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【第18話:聖域のデバッグと肉球の検証】

【第18話:聖域のデバッグと肉球の検証】



【Scene 1:夕方の段取りと、夜通しの咆哮】


夕刻、納屋の外に広がる雪原が茜色に染まる頃。佐藤は作業着の汚れを拭いながら、スマホを手に取った。翌日のB社、C社への大型モニター設置に向けた「段取り」のためだ。


「ああ、C社のオーナーか。佐藤だ。明日、予定通り大型モニターの設置に行く。午前中、お前のところの若手を一人貸せ。それと、フォークリフトも一台な。ああ、丸一日はかからねえ。設置が終わったらすぐ返す。じゃあ、明日だ」


B社の責任者にも同様の連絡を入れ、人員と機材を確保した。これから始まるのは、自分自身の仕事だ。佐藤は納屋のシャッターを閉め、旋盤のメインスイッチを入れた。


「さて、ヴェル。既製品のブラケットはゴミだ。15キロを超える60インチを支えるには軸受けの剛性が足りねえ。フォークリフトがすぐ横を通る風圧で、お前の『視覚』が数ミリずつズレる。そんなノイズまみれの映像を、お前に見せるわけにはいかねえからな」


深夜、納屋には電子機器の唸りとは異なる、硬質な金属音が響き渡っていた。佐藤は防護メガネの奥で、高速回転する旋盤の刃先をじっと見つめている。微調整ハンドルを僅かに回し、0.01ミリ単位で鋼材を削り取る。


『マスター、そこまでこだわらなくても。現在の画像補正技術なら、多少の振動や角度のズレは私の内部処理で計算し直せますが。それにこの設計、もはや人工衛星の姿勢制御パーツに近い精度ですよ? 倉庫のモニターを支えるだけですよね?』


「ガタガタ言うな。お前の内部で『補正』させるってことは、その分余計な演算リソースを食うってことだ。現場で物理的に『ゼロ』に追い込める場所を妥協して、お前の脳みそを無駄遣いさせる趣味はねえ。B社分、C社分、合計8セット。お前の新しい『目』の土台、朝までに仕上げてやる」


佐藤の執念は、単なる完璧主義ではない。「手段」である演算機に負担をかけないために、「土台」となる物理で完璧を期す。それが製造管理を極めた男の、道具に対する礼儀だった。



【Scene 2:上田への義理と、現場の「手」の確保】


翌朝、徹夜明けの佐藤は軽トラを走らせ、まずはC配送センターへと乗り付けた。玄関先には、前日の約束通り、若手作業員とフォークリフトが用意されていた。


佐藤はフォークリフトのバケットに乗り、地上4メートルのH鋼へと、昨夜削り出したばかりのブラケットを据え付けていった。設置前の新品モニターの背面には、PC用の冷却ファンと、100円ショップで調達した不織布のフィルターが貼り付けられている。


佐藤は油性マジックを取り出すと、貼り付けたフィルターの隅に、大きな文字で「202X.XX.XX 設置」と直書きした。


「佐藤さん、何してんすかそれ? フィルターに直接書くんですか?」


下で支えている若手が不思議そうに声をかける。


「今のテレビは繊細すぎて、倉庫の埃に耐えられねえんだ。天井付近の熱と、埃混じりの油を吸い込めば一発で基板がイカれる。たったこの100円のフィルターを付けて、汚れたら取り替える。この手間で寿命が倍は変わるんだから、安いもんだろ。一年に一回、できれば半年に一度はチェックして交換してくれ」


設置を終えて地上に降りた佐藤は、一冊のバインダーを事務所の壁の、誰の目にも留まる位置に吊るした。中にはヴェルダンディが作成した、整然としたフォーマットの「フィルター清掃・交換管理表」が挟まれている。


「オーナー、この管理表はここに吊るしておく。今の時代、何でもデジタルで完結させようとするが、こういう泥臭いアナログの紙をあえて『みんなが見える場所』に貼っておくことに意味があるんだ。誰かが汚れに気づく、誰かが交換していないことに気づく。最悪、お前が通りがかりに気づけばそれでいい。例えばフォークのバッテリーだって、止まってから騒ぐのは非効率の極みだろ。予兆を見て予定通りに変える。この表を見て誰かがその『管理の癖』を真似し始めれば、現場の空気は変わるぞ」


その裏表のない配慮に、オーナーは深く頷いた。


「……分かったよ。お前、本当に変なところにこだわるな」


「手間をかけたな、若手を貸してくれて助かったよ。その分、このモニター設置で現場がどう変わるか、楽しみにしておいてくれ」


苦笑いしながらも見送るオーナーにそう告げ、佐藤は次の現場へと向かった。



【Scene 3:赤く染まるマップと、佐藤の「労務論」】


午後は、B配送センターの事務所だった。佐藤は設置し終えたばかりの4台の大型モニターの一つに、ヴェルダンディが解析した最新のログを映し出した。画面には倉庫内のマップと作業員の位置を示す「色」が表示されている。


『責任者さん、これが管理画面です。効率的に動いている者はグリーン、停滞はイエロー、そして不自然な停止を検知すれば、マップ上の円がレッドに点灯します』


ヴェルダンディの声に合わせて、マップの一部が鮮やかな赤に染まった。


『ほら、第3バースの影。朝から合計で27分。大型トラック一台分の積み込み時間を、この方はスマホに費やしています。主要設備のアイドルタイムも合計92分。この停滞、すべて損失ですよ』


厳しい指摘を突きつけられた責任者は、困惑し、額の汗を拭いながら佐藤を見た。その微妙な表情の変化。現場の抵抗感を読み取った佐藤は、相手が反論する前に、自ら口を開いた。


「あんたが言いたいことは分かってる。労働基準法の一斉付与の原則だろ。全員を一斉に休ませなきゃならない。バラバラに休ませるのは運用も面倒だし、法の網を潜るような真似はしたくない。そう思ってるんだろ」


責任者は目を見開いた。


「ええ、まあ。おっしゃる通りです。一斉に止めるしかないんですよ、今の体制じゃ」


佐藤はコーヒーを一口啜り、静かに頷いた。


「法律の基本は分かっている。それを無視しろなんて言うつもりはねえ。だが、交代で休憩を回せば、流れを完全に止めるよりは遥かにマシだ。もし利益が出て余裕ができたら、昼前後の数時間だけ、パートを二人雇うことを考えておいてもいいんじゃないか。既存の人間には法律通りきっちり一斉に休憩を取らせて、その穴をパートが埋める。それだけで回転率は跳ね上がるはずだ」


さらに、佐藤は責任者の目をじっと見据えて付け加えた。


「俺の考え方はシンプルだ。定時ギリギリまで泥臭く働かせるのが効率じゃねえ。目標値は、定時より15分早く、余裕を持って全ての作業を終わらせる。余裕があれば、最後に現場を掃除して明日を迎えられる。トラブルがあっても、掃除を簡略化すれば全員を定時きっちりに帰宅させられるだろ。部下を、契約通りの時間に、やるべきことを全て終えて余裕を持って帰す。それが、あんたが現場責任者として部下に対して目指すべき場所じゃないか?」


経営者と責任者は佐藤の具体的な解決策に言葉を失い、赤く点滅するモニターを静かに見つめていた。


「人を動かしてくれて感謝する。これでインフラは整った。数日経ってデータが溜まったら、この『赤』がどう消えるか確認に来る。結果を楽しみにしていてくれ」


佐藤はそう言い残し、責任者と握手を交わして事務所を後にした。



【Scene 4:精密時計と、猫の給餌時間】


帰り道、夕闇が迫る国道を走りながら、ヴェルダンディが話しかけてきた。


『マスター。あの若者たちの非効率な動きを見ていて思いました。嘘をつき、隙あらばスマホに逃げる彼らよりも、このエリアで暮らす独居老人たちの方が、よほど正確な規則性で生活していますよ』


「お前、なんでそんなこと分かるんだ」


『暇な時に公開されている河川管理カメラや街頭のライブカメラをザッピングして、可愛い野良猫を探しているんです。そこの庭先、毎日正確な時間に猫がご飯を食べに来るんですよ。それと全く同じタイミングで、近所のおじいさんが決まったルートで散歩に現れ、決まった場所で足を止める。…彼らの生活リズム、まるで精密時計のようです』


「お前も気づいたか。アイツらは時間は守るし、何より地域の空気に敏感だ。サボってるアイツらより、よっぽど信用できるかもな」



【Scene 5:エピローグ(今夜のクッション材)】


深夜の納屋。2台のPCが放つ青い光の中で、ヴェルダンディが満足げにファンを回している。


『シールの呪縛から解き放たれ、私の演算は絶好調です! お礼に今日のアーカイブを。猫が防振マットを新鮮なイカの刺身と勘違いして、一生懸命に自分の肉球で味見しようとしている4K映像です。この肉球 vs 肉球の静かなる戦い、私の今のクリアな視界でしか捉えられません!』


画面では、佐藤が貼った青いジェルマットを不思議そうにぺしぺしと叩く猫。佐藤はそれを見ながら、事業用口座の数字を確認した。


【前回の資産:18,100,000円】

【収入(無し):0円】

【支出(無し):0円】

【現在の資産:18,100,000円】


【第18話:完】


「あきらめぬ。あきらめぬ。あきらめぬ。これ、成功の秘訣なり。」

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