第八節 2026年、賀正
「昨年は大変お世話になりました。水道の蛇口から出てくる水滴を眺めている方が人生の得になるくらいのクソ小説、『松本という漢シリーズ』に目を通してくださった方々へのご芳情に感謝いたします。2026年、本年も宜しくお願い致します」
お正月らしい華やかなスタジオセット を、背景に。女? とおぼしき生命体で中性的な容姿をしており、妖精。お風呂が大好きなイブキが慎ましく振袖を着て、 年の改まりを言葉に乗せ、 深く一礼した。
「誰に向かって言ってるんだ?」
その金屏風のスタジオセットの壁をぶち破って、いつも通りの学ラン姿の松本が登場した。
「あぁぁあああ!! あたいの貯金をはたいて買った金屏風がァアア!?」
「こんなもん買っても、3日間くらいでお役御免になるし、腹の足しにもならんだろ?」
突拍子も無い、そして心無い展開に、心底愕然したイブキだったが、松本はそれでも冷静だった。
「大体、こんな毎年恒例の通過儀礼に鐘を掛けて何になる? オレもお前も、まだアンダー18のパンピーなんだぜ?」
「……!?」
「どうした?」
松本の何気ないワードから、イブキはそれが意味するところを悟り、 決定的な違和感の正体を理解した。それは、知らなければならなかった事実ではない。むしろ、知られてはならず、理解されること自体が破壊を伴う種類の真実だった。
気付いた、と認識した刹那、胸の奥で何かが静かに折れた。世界が変わったわけではない。景色も、音も、昨日と何ひとつ変わらない。それなのに、自分だけが元の場所へ戻れなくなったのが分かった。
考えるな、と理性は叫んでいた。だが思考はすでに答えへ到達している。そこに至る道筋も、その必然性も、あまりにも明瞭だった。
これは偶然ではない。誤解でもない。理解してしまった以上、もう「知らなかった自分」を装うことはできない。
気付いてはいけなかった。
けれど、気付いてしまった。
その事実は、声を上げることもなく、ただ重く、心底に沈み続けている。
そして彼女は悟った。
この真実は、彼女を賢くしたのではない。
ただ、逃げ場を奪っただけなのだ、と。
イブキは、躊躇が表情に浮かんでは消え、やがて覚悟とも諦めともつかぬ気配で口を開いた。
「マツモン……あたい達、学年いくつだっけ……?」
「俺は松本だ……。何を言っているんだ?
俺は
高 校 1 年 生 で、
イブキは
中 学 2 年 生 だ」
イブキは雷土に撃たれ、膝から崩れ落ちた。
(ま る で 成 長 し て い な い … …)
「どうしたイブキ? 何も変わったコトを言ったわけではないぞ?」
一方で松本は、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない、平穏な今を語るほど、相変わらず冷静沈着に言葉を投げかけてきた。堪らずイブキは、積み上げてきた疑問が言葉となって溢れ出た。
「マツモォォン!! あたい達、ずっと中学2年と高校1年を繰り返してはいないかぁ!? 何でだァアア!!!?」
「え? そんなの当たり前だろ」
「ファ?」
松本は、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない、平穏な今を語るほど、相変わらず冷静沈着に言葉を投げかけてき(ry
「だから何でだァアア――――!!!?」
――、
呼吸が上がり、やや汗の掻いたイブキは、肩で息をしている。松本はやれやれと、両手を軽く上げ、手のひらを見せてから目の前の妖精に向けて、疑問に対する回答をおこなう。
「良いか? この、『松本という漢』シリーズは日常系不良小説 という名のなんちゃって学園ものクソライトライトノベル(ライトノベルというにも軽々過ぎるヤツ)だ」
「うん……(ライトライトノベルって何だ……?)」
「そんな、仮にも学園ものというワードを含むギャグ小説もどきだから、サザ〇さん方式に登場人物がほぼ年を取らず、何年も『中学2年の夏』だとか、『高校3年の春』だとかを繰り返していても自然な流れだろうが?」
「……黙れ。メタ発言は止せ」
イブキは目の前の事実を受け入れられずにいた。受け入れたくはなかった。そう、自分は只の造り物の存在、只の文字に過ぎないという事実を――。
「ふー、それだけエッジの効いた返しができてりゃ無問題だな。安心したぜ。俺は年賀状がポストにないか、見てくる」
「あっ……待って……!!」
立ち去ろうとする松本の背を視線で追うことしかできず、踏み出そうとした意思は恐れに呑み込まれて消えた。
――、
「……」
イブキは只正座でその場で固まっていた。5分もしないうちにガチャと、居間のドアノブが動き、松本が姿を現した。
「お前のも、結構来てたぞ。何だその恰好は?」
「う……うるさぁい!!」
イブキはビンタでもかますかの様に、松本から年賀状を奪い去った。それに目を通してみる。
『殺す! お前は今年こそは殺す!!!!』
「ヒェッ……」
イブキは力が抜け、先程奪った年明けの言祝ぎを運ぶ数枚の紙片を、パラパラとフローリングに散らかしてしまった。
「ああ、それは延安からだ。俺へ宛ててのモノだ。気にしなくていい」
「……(一体どう接していたら新年の挨拶がこうなるんだろうか……?)」
イブキの疑問は尽きない。
「おっイブキ宛だ。男子生徒?」
『俺は! お前を許さない!!』
「何か学校でやったんだな、イブキ……。次」
『いぶいぶ、今年もよろしくねー』
「イブキ宛が何通か来てるな……。次……!!」
『まちゅもちょつぁん、今年こちょは懐妊ちまふお。そちてちぇきを入れ……』
松本はライターを持ち出して、その年賀状を焼いた。
(あいつだけには返さないようにしよう)
「ハァッ!!? このパティーンって!!」
瞬間、イブキはすべてを察した。
そう、これは『松本という漢Ⅲ』という18禁クソ小説の『第二節 年の瀬』で描かれた光景と瓜二つの――、
更新されない暦の上に築かれた文明、
明日を持たない日常、
時間の停滞を前提に設計された1日、
「繰り返してるゥ――――――!!!?」
昨年はお世話になりました。今年も相変わらずな松本達を宜しくお願いします。




