抱え込み、狂ったように転げ回る。4Kレンズがその至福の瞬間を完璧に捉えた。


その熱狂の余韻の中、佐藤が扉を開けようとした時だった。背後からハナさんの少し遠慮がちな声が届く。


「佐藤さん……。もし、今度来ることがあるなら。……大根一本と、大福を二つ、買ってきてはくれないかい?」


佐藤の足が、敷居の手前でピタリと止まった。振り返った佐藤の目に、鋭い光が宿る。


(……大根一本? わざわざ俺に頼むということは、この集落の供給ルートは完全に死んでるな。1.5Mbpsの回線どころじゃない、物理インフラのデッドロックだ)


「……大根と大福だね。分かった。今度材料を持ってくる時に買ってくるよ」


【Scene 4:時限式ギミックの実験】


拠点の作業机。佐藤の前には、100円ショップのアルミ蒸着袋、釣り糸、および代用の「アロマオイル」を染み込ませた脱脂綿が並んでいた。


「ただの毬じゃ商売にならん。客の手元に届いた瞬間がピークになる仕掛けが必要だ。ヴェル、袋のシール圧を調整しろ」


佐藤は釣り糸を何度も結んで作った小さな玉を、オイル綿と共に袋へ放り込んだ。釣り糸の一端を外に出した状態で、熱圧着器シーラーで袋を密閉する。


「客がこの糸を強く引けば……」


ブチン、と小さな手応えと共に、袋の内側で予備のシールが破れ、アロマの香りが一気に広がった。


「よし。これで『時限式の香』が物理的に実装できる。3ヶ月持つものを、あえて2ヶ月保証で売る。その余白が信頼になるんだ」


【Scene 5:5,000枚の決断】


実験の成功を見届けたヴェルのホログラムが、興奮気味にモニタを埋め尽くす。


『マスター、完璧なデバッグです! YouTubeショートにアップロードした試作動画も、投稿から15分で視聴回数が指数関数的に伸びています! 海外コミュニティから「この神秘的な毬をどこで買えるんだ?」というコメントが1,000件を超えました!』


「よし。ヴェル、アルミ蒸着袋の特注品を5,000枚発注しろ。デザインはシンプルにしろ、中身のシルクが主役だ」


『5,000枚!? マスター、今の在庫(毬)はまだ10個程度ですよ?』


「……俺を誰だと思ってる。売れると決まれば、単価を叩くのが定石だ。それに、この集落の『物流』を救うには、これぐらいの規模の商売が必要なんだよ」


『了解しました! 特急オーダーで5,000枚、決済完了。……大根一本のために、マスターが世界を相手に商売を仕掛けるなんて、最高にクールな段取りです!』


【第22話:完】


【前回の資産:15,520,000円】

収入なし:0円】

【支出(パッケージ袋):221,000円】

【現在の資産:15,299,000円】


「商売は、世の中の人々を幸せにするためにある。利益はその報酬にすぎない。」

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