表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/26

番外編 シャーロットの誤算

シャーロット・リヒターは、美しい少女だった。

輝く金髪に、ぱっちりとした大きな瞳、薔薇色に染まった頬。ひとたび彼女が笑えば、周囲の空気がぱっと華やいだ。


赤ん坊のころから、彼女はひときわ愛らしかった。まだ言葉もおぼつかないうちから、その顔立ちは将来の美貌を予感させ、訪れる者は決まって「まあ、なんて可愛らしい子供なのかしら」と目を細めた。


両親は彼女の一挙一動に頬を緩めて、多少のわがままも「仕方のない子ね」と笑って許した。兄は妹を守ることを使命のように感じ、先回りして世話を焼いた。彼女が望めば、誰かがすぐに手を差し伸べる。望まなくとも、与えられた。


気づけば家の中は、自然とシャーロットを中心に回るようになる。

彼女が笑えば空気は和み、拗ねれば皆が気を揉む。それが当たり前の日常だった。


誰も疑問に思わなかった。

こんなにも美しく、愛らしいのだから、大切にされて当然だと。欲しいと思えば、なんでも与えられるのが当たり前なのだと。


そしてシャーロット自身も、それを疑わずに育った。

そのすぐ傍らで、同じ家に生まれたもう一人の少女が静かに取り残されていても――それすら当然のこととして、疑問にすら思わなかった。


その少女、姉であるソフィアに婚約者がいると知ったとき、シャーロットはまず驚き、そしてすぐに胸がざわめいた。

剣術にも学問にも秀で、若くして才名を馳せる人物。令嬢たちのあいだでは知らぬ者のいない、憧れの存在だという。


……ふぅん。そんな方と、お姉さまが?


シャーロットはソフィアに、婚約者に会わせてほしいとねだった。

けれど姉は理由をつけてはかわし、なかなか首を縦に振らない。それがかえって、シャーロットの興味を煽った。


そして、ようやくエリックと対面したその日。

なるほど、とシャーロットは心の中で頷いた。ソフィアがなかなか会わせてくれなかった理由が、ひと目で理解できたからだ。

噂に違わぬ、どこか甘さを帯びた顔立ちを目にした瞬間、シャーロットは一目で気に入った。


ああ、この人が欲しい!


そう思うのは自然なことだった。

美しい自分に相応しい相手だし、それが姉の婚約者であっても、何の障害にもならない。なぜなら、いつだって優先されてきたのはソフィアではなく、シャーロット自身だったのだから。

それに、なにより……これまで出会った誰もがそうであったように、エリックもまた、自分に惹かれないはずがない。シャーロットは、疑いようもなくそう確信していた。


そして思った通り、エリックはシャーロットを可愛がった。

初対面のぎこちなさがほどけると、彼は柔らかな笑みを向け、喜ばせる言葉を選んで話しかけてくる。


「シャーリーは可愛らしいね」

「笑顔が素敵だ」


何気ない言葉のひとつひとつが、胸をくすぐる。

そのたびにシャーロットは、ほとんど無意識のうちに、姉のほうをちらりと見やった。


ソフィアは微笑んでいた。

エリックとシャーロットのやり取りを、言葉少なに見守るばかりで、会話にけれど、その笑みはどこか不自然で、張り付いたように硬い。わずかに揺れる視線が、胸の内を雄弁に語っていた。


その下手くそな笑みを目にした瞬間、シャーロットの胸に、甘い感情が満ちていった。

――自分は愛されている。ソフィアよりも、シャーロットのほうが選ばれているのだと。


やがて王命により、辺境伯のもとへ嫁がねばならないという話が持ち上がったが、その役目を負ったのはシャーロットではなかった。

自分の代わりに、姉のソフィアが嫁ぐことになり――

エリックの妻となったのは、シャーロットだった。


すべては、あるべき場所へ収まり、ハッピーエンドを迎えたのだ。


――そう、思っていたのに。


あれほど優しかったエリックは、婚約者になった途端、まるで別人のようだった。

以前のようにリヒター家に訪ねてくることはなく、こちらから足を運んでも、どこか素っ気ない。

笑顔は向けてくれる。言葉も丁寧だ。

けれど、そこにあったはずの熱が、きれいに失われていた。


どうして――?


シャーロットは胸の奥がひりつくのを感じながら、何度も問いかける。

自分から笑いかけ、話題を振り、距離を縮めようとしても、彼はそれ以上踏み込んでこない。


あんなに、自分を見ていたのに。

あんなに、可愛いと言ってくれたのに。


「……シャーリーが、好きだったのではないの?」


答えのない言葉が、喉の奥でかすれて消える。


胸の内がざわついた。

理由もなく、不吉な予感だけが膨らんでいく。

そんな折、エリックが辺境へ出掛けたと聞いた瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

今さら、ソフィアに会って――どうしようというのか。


辺境から帰還したエリックを訪ねても、彼が姿を見せることはなかった。


「……どうして。どうして……」


それでもシャーロットは、諦めきれずに何度も屋敷へ足を運んだ。

ようやくエリックが姿を現しても、彼は顔色が悪く、視線を合わせようとしなかった。


「……申し訳ないけど、今は君と会う気分じゃないんだ」


穏やかな口調とは裏腹に、はっきりとした拒絶があった。

シャーロットは思わず声を荒げる。


「どうして! シャーリーは婚約者なのよ! どうして、会ってくれないの!」


エリックは答えない。

沈黙が、何よりも残酷だった。


「エリック様は、シャーリーを好きなのでしょう? ようやく婚約者になれたのよ。どうして、喜んでくれないの……?」


その問いに、エリックは静かに、しかしはっきりと首を振った。


「婚約者になってほしいなんて、言ったことはないよ」


「……え?」


「……一度でも、君を好きだと言ったことはあったかい?」


その一言で、シャーロットの思考は白く弾けた。エリックは自分を愛していると疑いもしなかった。

必死に言葉を探すが、思考はうまくまとまらない。


「で、でも……っ。シャーリーのことを可愛いって、何度も言ってくださったわ……!」


エリックは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ――そして、ぽつりと零した。


「そう言えば……ソフィアが……」


「どうして、そこでお姉さまの名前が出るの……?」


訳が分からない、という顔で見上げるシャーロット。

その表情を見て、エリックはどこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


「そういえば……ソフィアにも好きだと告げたことはなかったな」


「エリック様……?」


「とにかく、今は君と話す気にはなれない。……結婚は君とするから。今日のところは帰ってくれ」


「エリック様!」


淡々と、突き放すように言う。


かつて何の疑いもなく信じていた「選ばれる自分」が、ひび割れ、音を立てて崩れ始めていた。

そして、愛されていることに胡坐をかき、努力を怠ってきた。その報いが、今になって重く響いていた。


侯爵家に嫁ぐということは、ただ名を連ねるだけでは済まされない。侯爵家夫人として相応しい器が求められる。子を育て、家政を切り盛りし、時には夫に代わって領地を管理する責務すら背負うのだ。


彼女はこれまで、碌に学ぼうともせず、礼儀作法も知識も中途半端なままだった。両親はただ甘やかすばかりで、その未熟さを咎めることもなく許してきた。

その代償を、これから払うことになる。想像していた以上の重荷を、彼女は一身に背負わされる事になった。


「こんなに勉強ばかり、したくはないわ!」


机に向かったまま、シャーロットは声を上げる。積み上げられた書物を前に、苛立ちは隠しようもなかった。

そんな彼女の様子を見て、兄は溜息混じりに言う。


「仕方ないだろう。今まで勉強を怠ってきたんだ。その分、今から頑張らなくちゃ」


シャーロットは唇を尖らせる。


「今までは……、勉強しなくたって、許してくれたじゃない……」


「……今まではね」


兄の声は、いつになく硬かった。


「だけど、侯爵家に嫁ぐなら話は別だ。これくらいの知識も身につけられないようでは、我が家の恥になる」


「それじゃあ……気晴らしに、夜会へ行かせて!」


「エリック様と一緒なら構わないが、一人で行くのはだめだ。婚約者以外の男性と踊ろうとするなんて、許されない」


エリックは屋敷に引きこもったまま、相変わらず顔を合わせようとしない。一緒に夜会へ出るなど、到底望めなかった。

それに夜会へ行っても、誰とも踊れないだなんて。そんなの、耐えられるはずがなかった。


「どうして、シャーリーがこんな大変な目に合わなきゃいけないの……」


「……シャーリーが、ソフィアの婚約者だったエリックとの結婚を望んだのだろう? それなら、頑張らないと」


「でも、でも……」


エリックは、自分と釣り合う令息だと思ったのだ。優れた容姿に、文武両道。誰もが憧れる存在。彼と結ばれれば、周囲はきっと羨望の眼差しを向けるだろう。姉の悔しそうな顔も見れると思ったから。


そして、なにより。エリックは自分を愛していると、疑いもしなかった。

可愛いと言ってくれた。優しくしてくれた。だから、大切にされるのだと信じた。


「守られ、甘やかされ、愛される未来が待ってるって……。そう信じてたから、エリック様との結婚を望んだのに――」


シャーロットは「こんな筈じゃなかった」と歯噛みする。

少しずつ神経をすり減らしていく日々。

もし本当に愛されていたのなら、エリックの為に頑張れたかもしれないのに。その婚約者は素っ気ない態度。


姉の婚約者を横取りするような真似などせず、同じ伯爵家や子爵家の、身の丈に合った相手を選んでいれば。ただ甘やかしてくれて、彼女の分まで働いてくれる男を夫にしていれば。以前と変わらず、何も考えず、ただ幸せでいられたのかもしれない。


けれど、その「かもしれない」は、もう戻らない。


明るく華やかな未来が約束されていたはずのシャーロット。

幸福を約束されていたはずの結婚は、皮肉にも破滅への道に変わっていた――。

シャーロットやエリックは、今後幸せな未来を迎えないことを示唆した結末で、このお話は一区切りとなります。

シャーロットもエリックも、結局は自分が一番好きで、自分を好きな相手が好き。ある意味、お似合いの二人だったのかもしれません。


もし本作を面白いと感じていただけましたら、☆マークから評価・お気に入り登録をしていただけると、とても嬉しいです!

よろしくお願いします!


また、需要があれば、シャーロットが辺境を訪れてひと悶着起こすお話を書くかもしれません。

(その場合、別の長編『悪役令嬢のダイエット革命』の二章が終わってからになると思いますが……)


レオナルドの過去についてのお話は、書きあがり次第、掲載させていただく予定です。

改めて――


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
素敵な物語をm(_ _)m ありがとうございました あらためて 。*゜+✧明けましておめでとうございます✧*.✧ 作者様の今年が(。-人-。)より良い1年であります様に♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ