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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

溺愛彼氏のプロポーズ

作者: 大竹あやめ

 陽の光が目に当たって、(はる)は目が覚めた。

 室内は明るく、何時だろう、とベッドのヘッドレストを探る。

 すると、いつもは隣にいない体温にぶつかった。晴は寝返りをうって、その、幼さが残る青年を見つめる。

 ここは晴が住むマンションの寝室だ。隣でスヤスヤと眠る男は晴の彼氏で、五年前に出会った。実直、素直が人相にも表れており、さらに接客業で培った愛嬌は、今でも出会ったころの印象そのままだ。

「かーわいいなぁ……」

 晴は笑う。そういえば、今日は約束の日だけれど、彼は覚えているだろうか。


 五年前、晴は大好きだった元彼の浮気現場を目撃し、大喧嘩した上に振られた。酒でも入れないとやってられない、と目に入ったコンビニで酒を買い、夜のコンビニの明かりを背に酒を(あお)る。

 大人だから大人しく引けばいいんだ、あんな奴と付き合わなくて正解だと自分に言い聞かせていた。

 けれど目からはしょっぱい水が絶えず流れてくるし、酒もほんのり塩辛い。味覚がおかしくなったかなと落ちてくる涙を拭いながらビールを飲んでいると、不意に声をかけられた。

 見るとコンビニの制服を着た青年が、心配そうにこちらを窺っていたのだ。

「あの、大丈夫ですか?」

「……大丈夫に見えるかよ?」

 ――と、そんな会話をした覚えがある。晴は軽く事情を話してしまい、それを聞いた青年はなぜかバイトを終わるまで待ってくださいという。晴も時間はあったし動く気力がなかったので、引き続き酒で傷心の自分を慰めていたら、再びコンビニから出てきた彼に告白されたのだ。

「五年後、俺は貴方にプロポーズします。それまでに、元彼のこと綺麗さっぱり忘れさせますから」

 約束です、とその青年は強い目をして言った。


 晴は小さな声で「知里(ちさと)」と彼氏の名前を呼ぶ。

 彼とはそのあとすぐに交際が始まり、宣言通り、晴の記憶から元彼を忘れさせてくれた。優しくて、穏やかで素直で……少し不器用なところもあるけれど、人間的にすごく好感を持てる人だ。彼の名前も歳も、何をしている人なのかも、付き合ってから知ったが、愛されている実感がある。だからこそ晴も知里に優しくしたいと思うのだ。

「ちーさーとー、朝だぞ」

「んー? おはよう晴さん」

 まだ眠たいのか、知里は目を開けずに返事をする。そんな彼がかわいくて、晴は彼の頬に軽くキスをした。

「起きるぞ……って、ぅわっ」

 唇を離した隙に肩に腕を回され引き寄せられる。柔らかいものが唇に当たり、それからぬるりと舌を入れられた。身体を引こうとしたけれど彼の腕が許してくれず、そのまま深いキスを受け入れる。

 知里の舌はじっくり晴の口内をくまなく舐めると、ようやく解放してくれた。

「……起きました。おはようございます、晴さん」

「満足そうな顔してんじゃねぇよ……」

 にっこり笑う恋人が恨めしい。朝から濃厚な口付けをされたせいで、顔と身体が熱くなってしまった。晴はそれをため息で逃がし、知里の額にデコピンをして起き上がる。

 案の定声を上げて額を押さえた知里は、笑っていた。起きるぞ、とベッドから降りると、もうちょっとイチャイチャしたかったのに、と残念がられる。

「なんのために今日泊まったんだ? 少しでも長くデートしたいって、お前が言ったんじゃないか」

「……そうでした」

 そう言って、知里もベッドから降りる。

 寝室を出て顔を洗い、キッチンに向かって朝食を準備する。自分の家に知里がいることは珍しくないのに、約束を思い出すだけでなんとなく落ち着かない。

「あ、そうだ」

 いつも通り朝食を食べ終わったところで、知里が思い出したように声を上げた。もしかして約束のプロポーズか? と身構えたけれど、恋人の口から出たのは別の話題だ。

「夕食、ちょっと良いところ予約したので、ジャケット準備してくださいね」

「え、……ああ、うん……」

 晴は少し残念だと思ったけれど、ドレスコードがあるレストランに行くなら、そこで例の話をするつもりなのかも、と考える。確かにプロポーズなら、場所も雰囲気も良いところでしたほうが、思い出に残るだろう。

 それなら、と晴は夕食までデートを楽しむことにした。

 知里は出会ったころからずっと変わらない。並んで歩く時は躊躇わず手を繋いでくれるし、なにより、どんな時でも晴を考えてくれている、というのがわかるのだ。

(水族館デートでも、俺が見やすい位置に移動させてくれたり、美味しそうだなって見てたらそれを買ってくれたり……)

 そんなちょっとした気遣いがいいなと思って、そこから好意になっていったのはよく覚えている。付き合ったらそんな気遣いもなくなっていくのかな、なんて思っていたけれど、知里は変わらず、晴をエスコートしてくれた。

 もちろん、そんなに気を遣わなくていいと言ったこともある。けれどその時彼は珍しく不機嫌な顔をして、「俺がしたいだけですからさせてください」と言ったのだ。晴は本気で、素でこれなのだな、とそこで理解し、以来知里の振る舞いに甘えている。

(……うん。俺はこの人と一緒にいたい)

 最初こそ元彼と比較していたけれど、それがどれだけ知里に失礼か気付いてからはやめた。そして前述の通りすぐに忘れられたのだから、晴と知里は相性が良いのだと思う。

 昼食にパンケーキの店に入り、甘い昼食を食べたあとは雑貨店でブラブラした。紅茶専門店で好みの茶葉を当て合い、変わった形のルームランプを見つけて、部屋に置こうかな、なんて話をする。

 しかし五年前の話や、これからの話は不自然と言っていいほど出てこない。晴が、初めて知里が家に来たことを話せば、それとなく話題を逸らされクッションの話をされた。ペアのマグカップを見つけて買おうか、なんて聞けば、あっちに素敵な栞がありましたよ、とその場から連れていかれた。

(なんとなく、話題にするの避けてる?)

 いつもなら、同棲したらこんなことをしよう、とか二人で住むならベッドもソファーも新調したいとか、そんな話もするのに、と内心肩を落とす。でも、きっとこのあとのディナーで約束を果たしてくれるだろうから、と気持ちを持ち直す。

(早く言ってくれないかな。それとも、俺から言ったほうがいいのか?)

 そんな気持ちを何度か繰り返しつつ、デートは進む。二人で観たかった映画を観て、喫茶店で感想を言い合いながら休憩した。けれどやはり、未来の話になりそうになると、知里は話題を逸らしたり、席を外したりするのだ。

(付き合う時はあんなに熱烈に告白してくれたのに)

 そんなことを考えていると、とうとう予約していたレストランに入ってしまった。高層ビルの最上階に近いレストランで、いろんな意味で足が竦みそうだ。

 二人で店内に入ると、ジャケット着用が必須なだけあって、雰囲気も品がある。普段部屋着でインドアな仕事をしている晴は、落ち着かなくなった。

 しかも通された席は一面ガラス張りの、夜景が見える場所。隣の席とも距離が開いていて、まさに特等席と言わんばかりだ。晴は思わず声を潜めてしまう。

「おい、こんなところよく予約したな。俺、緊張してきたんだけど」

「あはは……すみません。良くしてくださる取引先の方に相談したら、口を利いてくれまして……」

 乾いた笑い声をあげる知里に、晴は開いた口が塞がらなかった。

「でも、晴さん綺麗だから、この場所似合ってます」

「……っ、いいよそーゆーのはっ」

 とにかく、知里が奢るから心配しないでくれと言うので、いざという時の心づもりだけはしておこうと決める。

「……綺麗ですよ、本当に」

 お互い窓に向かって座り、夜景を眺めながらの食事か、と思っていると、隣でこちらを見ている知里の視線とぶつかった。その目はいつもより優しく、奥には熱いものを隠したような表情をしている。晴はかあっと顔が熱くなり、視線を夜景に戻した。

 この表情は、知里と付き合ってきて何度も見たことがある。それは互いに肌を合わせている時の――知里が晴を慈しむ時の表情だ。

 けれどすぐに飲み物と最初の料理が来て、甘くなりかけた雰囲気は霧散してしまう。食べましょう、と知里がグラスを持ったので、晴もグラスを持って控えめに合わせた。

「……」

(……無言だなぁ)

 食事を始めたものの、知里は何も話さない。チラリと隣を見ると、視線に気付いた彼はこちらを見て微笑んでくれる。

「美味しいですか?」

「あ、……うん。美味しいよ」

 やはり昼間から、彼の様子は少しおかしいようだ。今日、こんな所に誘われたということは、彼も約束を覚えているのだろう。けれど普段の彼なら、勢いでさっさと本題に入るはずだ。

 ――まさか、ここにきてプロポーズを躊躇っているとか?

(いやいやいやいや)

 晴は心の中で頭を振る。それなら五年も付き合わずに、早く見切りをつけて欲しかった、と思う。しかし別れるとしても、知里はこんなデートなんかせずに話を切り出すだろう。正直な知里は、自分を誤魔化してまで晴と付き合うなど、器用なことはできない。

(じゃあなんだ? やっぱり緊張してる? でも……)

 本人に聞かずにたらればばかりを考えていると、いつの間にか食事も終わってしまった。余韻に浸る間もなく、知里が隣の席で会計を済ませようとしているのを見て、もしかして、これで終わらそうとしているのでは、と晴は焦る。

「あのさ、知里……」

「晴さん、帰りましょう」

 呼び止めた晴を強引に遮り、知里は立ち上がった。そんな彼にムカついたけれど、ここで大声を出すのは躊躇われるし、晴は仕方なく知里に従う。


「晴さん、食事、足りました?」

 帰路につき、家の近くまで来ても、知里はプロポーズのプの字も出さなかった。もう何も言う気はないのかな、なんて思ったら、やっぱりムカつく。

「それよりさ、話、あるんだけど」

 住宅街の誰もいない道。晴は立ち止まると、知里は無言で振り返ってくれた。

「今日なんの日か、わかっててデートした?」

「……」

 案の定、知里は何も言わない。イエスもノーもないのかよ、とムカつき、知里が言わないなら自分が、と拳を握る。

「……五年前。知里、俺に言ったよな? 五年後に……」

「晴さん!」

 弾かれたように知里が叫んだ。さきほどといい、二度も発言を邪魔されて、晴はカッと頬が熱くなる。

「なんだよっ、お前が言わないなら俺が言う!」

「ダメです! お願いですからやめてください!」

「じゃあなんなんだよ! それとなく話題を逸らすし。お前全然言う気ないじゃないか!」

「それは……!」

 知里はグッと息を詰めた。そこでまた黙るのかよ、と晴は彼をまっすぐ見上げる。

「五年前の約束、俺は覚えてるからな。知里、俺はお前と……」

 話の途中で、んぐ、とくぐもった声が上がった。気付けば晴は知里に肩を掴まれ、唇で唇を塞がれている。

「ちょ……っ」

 ふざけているのか、と晴はその口付けから逃れようとした。けれど五年の付き合いの中で晴の身体を知り尽くした知里は、キスだけで身体の力を抜いていく。

「ふ……っ」

 すかさず入ってきた舌に、晴の身体はビクついた。舌を撫でられ、吸われて、物理的に口を塞がれて話したいことも話せない。

 ――どうして、と思う。知里はこんなふうに誤魔化す人じゃない。肩を軽く叩いてキスをやめてもらうと、苦しいほど抱きしめられた。

「お前な……ここ、外……」

「すみません……」

 やはり彼の様子がおかしい。晴はちゃんと話を聞く、という態度を見せると、知里はさらに腕に力を込めた。苦しいと思ったのも束の間、彼の脈が身体に感じられて、知里がものすごく緊張していることに気付く。

「いじわるしないでくださいよ。約束、俺は忘れたことなんてなかったんですから」

「だってお前、今日はそれとなく避けてたじゃん……。付き合った時は、ものすごい勢いだったのに」

「あれは……!」

 言葉と同時に少し離れて、知里は晴の顔を見た。けれどすぐに視線は外れる。

「勢いで言えるわけないじゃないですか。晴さんの、……一生を決めることなんですから」

「……」

 晴は言葉が出なかった。自分の緊張はそっちのけで、相手のことを考えていたなんて、思ってもいなかったからだ。では今まで話題を逸らしたり、それとなく避けていたのは、知里の緊張のせいではなく、晴が本当に後悔しないかを考えていたからだというのか。

 知里は再び擦り寄るように抱きしめて、「でもごめんなさい」と謝ってくる。

「食事の時に切り出すつもりが、できなくて。晴さんを不安にさせてしまいました」

 ちゃんと言いますから聞いてください、と知里は抱きしめたまま、頭を撫でてくれた。その心地良さに晴は身体の余分な力が抜け、素直にうん、と頷く。

「五年前、晴さんは弱っていたし、本当は迷惑だったんじゃないかって、ずっと思ってました」

「そんなことない……。すぐに元彼のことなんて忘れたよ」

 それは良かった、と知里はホッとしたようだ。

「あの告白から、俺の気持ちは変わってません。晴さん、俺とずっと一緒にいてくれますか?」

 それを聞いた瞬間、晴の視界は急激に滲んだ。知里に擦り寄り目を閉じると、ポロポロと何かが落ちていく。

(どうして……)

 どうして五年前の告白の時は、あんなに強い目をして気持ちをぶつけてきたのに、今はこちらを窺うような聞き方をするのだろう? この五年間、知里の愛を疑うことなんて一度もなかったのに――疑う隙すら、ないほど愛してくれていたのに。

 五年前、晴は確かに弱っていた。だから知里が強引に話を進めてくれたおかげで、今がある。そして傷も癒えて、自分で考えられるようになった今、知里は晴の意見を尊重してくれるようになっていったな、と今更ながら気付いたのだ。

「……俺はそんなに気が長くないので、返事をもらったらすぐに行動に移します」

 今日この日が待ち遠しかったのに、晴さんの人生にも関わると思ったら、ちゃんと晴さんの意見も聞かないとなと思って、と彼は言う。

「……っ、ははっ」

 知里らしいな、と思ったのだ。晴は思わず笑ってしまい、同時に涙も引っ込む。

「嫌だったら五年経つ前に別れてる。……俺も、今日が待ち遠しかった」

「晴さん……それって……」

 晴は知里の腕の中で、彼を見上げた。

「……うん。俺も、一緒にいたい。だから、これから……」

「待って晴さん」

 一緒に住む計画を立てよう、と言おうとしたら、唇に指を当てられる。俺が言うって言ったのに、と知里は少し口を尖らせた。別に良いじゃないか、と晴は笑う。

「二人のことなんだから、そこに拘らなくても……」

「ダメです。それじゃあ約束破ったことになりますから」

 今日は、俺の顔を立ててください、と言われ、彼の表情、言葉がくすぐったくて晴はまた笑った。両頬を大きな手で包まれ、視界いっぱいになるまで知里の顔が近付く。

「俺と一緒に、暮らしてくれますか? ずっと、老いるまで。大事にします、幸せにします」

「……うん」

 吐息がぶつかる距離で返事をすると、すぐに柔らかいものが唇を啄む。不思議なことに、先程の激しいキスとは違い、すぐに離れた知里の唇は甘い味がした。

「あ……」

 すると知里は顔を上げて辺りを見回す。

「すみませんまた……。ここ、外でしたね」

「いまさら?」

 晴は笑ってつっこむ。人がいないとはいえ、住宅街の道の真ん中で恥ずかしいことをした、とお互いに笑った。いつものように手を繋ぎ、知里はあの、優しくも強い目でこちらを見てくる。

「帰りましょう」

「うん」

 二人は同じ方向を向いて歩き出した。

「ベッドとソファー、新調しましょうね」

「うん。ってか、俺のうちに来るつもりか?」

「ダメですか?」

「ダメじゃないけど……」

 てっきり新居を探すと思っていた晴は、そのほうがコストもかからないし良いか、と思う。

「だって晴さん、パソコン移動させるとなると、仕事に支障出るでしょ?」

「まぁ……。え、それだけ?」

「それだけです。俺は別に場所は拘らないんで」

 また気を遣われている、と晴は胸が熱くなった。そして、いいな、好きだな、とそんな感情が膨らんでいくのだ。かわいくて、自分に一途な、カッコイイ彼氏。

「なんか申し訳ないな」

「そんなことないですよ? このあと、約束守ったご褒美もらいますから、おあいこです」

 なんだそれ、と晴は噴き出す。すると知里は隣から顔を覗き込んできた。

「よくできました、ってしてくれますか? ……ベッドで」

「……っ」

 晴は息を詰める。この、自惚れでなく恋人バカな知里が、こういう時に何も求めてこないなんてありえないのだ。

 そして、甘えるように囁く彼の声に、晴はめっぽう弱い。反論しようとした口を数回パクパクさせたが、言葉も断る理由も見つからず、最終的にはため息をつく。

「…………わかったよ」

「ふふ、昨日は我慢した甲斐があったな」

 そんなことを言う知里に、晴は繋いでいた手に力を込めた。いてて、と知里は声を上げるものの、その顔は笑っていて嬉しそうだ。

「……これからも、よろしくな」

 照れた顔が熱い。晴はまっすぐ前を向いてそう呟くと、知里は甘い声で「はい」と返してきた。


【完】

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