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【第2話:港の潮風と電子の亀裂】

【Scene 1:佐藤の納屋・朝】


佐藤が目を覚まし、納屋の重い扉を開けると、足元に土のついた麻袋が置かれていた。中には見事なキタアカリが詰まっており、走り書きのメモが添えられている。『佐藤、昨日はありがとう。これ、うちで一番いいやつだ。食ってくれ。田中』


「あいつ、律儀だな」


佐藤が呟くと、デスクの上のノートPCがモニターを明るく輝かせた。スリープなどしていない。一晩中、世界中のネットワークの隙間を縫って猫動画を漁っていたのだ。画面の隅では、膨大なパケット通信のログが滝のように流れ続けている。


『マスター、おはようございます。センサーがデンプンの山を検知しました。私の計算によれば、この量を芽が出る前に消費するには、あなたが毎日ポテトサラダを4キロ食べる必要があります。現実的ではありませんね。馴染みの店へ運び出すための「段取り」を推奨します』


【Scene 2:地元の食堂「なぎさ亭」】


「おばちゃん、野菜持ってきたぞ。田中からの預かりもんだ」


「あら佐藤ちゃん、助かるわ!田中さんのところのは美味しいのよね。お礼に今日は特盛りの日替わり、サービスしとくよ!」


佐藤がカウンターで飯を食っていると、隣に座っていた同級生の漁師、木下が、手付かずの定食を前に深く溜息をついた。


「佐藤。実は俺の船、最近電子機器が急に消えたり警告灯が誤作動したりで、いつ沖で動かなくなるか気が気じゃねえんだ。メーカーを呼んだら『基盤交換で100万、それがいやなら新造船への乗り換えっすね』なんて言われちまって。ローンも残ってる。もう、潮時かなって思ってよ」


佐藤は箸を置き、木下の横顔を見据えた。


「木下、あんたの船はまだ死んじゃいねえだろ。道はいくらでもある。行き詰まったと思うのは、あんたの心が『もう道がない』って決めつけてるだけじゃないのか。昔の偉い人も言ってたぜ。道は無限にあるもんだってな」


「佐藤」


「飯食え。食ったら港へ行くぞ」



【Scene 3:漁港・木下の漁船「北辰丸」】


午後の漁港。佐藤はノートPCと小型カメラを手に、船内をくまなく調べ始めた。狭いエンジンルームの熱気と、まとわりつくような塩臭い潮風が、佐藤の肌を刺す。


『診断完了。リレー1個、コンデンサ3個が寿命です。ですが主因は別。制御系のハンダクラックが計11箇所。振動による接触不良です。これさえ叩けば、今日中に船は出せます。部品注文しますか?』


「木下、一応言っておく。ヴェル、こいつの基盤、純正で発注したらいくらだ?」


『メーカー純正ユニットは現在バックオーダー。納期は最速で40日。価格は配送費込みで約100万円に達します。今シーズンには間に合いません』


「100万……一ヶ月。冗談じゃねえ、そんなに休んだらローンが払えねえよ。俺の人生、ここで終わりか」


木下がデッキに崩れ落ちそうになるのを、佐藤は冷めた目で見つめた。


「俺が今ここで直す。今日はハンダを直すだけだが、それで十分動く。後日部品が届き次第、リレーとコンデンサーを入れ替える。二段階でやるぞ。手間賃は15万だ。メーカーなら100万と一ヶ月。俺なら15万と一時間。どうする、道を選ぶか?」


「15万?助かるが、佐藤、そんなに安くていいのか?」


佐藤は温度調整機能付きのハンダごてのスイッチを入れ、先端が熱を帯びるのをじっと待った。


「安かねえよ。ハンダ一滴はタダみたいなもんだ。だがな、そのハンダを『どこに、どう落せばいいか』を知るために、俺がどれだけの時間をドブに捨ててきたと思ってる。15万は安売りじゃない。あんたの絶望を消してやるための、正当な『技術』の値段だ」


「分かった。お前の腕に、俺の運命を預けるよ。頼む!」


「ヴェル、じゃあ部品を注文してくれ。いくらだ?」


『了解しました、マスター。軍用規格の最高級リレーとコンデンサー、特急配送を手配します。部品代と手数料を合わせ、24,800円。決済してください』


「おい、25,000円は高すぎるだろ。軍用規格なんていらねえよ。通常品の、いいメーカーのやつならいくらだ?」


『……。国内大手メーカーの標準品、通常手配に切り替えます。送料込みで1,480円。さすがに安すぎませんか?』


「それでいい。決済承認。やるか。……しかしヴェル、この11箇所、全部熱設計が甘い場所ばかりだな。わざとやってるのかってレベルだぜ」


『マスターの指摘通りです。この箇所の熱サイクル耐性は、他の部位の30%以下。同じ使用期間で全個体がここから死ぬ計算です。これは「故障」ではなく「仕様」に近い』


「製品寿命をコントロールしてるつもりか。木下みたいな現場の人間を、買い替えの養分にしてやがる。バグじゃなくて、設計思想そのものが腐ってんな」


『不愉快な合理性ですね。マスター、この箇所のハンダは通常より盛りますか?』


「ああ。設計者がサボった分、俺がマニュアルにねえ『補強』を入れてやるよ。振動をいなすように、少し多めに、かつ滑らかにな」


『了解しました。決済完了。……警告。室内の熱気で、私のCPU温度が急上昇しています。現在74度。演算精度を維持できません。冷却を、物理的な冷却を要求します!』


「ったく、分かったよ。少し休め」


佐藤は慌ててノートPCを持ち上げ、潮風が吹き抜けるデッキの涼しい影へと避難させた。佐藤自身は汗を拭い、再び狭いエンジンルームへと潜り込んで、一本の銀線に職人の執念を込める。



【Scene 4:冷却中の奇跡】


しばらくして、佐藤が様子を見に戻ると、画面の中の猫アイコンが妙に満足げに揺れていた。


「ヴェル、温度は下がったか。おい、なんだその画像」


『ふふ、見てくださいマスター。避難中にたまたまレンズが捉えた、傑作の一枚です。日陰で伸びている野良猫の耳に、偶然カモメの羽が落ちてきて「アンテナ」のようになっています。ああ、この奇跡のシャッターチャンス、今の処理能力では画像保存だけで精一杯です。非常に、非常に不満足です!』


「冷却中になに仕事増やしてんだ。呆れた計算機だな」



【Scene 5:エピローグ・収支報告】


帰ってきた佐藤の目の前には、報酬の封筒と、木下が「持ってけ!」と置いていった発泡スチロールの山があった。


「ハンダは打ち直したが、あのリレーとコンデンサーを交換するまでは油断できねえな。無理させたな、ヴェル」


佐藤がノートPCを開くと、画面には「保冷剤」の上に寝転ぶ猫の画像が表示されていた。


『謝罪は不要です、マスター。それよりも、先ほどの「アンテナ猫」の画像、ノイズ除去に30分もかかりました。予兆診断の裏でこの処理を走らせるのは、嫌がらせに近いリソース不足です』


「分かってるよ。次の現場で命に関わるからな」


佐藤はウエスで丁寧に指を拭き、画面に並ぶパーツショップのサイトを見つめた。


「性能スペックが行き詰まってんなら、新しく道を作るしかないな。ヴェル、お前の『新しい家』の段取りを始めるぞ」


【前回の資産:14,700,000円】


【収入(木下修理報酬):150,000円】

【支出(通常部品代):1,480円】

【現在の資産:14,848,520円】

【第2話:完】


過去の偉人の言葉:あかんと思ったら、パッと変える。 それが商売の極意やし、生きる知恵や。 一つのことに執着しすぎると、かえって大事なものを見失う。 常に新しい道を見出す勇気を持たなあかん。.

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