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【第1話:鉄の眠る場所(デバッグの始まり)】

【Scene 1:東京・ソパナ・テック本社】


佐藤にとって、その日は人生で最も長い一日となった。一度目は午前、役員会議室。


「佐藤君、この修理プランは却下だ。今の時代、壊れたら買い替えさせるのが正義なんだ」


と、心血注いだ延命設計図をシュレッダーにかけられた。


二度目の屈辱。現場のラインで剥がれかけたテープを貼り直す佐藤を、次長が鼻で笑った。


「そんな『誰でもできる雑用』に時間を使わないでくれ。もっと数字に直結する仕事をしろよ」


三度目。後輩の設計ミスを指摘した佐藤に対し、マネージャーが冷笑した。


「適当に作って、適当に売れればいいんです。職人気質は時代遅れなんですよ」


四度目、退社間際。信頼していた部下が、佐藤の設計データをコストカット版として勝手に改ざんし、上司に提出していた。


「すみません佐藤さん、僕も家庭があるんで。あなたの正論に付き合ってたら、出世コースから外されるんです」


そして五度目、静まり返った給湯室。かつての同期たちの声が漏れ聞こえた。


「石橋を叩いて渡らないのが一番なんだよ。叩くだけ叩いて『渡れません』って上に報告して、理由は部下のせいにしとけばいいんだからな。……あいつも、いつまでも真面目にやってバカだよな」


佐藤は無言でデスクを片付け、私物のノートPCをカバンに詰めると、社章を机の真ん中に置いた。


「あんたたちが作ってるのは機械じゃねえ、ゴミの予備軍だ」



【Scene 2:北海道・実家の古い納屋】


一ヶ月後。佐藤は北海道の原野に立つ、亡き祖父の納屋にいた。そこには1982年製の大隈鉄工所製・汎用旋盤が眠っていた。


「いい鉄を使ってやがる」


佐藤がノートPCを旋盤の横に置くと、ウィンドウが開いた。画面内では、背後に積まれた鉄の山を瞬時にスキャンするグリッドが走る。


『マスター。背後の資材山、画像解析と表面反射率から組成を特定しました。ニッケルクロムモリブデン鋼が約3.2トン、超低膨張鋳鉄が約1.8トン。50年以上経過し、残留応力が完全に抜けたこの「枯れた鉄」の現在の市場価値は、1億7,000万円になります。今すぐ売却すれば、一生遊んで暮らせますよ』


「1億7,000万か。だが、売っちまったらつまんねえな。今の時代、これだけ不純物のない、枯れ切った鉄はなかなか手に入らねえ。これがあれば、どんなゴミに成り下がった機械でも、最新鋭機を超える精度に叩き直せる。……俺のデバッグの『種』を、金なんかに替えてたまるか」


『ふん、呆れた職人気質ですね。……ですがマスター、この納屋を見渡す限り、まともな機械はこの老兵(旋盤)しかありません。そしてこの旋盤、回転数が歯車固定の旧世代機ですね。私の演算能力を持て余しています』


ヴェルが画面の中で、佐藤を試すように見つめた。佐藤は棚の奥から、祖父が遺したデッドストックの汎用インバーターを引っ張り出した。


『提案です。そのインバーターとお持ちのUSB変換プラグで私をこの旋盤に繋いでください。私が駆動系を直接制御すれば、あなたが作る製品の精度を異次元のレベルまで高めてみせますよ』


「俺に『存在価値を認めろ』ってか。……面白い、やってやるよ」


佐藤は手際よく配線を繋ぎ込み、ノートPCと旋盤を一つのシステムへと統合した。


「よし、テストだ。……ヴェル、指先で鳴らすための『おもちゃ』を一個作ってみるぞ。設計図は俺の頭の中だ」


佐藤が旋盤のハンドルを握り、ヴェルがインバーターを介して回転数を1rpm単位で可変させる。刃物が鋼を削る「キィィィン」という高く澄んだ音が納屋に響き、瞬く間に二つの金属パーツが削り出された。佐藤がそれを組み付け、親指でスライドさせた瞬間。


――カチッ。


「……何だ、この感触は。磁石の吸着面も、スライドの抵抗も……ありえねえ。会社にあった最新の5軸加工機でも、こんな『吸い付くような音』は出せなかったぞ」


佐藤は驚愕し、削り出されたフィジェット・クリッカーを何度も鳴らした。


『ふふん、当然です。マスターの腕と、私の「コンマ01秒ごとの回転数補正」が噛み合えば、物理法則の限界まで精度を追い込めます。……ドヤ顔をしてもよろしいでしょうか?』


直後、古いノートPCの液晶にドットの粗い「猫のアイコン」が表示された。限られたリソースで生成された数パターンの表情。その中の一つ、鼻を高く突き出した不遜な「ドヤ顔」の猫が、画面上でカクカクと誇らしげに揺れている。


「……。認めよう、ヴェル。お前はただの計算機じゃねえな」


佐藤が微かに口角を上げたその時、スマホが震えた。同級生の田中からの着信だ。


「……おう、田中か。佐藤だ。ああ、実はこっちに戻ってきたんだ」


『佐藤か! 久しぶりだな! ……いや、実は今それどころじゃなくてな。畑の真ん中でトラクターが死んじまったんだ。メーカーには買い替えを勧められたが、そんな金はねえ。佐藤、お前は設計・製造のプロだったろ。ダメ元で聞くが、一度見てもらえないか?』


「悪いが、俺はトラクターを作ってたわけじゃねえ。……畑の機械なんて門外漢だぞ」


『マスター。私がUSBカメラの映像から内部構造をスキャンし、ローカルの物理モデルと照合すれば、根本原因を特定できる可能性があります。外部診断の余地は十分にありますよ』


「わかった、田中。とりあえず今から見に行くわ。場所を教えてくれ」


【Scene 3:田んぼの中央・不動のトラクター】


泥にまみれた巨大な老兵の前に、佐藤は立った。


「ヴェル、こいつを診ろ」


佐藤がノートPCから伸びるUSBカメラを、エンジンルームの奥深くへと向けた。画面内では、ネットに繋がらないヴェルの孤独な演算プロセスが、金属の疲労箇所を浮き彫りにしていく。


『マスター、原因特定。燃料噴射ポンプ内のガバナ・リンクが折損しています。他にも寿命が近い箇所が複数検知されますが、まずは目下の「バグ」を除去しましょう。材質はクロムモリブデン鋼を推奨。純正の1.5倍の強度を持たせます』


佐藤はノートPCを閉じ、傍らで祈るように待つ田中を見据えた。


「田中、いいか。……俺はボランティアで戻ってきたわけじゃない。タダではできんぞ」


『あ、ああ! 当たり前だ! 金なら払う、だから頼む、直してくれ!』


【Scene 4:納屋・切削】


納屋に戻ると、佐藤は即座に大隈のハンドルを握った。


「ヴェル、主軸の振れを同期しろ。コンマ02のガタを、お前の演算で相殺するぞ」


『了解。私がインバーターの周波数を直接操作します……。回転数を15rpmダウン。今です、共振が消えました!』


「捏造された誇りでも、本物の品質が生めればそれでいい」


バイトが鋼材を叩き、オレンジ色の火花が飛び散る。最新鋭機を凌駕する「究極のパーツ」が数時間で完成した。


【Scene 5:畑・復旧】


再び田中の畑に戻り、佐藤は手際よく部品を組み込んだ。佐藤がキーを回すと、老兵のエンジンが以前よりも力強い咆哮を上げた。


「おい佐藤、音が全然違うぞ! 振動もねえし、新車以上だ!」


「適正な噴射量に補正されただけだ。今までがバグだらけだったんだよ。田中、手間賃込みで20万だ。今度会った時でいい。だが他にもガタは来てるぞ。覚悟しとけ」


「ああ、助かるよ! 佐藤、お前は俺の救世主だ!」


歓喜する田中の傍らで、飼い猫がエンジンの心地よい振動に驚き、雪の中に垂直にダイブして突き刺さった。


【Scene 6:エピローグ・収支報告】


帰ってきて、佐藤はウエスで手を拭き、ノートPCを開いた。画面には、雪に突き刺さった猫の静止画が表示されている。


『マスター、見てください! 猫のポテンシャルは計り知れませんね。ついでに、マスターの銀行口座にこれまでのログを同期しておきました』


「お前、仕事のついでに何撮ってんだ。呆れた計算機だな」


佐藤は清潔になった指で、そっとPCを閉じた。一介の職人と、カクカク動く猫のAI。日本の産業をデバッグする旅が、ここから始まった。



■ 第1話:収支報告および資産状況


今回の変動額

修理報酬(田中・予定額):+200,000円


資産状況

個人資産(佐藤):14,700,000円

(※内訳:普通預金 12,000,000円 + 退職金 2,500,000円 + 修理報酬 200,000円)


【現在の資産:14,700,000円】


【第1話:完】

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