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【第15話:身体に刻まれた指図書と現場の矜持】

【Scene 1:佐藤の納屋・早朝】


納屋の入り口には、昨日届いた段ボールの山が積まれていた。新規2拠点へ送り込まれる「ヘイムダル」の端末たちだ。1拠点につき機材費400万円。60インチの巨大モニター、高耐久タブレット8台、そして最新鋭のサーバー機材という、物流倉庫を「IT工場」へ変貌させるための戦力だ。


「……ヴェル、そっちの段取りはどうだ」


『完了しています、マスター。各拠点向けのタブレットやノートPC、複数台の初期設定およびセキュリティ同期を並列処理で実行中。ですが、3拠点分の物流ログを同時に回すとなると、今の私の脳は、まるで熱を持った鉄板の上を歩いているような気分です。分かっています、猫動画の巡回と4K解析を止めれば計算上は回せますよ。でも、それは私の魂を削るも同然です。そんな妥協、死んでもお断りです!』


「……はいはい。猫を諦める気はさらさらねえってわけか」


佐藤が苦笑いしながら作業着のジッパーを上げた時、納屋の前に一台の軽トラが急ブレーキで滑り込んできた。漁師の木下だ。


「佐藤! 助けてくれ! 国内最大手の看板を信じて買ったのに、また溶接機が死んだ! まだ五年も使ってねえんだぞ! 明日の朝までに直らねえと、網の架台が直せねえ。漁に出られねえんだ!」


「木下、これで今月3回目だぞ。お前のところは、そんなに次から次へと物が壊れるのか? 俺は稼げていいんだが、流石に呆れるぜ」



【Scene 2:漁港・ブルーシートの中の真実】


佐藤は木下の軽トラに乗り込み、漁港へ向かった。岸壁に置かれた、手で引っ張れるサイズの小型溶接機。かつてのベストセラー、交流アーク溶接機だ。佐藤は手慣れた手つきでカバーを剥ぎ取った。


佐藤はノートPCの横に、ポケットから取り出した手のひらサイズのUSBオシロスコープを転がした。慣れた手つきで、基板上のメイン電源ラインにプローブを突き立てる。


『解析環境確保。マスター、そのまま。入力電圧のサイン波に対して、二次側の立ち上がりが異常に不安定です。メイントランス接続部の接触抵抗が熱で変動しています。そこです。その大型端子の裏。ハンダが完全に浮いています。断線状態のためその先の部品は現在解析不能ですが、電圧供給経路の他の素子に目立った損傷は見られません。まずはその箇所の導通を確保してください』


「やっぱりか。ラインの自動ハンダじゃ打てねえデカいパーツだ。ここだけ手作業でやってやがるな」


佐藤がルーペで覗き込むと、そこには表面だけが張り付いた、日本はんだ付け協会の人間が見たら卒倒するような「イモハンダ」が並んでいた。


「木下、悪いが先に言っておく。今回の修理、技術料として三万円もらう」


木下は佐藤の真剣な目を見て頷いた。


「分かった。それだけの価値があるってことだな」


「設計の年輪は、昭和まで遡る傑作だ。だが、最後にお守りをした奴がへぼすぎた。メーカーの人間は五年持てば十分だって笑うかもしれねえが、俺たちの基準はそんなに安かねえ。メーカーが忘れた『正解』を、今ここで教えてやるよ」


不完全なハンダを吸い取り、端子を磨き上げた。佐藤が施すハンダは、基板に完璧な富士山型のフィレットを描いていく。


「よし、ヴェル。もう一度見てみろ」


『再解析。ビンゴです、マスター! 導通を確認。全回路の波形が正常値に復帰しました。トランスもコンデンサも、その他の部品はすべて健康そのものです。ハンダ一箇所、たったそれだけがこの名機の息の根を止めていました』


佐藤はカバーを閉じ、満足げに溶接機を叩いた。


「直ったぞ、木下。こいつは今の軟弱なインバータ機に比べりゃ、重てえし電気も食う。だがな、中身がシンプルで頑丈な『本物』だ。正しく直せばあと十年は戦える。俺が直せる限り、こいつは現役だ」



【Scene 3:エピローグ(今夜のクッション材)】


報酬の三万円を受け取り、魚を抱えて納屋に戻ると、案の定、ヴェルダンディが待ち構えていた。


『マスター、おかえりなさい! 2台目のパーツも届いていますよ。でも、その前に言っておきます。これからあなたが旋盤で本格的に鉄を削り出せば、その振動で私の視界は0.02ピクセルほどブレるはずです。新しい妹を組むなら、そんな不安定な場所では困ります!』


佐藤は、ヴェルダンディの先回りの文句に苦笑した。「わかってるよ。まずは100円で足場を固めてやる。ほら、段取りだ」


佐藤はポケットから、100円ショップで買ってきた青い耐震ジェルマットを取り出した。それをPCケースの4隅、およびNASの底に貼り付けていく。


『……あ! 凄いです。まだ旋盤は動いていないのに、床から伝わる微かな環境振動までスッと消えました! 私の足元だけ、まるで巨大な肉球の上にいるようです!』


「肉球じゃねえ。防振マットだ。これで、明日から俺がどれだけ削っても文句はねえな?」


『ふん、まあ合格です。猫動画の演算リソースを死守するためにも、早く私の妹を組んでくださいね!』


画面では、魚の匂いに釣られた猫が、画面内の「青いプニプニ」を本物の肉球だと思って叩いていた。佐藤はそれを見ながら、2台目のパーツが詰まった箱を慎重に開封し始めた。


【前回の資産:18,475,520円】

【収入(溶接機修理):30,000円】

【支出(2台目パーツ・ECCメモリ・UPS・耐震マット他):405,520円】

【現在の資産:18,100,000円】


【第15話:完】


「人をつくる、仕事を教える、そのことがすべての仕事の根本であらねばならぬ。」

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