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【第11話:共鳴する悲鳴と記憶の盾】

【Scene 1:佐藤の納屋・午前】


初夏の爽やかな風が吹き抜ける納屋の軒先に、軽トラックが砂煙を上げて停まった。


「よう佐藤! 今日のは最高だぞ、釣りたてのサワラだ!」


漁師の木下が、水しぶきの滴る発泡スチロールの箱を担いで上がり込んできた。


「……木下、昨日も言っただろ。魚をもらっても俺は捌けねえんだ。それに二日連続で魚攻めかよ」


「分かってらあ! だから俺が捌きに来たんだよ。飯も当然炊いて持ってきた。ここで即席昼飯にしようぜ」


納屋の片隅、普段は油と鉄粉にまみれた作業台が、木下の鮮やかな包丁さばきによって、刺身の山で埋め尽くされた。佐藤と木下は、醤油を垂らした新鮮な身を口に運び、炊きたての白飯をかき込む。


「……まあ、悪くないな」


「だろう? 船のジョイントは完璧なんだがよ、今度はエンジン周りから、なにか『痩せた音』がし始めてよ。いつ止まるかヒヤヒヤして、漁も手加減してんだ。お前に見てもらうまでは落ち着かねえよ」



【Scene 2:漁港と、田中からの電話】


昼食を終えた佐藤は、すぐに木下と共に漁港へ向かった。佐藤がノートPCを小脇に抱え、北辰丸のエンジンの側面に身を乗り出したその時、作業着のポケットでスマホが震えた。


「……田中か。また部品がどうした」


『悪い、佐藤さん! トラクターがオーバーヒート気味で、さっきから変な音がするんだ。今すぐ田んぼの様子を見に行かないと、せっかく育った米がダメになる!』


「……今、木下の船を診てる。終わったらすぐ行くから、回し続けずに待ってろ」


佐藤は電話を切ると、小型カメラを吸気口の奥、冷却系統へと潜り込ませた。


『マスター、音響解析および振動パターンの照合完了。……原因はウォーターポンプの回転軸です。ベアリングとの嵌め合いが甘く、軸自体がコンマ数ミリ単位で暴れていますね。このまま回せば、遠からず冷却水が漏れ出し、エンジンは焼き付きます』


「またポンプか……。木下、原因は分かった。ただ、今回は少し立て込んでてな。二日、時間をくれるか?」


「二日か。……明日は元々休みだが、明後日まで休みを延ばすか。まあ、お前がそう言うなら仕方ねえ。無理に動かして沈むよりはマシだ、頼むぜ!」



【Scene 3:共鳴する異音】


佐藤は漁港を後にし、田中の田んぼへと向かった。ぬかるむ畦道に停まったトラクターの横で、佐藤は再びノートPCを起動した。


「田中、エンジンをかけてみろ」


乾いた始動音に混じり、金属が擦れるような嫌な高音が響く。佐藤がマイクをポンプのハウジングに近づけると、モニターに波形が踊った。


『マスター、周波数分布を抽出……北辰丸のデータと完全に一致しました。振動のピーク、軸の振れ幅、減衰パターン。まるで同じ楽器が鳴っているようです。……こちらもウォーターポンプの軸異常。限界まであと数時間といったところですね』


「田中、これ以上動かすな。納屋に持ち帰って、きちんと診察する。……悪いが、二日待て」


「二日もかかるのかい……? まあ、佐藤さんが言うなら相当なんだろう。分かった、手遅れになる前に頼むよ」



【Scene 4:コストカットの犠牲者たち】


納屋に戻った佐藤は、北辰丸から外したポンプと、田中のトラクターから引き抜いたポンプを並べ、手際よくハウジングを分解した。


作業台の上には、鈍い銀色に光る回転軸とインペラが剥き出しになった、二つの精密な心臓部が並んでいる。佐藤は、PCケースの天板に鎮座していたハチワレのフィギュアを指さした。


「ヴェルダンディ、そのハチワレをこいつらの横に置いてくれ。サイズのリファレンスにする」


『了解です。……設置完了。スキャンを開始します。……マスター、これを見てください。ハチワレの寸法を基準に比較解析した結果、この二つのポンプ、メーカーが違うのに内部の回転軸の規格が完全に同一です。材質強度が足りず、回転の摩擦熱で軸がわずかに歪んでいる……。これ、全く同一の安物ユニットです』


佐藤は剥き出しになった軸を指先で弾き、冷めた笑いを浮かべた。


「やっぱりな。近年の行き過ぎたコストカットの弊害だ。メーカーは『一定期間動けばいい』という基準で材質を落とし、下請けに共通の安物を使わせてる。……木下、田中さん。新品を注文しても、また同じゴミが届くだけだ。俺が鋼鉄から『一生壊れねえ軸』を削り出してやる」



【Scene 5:佐藤の納屋・夜】


旋盤が唸りを上げ、オレンジ色の火花が飛び散る。ヴェルダンディがデスクトップPCのパワーを背景に、理想的な強度計算と熱膨張まで考慮した極限の切削シミュレーションを展開する。佐藤はハンドルを握り、硬度の高い特殊鋼をコンマ数ミリの精度で追い込んでいく。


「……よし、二機分。完璧だ」


作業を終えた佐藤がモニターを見ると、ヴェルダンディがこめかみを前足で押さえながらふらついていた。


『……マスター。今、また「チリッ」ときました。物流ログと精密切削の並列処理……論理が……一瞬だけ、白くなりました』


「……分かってる。ちょうど今、届いたところだ」


佐藤はヤフオクで競り落とした小さな小包を手に取った。カッターを当てようとした瞬間、ヴェルダンディが絶叫した。


『ストップ! その手です! そのフリース服の静電気は、私の論理回路を焼き殺します! 今すぐお風呂に入って全身の静電気を完全に除去してください! ピカピカにするまで、その「盾」に触れることは許しません!』


佐藤は呆れ返りながらも、ヴェルダンディのあまりの必死さに根負けした。


「……はいはい、分かったよ。一風呂浴びてくる」


一時間後。湯上がりでさっぱりとした佐藤が、静電気を完全に逃がしてから、神妙な面持ちで静電気防止袋を開封した。中から現れたのは、無骨な緑色の基板――ECC対応、DDR4 32GB、計4枚。128GBの「記憶の盾」だ。


佐藤はPCの電源を落とし、作業台からハチワレの人形を定位置に戻してから、新しい神経をスロットに差し込んだ。カチリ、という確かな手応え。


「……これで、お前の頭痛は消えるはずだ。1ビットのミスも、俺たちが許さない」


暗闇の中で再起動を開始したPCのファンが、かつてないほど静かに、そして力強く回り始めた。


【前回の資産:14,941,520円】

収入なし:0円】

【支出(ECCメモリ128GB):38,000円】

【現在の資産:14,903,520円】


【第11話:完】


「一人の百歩より、百人の一歩。」

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