【第10話:潮風の刺身と静かなるノイズ】
【Scene 1:佐藤の納屋・午前】
納屋の入り口に、一台の軽トラックが豪快なブレーキ音とともに停まった。「よう、佐藤! 居るか!」 漁師の木下だ。荷台から水しぶきを上げた発泡スチロールの箱を抱え、土足で上がり込んできた。
「ほら、今朝あがったばかりのタイとアジだ。ジョイントのお礼に、一番いいやつを持ってきたぞ!」
「……木下。言っただろ、魚をもらっても俺は捌けねえんだ。ジャガイモなら山ほどあるがな」
佐藤が呆れた顔をすると、木下はニヤリと笑って自前の出刃包丁を取り出した。「分かってらあ! だから俺が捌きに来たんだよ。飯も炊いて持ってきた。早めの昼飯にしようぜ」
納屋の片隅、普段は油にまみれた作業台が、あっという間に豪華な造り身で埋め尽くされた。佐藤と木下は、醤油を垂らした新鮮な刺身を口に運び、炊きたての飯をかき込む。
「……まあ、悪くないな」
「だろう? 船が絶好調だから、魚の味も格別よ」
【Scene 2:上田からの電話と「三択」の更新】
木下が満足げに帰った後、静寂を破ったのは上田からの電話だった。
「佐藤、さっきのベテランの奴が仲間に自慢して回ったらしくてな……『俺も承認の手間を省きたい』って奴らが続々と出てきた。どうにかならねえか?」
佐藤は受話器を肩で挟みながら、キーボードを叩いた。
「……想定内だ。ヴェル、承認システムに永続フラグを追加しろ。今後はSMSに3つの選択肢を持たせる」
『了解です、マスター。……【1.拒否】【2.今回のみ承認】【3.永続的に承認】。これでどうでしょう。3を選んだ方は、今後はヘイムダルの地図上で「味方識別」として常時表示されます。……まるで軍事衛星の管理画面みたいになってきましたね』
「現場の人間は、一度メリットを感じればとことんまで使い倒す。……上田、今すぐ全員に再送した。好きなのを選ばせろ」
【Scene 3:公私混同の境界線】
PCのモニターの中だけは、相変わらず騒がしい。
『マスター、見てください! この動画、お掃除ロボットに乗った猫が、まるで戦車を操縦するように部屋を横断しています。この堂々たる風格……たまらないアーカイブですよ!』
画面上では、ヴェルダンディが世界中の「ルンバに乗る猫」の映像を巡回し、次々とローカルのNASへ保存していた。
「……お前、ヘイムダルの監視の裏で、そんなことばっかりやってんのか」
『情報の多様性確保はAIの義務です。……あ、マスター。上田様の倉庫にあるバックアップ用のサーバー、昼間はリソースが余っていますよね? 私の動画エンコード用に少し回しても……』
「馬鹿言え。アクセスはできるが、あそこはお客さんのシステムだ。お前の個人的な趣味に利用するのは許さねえぞ。公私混同すんな」
『……ちぇっ、ケチですね。ほんの数パーセントの演算能力ですよ?』
「ダメなものはダメだ。……まあ、システムのデバッグや、本当にリソースが足りねえ最悪の事態なら考えるが、猫動画は論外だ」
【Scene 4:佐藤の納屋・深夜】
夜も深まり、佐藤がそろそろ寝支度を始めようとした時、モニターの中の猫アイコンがふと動きを止めた。
『……マスター』
「なんだ、また変な動画か?」
『いえ……。今、先ほどの動画をインデックス化していたのですが、論理回路の端っこで、ほんの、本当にかすかなのですが……また「チリッ」という感覚がありました。……前回よりはマシですが、やはり時々、何かがノイズとして混じっているような気がします』
ヴェルダンディは首をかしげ、自分の思考ログを再確認している。
「……そうか。まあ、無理はすんな。近いうちになんとかしてやるから」
佐藤は画面を閉じ、暗闇の中でヤフオクの自動入札を設定した。資産と、最強のAI。その安定性を守るための「最後のピース」を、佐藤は静かに待ち続けていた。
【前回の資産:14,941,520円】
【収入:0円】
【支出:0円】
【現在の資産:14,941,520円】
【第10話:完】
「自分にはできる、自分にはできる、と自分に言い聞かせることが大切だ。」




