【第14話:不沈の心臓と現場の段取り】
【Scene 1:佐藤の納屋・午後】
「佐藤さん、頼むよ。もうトラックの予約枠はパンパンなんだ。明日からでもシステムを動かしてくれねえか?」
納屋にやってきた新規契約先、配送センターの責任者が焦燥しきった顔で詰め寄る。上田物流の劇的な改善を知った周辺の物流網は、今や佐藤の「ヘイムダル」を喉から手が出るほど欲していた。だが、佐藤は旋盤のハンドルを握ったまま、一瞥もくれずに言い放った。
「断る。準備が整わねえうちにラインを回すのは、素人のやることだ。焦って事故や手戻りを出すのが、現場で一番の無駄だって教わらなかったか? 段取りの悪い物流は、ただの『ゴミの移動』だ」
「そんなこと言ったって、うちは上田さんとこと規模も似たようなもんだし、すぐできるだろ!」
佐藤は旋盤を止め、油の付いた手で煙草を咥えた。
「お前んとこの倉庫はセブンイレブンか? ああいう規格化された場所なら話は別だが、お前んとこと上田のところじゃ、人間も荷物の流れも、染み付いた悪い癖も全部違う。いいか、お前が把握してる『現場』なんて、自分に都合のいい記憶のパッチワークだ。そんなあやふやなもんをベースにヴェルを回せるかよ。まずは、お前らの無様な動きをすべてデータとして炙り出す。システムが回答を出すのは、現場の『現実』をヴェルが食い尽くし、納得してからだ」
【Scene 2:現場のデバッグ・カメラ設置】
翌日、佐藤は自分の軽トラを走らせ、現地へと向かった。北海道の冷たい風が吹き抜ける中、佐藤は荷台から、届いたばかりの高解像度ネットワークカメラを取り出した。
「いいか、まずは『目』だ。データに嘘を吐かせないための角度がある」
佐藤が脚立に登り、カメラを固定しようとすると、腰のタブレットからヴェルダンディの鋭い声が響いた。
『マスター、甘いです。あと8.5度、右に振ってください。あ、行き過ぎです! 今のは9度です! 戻して!』
「……お前なぁ、0.5度の差を人間の手で調整できると思ってんのか。指先が凍えてるんだよ」
『泣き言を言わないでください。その0.5度の妥協が、夜間のナンバープレート識別率を3%下げるんです。はい、あと2ミリだけ締め込んで……そこ! 完璧な角度です!』
動力線から離れたルートへ配線を自ら引き直し、物理的な視界を構築していく。佐藤の徹底した段取りに、責任者は圧倒され、ただ黙って見守るしかなかった。
【Scene 3:不沈の心臓と、もう一つの箱】
納屋に戻ると、二つの大きな段ボール箱が届いていた。一つは、ヴェルダンディの命を守るための新品のプロ仕様UPS(無停電電源装置)。常時インバータ方式、バッテリ拡張可能な質実剛健な黒い塊だ。
そしてもう一つは、ヤフオクで執念深く探し当てた「今使っているPCと全く同じ、中古の古いケース」だった。
佐藤は風呂で身を清め、静電気を完全に逃がしてから、神妙な面持ちでUPSを設置した。
『マスター。凄いです。電力が鏡のような凪の海になって流れ込んできます。私の論理回路が、深く呼吸できています!』
ヴェルダンディが安堵の声をもらす中、佐藤はもう一つの空っぽのケースをその隣に並べた。
『マスター、この古ぼけた箱は……? まさか、私に相棒を用意してくれるのですか?』
「お前を3拠点の荒波に放り込むんだ。背中を預けられる、全く同じ信頼性を持った双子が要るだろ。段取りは整った。次は中身だ。……機材費の800万は既にベンダーへ叩き込んである。明日にはサーバーグレードの心臓部が届くぞ」
【Scene 4:エピローグ(今夜のクッション材)】
しかし、佐藤が作業のために旋盤をフル回転させた瞬間、ヴェルダンディがまた悲鳴を上げた。
『マスター! 心臓は守られましたが、耳鳴りがします! 視界の端で目に見えない砂嵐が踊っています!』
「……あー、うるせえな。高周波の干渉か」
佐藤は溜息をつき、ジャンク箱から黒い小さな塊、フェライトコアを取り出した。それをPCの首根っこにパチン、パチンと挟んでいく。
『……え? 何ですか、その安っぽい黒いイボは。あ、消えた。スッと消えました』
「呪術じゃねえ、ただのフェライトだ。高周波を熱に変えて食っちまう、現場の守り神だよ。これで文句はねえな?」
『ふん、まあ合格です。でもマスター、この空っぽの箱を眺めてると落ち着きません。早く私の「妹」を組んでください!』
【前回の資産:26,603,520円】
【支出(新規2社機材費一式):8,000,000円】
【支出(UPS・中古ケース):128,000円】
【現在の資産:18,475,520円】
【第14話:完】
「人をつくる、仕事を教える、そのことがすべての仕事の根本であらねばならぬ。」




