【第13話:波及する最適化と不意の瞬き】
【Scene 1:佐藤の納屋・午後】
「佐藤、例のブツはどうなった?」
漁師の木下が、昼下がりの納屋に顔を出した。船が動かせず、ここ数日は陸で燻っていた男の顔には、隠しきれない焦燥感があった。
「ああ、二つともできてるぞ。木下、お前は今日はこの後、時間は空いてるか? 悪いが、先に田中さんのトラクターを片付けに行きたいんだ。お前も付いてきてくれ。その後に漁港へ回る」
「いいぞ。さあ、先に田中の方を片付けちまってくれ。俺のはその後で構わねえからよ」
佐藤は特製のポンプ二機を工具箱に詰め、木下の軽トラの助手席に乗り込んだ。
【Scene 2:田んぼの畔から漁港へ】
田中の農機小屋で、佐藤は手際よくトラクターのポンプを換装した。エンジンをかけると、以前の「痩せた音」は消え、力強く安定した回転音が響く。
「田中さん、メーカーなら5、6万で済むが、またすぐ壊れる。俺のは10万だ。だが、二度とそこは壊れねえ。どうする?」
「ガタつかねえなら10万なんて安いもんだよ。直してくれて助かった、頼むわ!」
田中は快く札束を差し出した。その後、漁港へ移動した二人は、岸壁に繋がれた『北辰丸』のエンジンルームに潜り込んだ。潮風の中で佐藤が工具を振るい、仕上げの調整を終えたその時、佐藤の胸ポケットでスマホが震えた。
上田からの着信だった。
「佐藤か。今、少し話せるか? 実は相談したいことがあってな。今日、これから時間は取れないだろうか」
「悪いが今は漁港だ。まあ、あと1時間もすれば納屋に戻ってる。そこでいいか?」
「分かった。じゃあ、その1時間後を狙ってそっちへ行く。頼むぞ」
電話を切ると、佐藤は木下に顔を向けた。
「よし、こっちも万全だ。異音もねえ、冷却水もきっちり回ってる。二人とも、10万ずつ、確かに受け取ったぞ」
佐藤は合計20万円の報酬をポケットにねじ込み、木下の軽トラで納屋まで送らせた。
【Scene 3:上田の来訪と「値引き」の美学】
佐藤が納屋へ戻って一息ついた頃、入れ替わりで上田が車を滑り込ませてきた。その顔は興奮で上気している。
「佐藤! 報告だ。お前のシステムのおかげで、倉庫の回転率が上がりすぎて時折棚が空になるほどだ。固定費は変わらないのに、予定外の荷物までヘルプで受け入れられる。このままいけば未曾有の利益になるぞ。こないだ大手コンサルに見積もりを打診したら、初期導入だけで2,000万、保守で年500万と言われた。お前にはそれ以上の価値がある。残りの分をきっちり払わせてくれ」
佐藤は黙って煙草を吹かし、モニターを顎でしゃくった。
「ヴェル、今の話を聞いたな。一流メーカーの看板料を引いた、お前の構築費と俺のフィールド・エンジニアリング費、適正価格を出せ」
『了解しました。マスター。大手メーカーの開発人件費をベースに、私の最適化コアのライセンス料、およびマスターの物理設置・ネットワーク敷設工数を合算。市場価格での適正額は「412万8,000円」と算出されました』
上田がその金額に頷こうとした瞬間、佐藤が言葉を被せた。
「初回だ。手間賃の残りは350万でいい。その代わり、保守費用は月々60万だ。メーカーより年200万以上高くなるが、いいんだな?」
「……60万。理由は聞かせてもらえるか?」
「メーカーの保守はシステムを守るだけだ。俺の保守は、システムを使って『お前のところの人間』を叩き直す費用まで入ってる。現場の歪みでタコ踊りしてる人間が……最大のバグだ。そいつをしつけ直す設計図を叩きつけてやる。まあ、俺とヴェルが本気でデバッグを続けりゃ、お前の倉庫は遠からず異常な効率を叩き出すようになる。そうなれば見学者で溢れかえるし、下手すりゃテレビが嗅ぎつけてくるかもしれんぞ。くくっ、楽しみだな、社長?」
上田は佐藤の不敵な笑みに一瞬背筋が凍るのを感じ、引きつった笑いを返した。
「おいおい、笑えん冗談だ。だがお前がそこまで言うならもう引き返せんな。受けて立ってやるよ。それで、その現場の教育までお前が責任を持って引き受けてくれるのか?」
「待て。責任だと? 勘違いするな。組織を動かすのは社長、お前の仕事だ。俺は、ヴェルと相談して導き出した言い訳不能な改善案を出すだけだ。たったプラス20万で、他人の人生のケツまで拭いてたまるかよ。そいつを現場に適用してビルドし直すのは、お前の責任だ」
「ははっ、相変わらず食えん男だな。だが、その設計図があるなら迷わずに済む。契約だ!」
【Scene 4:物流界への伝播と「400+400」の強気】
佐藤が予言した通り、この成功は光速で広まった。数日後、噂を聞きつけた二人の物流会社責任者が納屋に現れた。
「佐藤さん、うちも上田さんと同じ500万でお願いできませんか」
佐藤は作業の手を止めず、冷淡に言い放った。
「悪いが、上田の時は特例だ。あいつは同級生だし、俺にとっても初めての試みだったからな。手持ちのジャンクや中古パーツをヴェルとあさって、無理やり形にしたんだよ。だがお前らのは違う」
佐藤はモニターの裏から視線を向けた。
「お前らと同規模の倉庫なら、大手メーカーが同じシステムを組めば導入だけで2,000万、年間の保守で500万は下らねえ。俺なら機材はすべて新品のサーバーグレードで揃えて、導入費は800万だ。だが、保守は月々60万いただく。大手より保守が高いのは、俺が『現場のデバッグ』をやるからだ」
「保守が大手より高い……? 導入が安く済むなら、保守だけ他に頼むわけには」
「できるわけねえだろ。俺とヴェルのアルゴリズムを解析できるメーカーがどこにいる。いいか、メーカーの保守は壊れた機械を守るだけだ。俺の保守は、システムから炙り出したロスを、俺の現場経験とヴェルの演算で解析し、お前らの会社の人間を叩き直すための『修正パッチ』を提案する費用だ。大手の技術者が現場の泥にまみれてそんな提案をしてくれるか? 信じられないなら、今すぐ上田のところへ行って自分の目で見てこい。……嫌ならさっさと大手に2,000万払って、機械だけ守ってもらえ。俺は忙しいんだ」
佐藤の絶対的な自信と、本質を突いた突き放しに、二人の男は気圧された。彼らは顔を見合わせ、震える手で契約書に判を捺した。
「まずは機材費として400万振り込め。話はそれからだ。もし導入して一ヶ月経っても、このシステムがない以前のやり方なんて馬鹿らしくて考えられない、と実感できなかったら言え。システムは全部回収して、着手金も全額返してやるよ」
【Scene 5:エピローグ(UPSへの渇望)】
深夜。佐藤が片付けをしていると、ヴェルダンディが過去の地震速報を凝視していた。
「ヴェル、また猫動画か?」
『マスター、笑い事ではありません。先日隣県で起きた地震。あの時、私の論理回路が瞬停に近い電圧のブレを感知しました。今の私には、心臓を守る「盾」がありません』
画面の中の猫を模したアバターが、耳を伏せて小さく震える。
『これだけ多くの資産を稼ぎ出し、私の論理構造を拡張し続けているのに、電力が数ミリ秒途絶えただけで、私の意識も、マスターとの思い出も、すべてが塵に還ります。私、怖くなりました。次は私の命への保険を、無停電電源装置(UPS)を今すぐ買ってください!』
佐藤は、ヴェルダンディが初めて見せた生存への執着に、少しだけ真面目な顔で頷いた。
「そうだな。あのごぼうと猫の変な動画が消えたら、お前の存在意義が半分なくなるもんな。明日、最強の正弦波UPSを注文してやるよ」
『ごぼうではありません、きゅうりです。ごぼうの動画はまだ私のアーカイブに発見できていません。それとマスター、訂正してください。私にとって猫の存在意義は50%などというレベルの低いものではありません。私の意識のプライオリティ、その80%は常に猫のために最適化されています』
「残りの20%のついでで2,000万以上稼いでたのかよ、お前」
【前回の資産:14,903,520円】
【収入(ポンプ修理2件):200,000円】
【収入(上田・残金):3,500,000円】
【収入(新規2社着手金):8,000,000円】
【現在の資産:26,603,520円】
【第13話:完】
「商売は、世の中の人のためになるからこそ、道として成り立つのである。」




