婚約破棄ですか?ボツですが何か?
「ネリ!! 私は、お前との婚約を破棄する!!」
今朝も早くから我が家にやってきてはいつもと同じ言葉を私にぶつける見目麗しき貴公子。
キラキラと朝日を浴びて輝く黄金の髪。
涼やかなブルーの瞳。
程よく筋肉もつき引き締まった身体と高い身長。
そんな完璧な容姿を持つ彼は、5歳から私、ネリアリアの婚約者をしているルーベンス。
一応、この国の王太子だ。
彼が婚約破棄を口にし始めてから3か月が経ったけれど、セリフのバリエーションが乏しすぎるのでもはや聞き流している。
「ボツ。そのセリフ、そろそろ飽きましたわルーベンス。あなた語彙力無さ過ぎ」
「ぐっ……語彙力だのなんだのは関係ない!! 私はお前との婚約を破棄したい、ただそれだけだ!!」
その一点張り。
最初はすごく戸惑った。
喧嘩をしたわけでもない、卒業をすれば次は結婚を控えているというのに、突然婚約破棄を申し出られるのだもの。
だけどその理由を尋ねても、彼は一向にはっきりと口にはしなかった。
ただ一言「なんとなくだ」と言うだけ。
さすがの私もそれには呆れかえって、彼にこう言ったのだ。
『婚約破棄? やれるものならやってごらんなさい。ただし、私を納得させてからね』と。
いや、だってそうでしょう?
5歳で婚約して13年。
あと少しで卒業、そして結婚というところなのに、なんとなくで婚約を破棄されてはたまったもんじゃない。
私だってもう18。
ルーベンスと婚約を破棄したところで、次の婚約が決まるとも限らない。
決まったとしても、何かしら難がある男か、年の離れた男の後妻かになるに決まってる。
それに、仮にも王太子がコロコロと勝手に婚約者を変えて良いわけがない。
婚約破棄したいならば、それ相応の理由を出してもらわなければ。
「それでは婚約破棄に値する納得材料にはなりませんわ。ボツ」
「くっ……」
悔し気に顔を歪ませるルーベンスも、元々の顔の美しさからして絵になるのがなんだか悔しい。
「さ、話が終わったなら行きますわよ。卒業まであと1か月。残りの学生生活をしっかりと有意義なものにしなくては」
「お、おいっ話はまだ……っ」
「問答無用ですわ」
私は自然にルーベンスの腕に自分のそれを絡ませると、うだうだと物申そうとする彼の言葉を無視して引きずるようにして外で待機しているであろう馬車まで足を進めた。
***
「お嬢様、卒業式と卒業パーティの資料です」
「えぇ、ありがとう」
夕食と入浴を終え自室にこもると、早速侍女が資料を持ってきてくれた。
分厚い資料に、私は顔を引きつらせる。
「お嬢様、あまり根を詰めすぎませんように」
幼い頃から私の面倒を見てくれている侍女のメラが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ふふ、ありがとうメラ。最初の数ページだけ確認したら今日はもう休むから安心して」
私がそう言って微笑むと、メラは僅かばかりに安心したように微笑み返してから「わかりました。では、おやすみなさいませ、ネリアリアお嬢様」と頭を下げて部屋から出ていった。
「ふぅ……。学園の授業の後にドレスや装飾品の最終確認、招待客リストの確認……さすがに疲れたわね」
そしてこれからまたこの分厚い資料との戦いだ。
卒業式やその後に行われる卒業パーティの騎士配置、料理の内容、進行……あぁ、気が滅入るわ。
だけどこれ以上の確認と当日のスピーチの練習が、王太子であるルーベンスには課されているのだから、私が根をを上げるわけにはいかない。
5歳からこのロシナンテ王国の王太子ルーベンスと婚約して13年。
幼い頃はお互い未来への希望を話し合ったり、一緒に出掛けたり、遊んだり、それなりに仲良くやっていたはずだった。
それが少しずつ手を繋がなくなり、少しずつ話がぎこちなくなり、少しずつ傍にいることが減ってしまった。
そして3か月前、初めて婚約破棄を言い渡されたのだ。
理由はいつも取ってつけたような適当なものばかり言ってくるのだから、意味が分からない。
まぁ、そのたびに「理由がなってない、ボツ」と突き返しているのだけれど。
「はぁ……私はあと何度、ボツを言い渡せばいいのかしら」
私はそうぽつりとこぼしてから、資料に目を落とした。
***
「ネリ!! 今日こそ婚約を──」
「ルーベンス、後で聞いてあげますから、今はとりあえず視察に集中しましょう」
「はい……」
週末。
私とルーベンスは王都を出てすぐの町にあるエレッサ孤児院へ視察に向かっていた。
このエレッサ孤児院は昨日賊の襲撃にあったばかりで、たくさんの物的被害が出たと聞いている。
子ども達や孤児院の職員たちに怪我はなく、人的被害が出る前に騎士達が制圧したのは不幸中の幸いだろう。
それでも自分たちの住む家のような場所が破壊されたのだ。
今回は視察、というよりも、慰問と言ったほうが正しいだろう。
「最近賊に襲われる町が増えているようだけれど、何か進展は?」
「あぁ、とりあえず、奴らが反王制派だということはわかっている」
「反王制派、ですって!?」
反王制派。
他国でも増えているという、王制に反対する人々が集まっては、国管轄の施設を破壊していく過激派のことだ。
始まりは数か月前、ある東の国。
その国の国王はとてつもない暴君で、富をむさぼり、たてつくものを次々と処刑して、国民は疲弊していた。
そしてついに、彼らの我慢に限界が訪れた。
国民は一丸となって、次々に国の建物を破壊し、さらには城に攻め入ると、国王を討ち取ったのだ。
それからその国は、国民政治を主流とし始め、何事も投票で行われる国になった。
「ついにこの国にも……」
「心配するな。この間の孤児院襲撃でほとんどの賊は捕まえた。賊の数的には少数のようだし、根絶やしにできるのも時間の問題だ」
確かに、この国の国王陛下と王妃様はとても慈悲深く賢く、国民を第一に考えてくださる方々。
だから国民も王制に不満を抱いている者はほぼいない。
今騒いでいるのは、王制を廃止し、自分たちが先頭に立ち自分達優位の国にしたいと目論む輩ばかりだろう。
すぐに制圧してくれると信じたいけれど、やはり不安ではある。
黙り込んだ私の頭に、ルーベンスの大きな手がぽん、と乗せられる。
「安心しろ。ネリのことは、私が必ず守るから」
「っ……」
な、に?
何でこんなに優しい表情をするの?
私に婚約破棄を突きつけてくるくせに。
これじゃまるで、ちゃんと愛されているみたいじゃないか。
「ま、かの国の反乱が成功したのは、王家に不満を抱いていたのが国民だけでなく、騎士達も不満を抱き彼らが加勢したからというのもある。父上と母上なら大丈夫だ」
「えぇ……そう、ですわね」
今までにない甘い雰囲気に戸惑っているうちに、馬車の速度がゆっくりと落ちて、やがて止まった。
窓から外を見ると、大きな建物の前にたくさんの子ども達やシスター達が私たちの到着を待っている。
だが建物は半分が破壊され、窓も割られて酷い有り様だ。
「ひどい……」
「……行こう、ネリ。今は私たちがすべきことをしよう」
「……えぇ」
胸を痛めていても仕方がない。
ここからどう再生させていくかなのだ。
建物も。人の心も。
そして私は、ルーベンスにエスコートされるがままに馬車を降りた。
「──なるほど。わかった。王都に帰ったら早急に資材を用意し、建物の修繕に人員を派遣しよう」
「ありがとうございます王太子殿下。お忙しいなか、お二人そろって慰問に来ていただいて……。子ども達も職員も、さぞ希望が持てたことでしょう」
建物の中を視察し状況を確認した後、子ども達の授業に混ざって交流し、私たちは今、院長室で目下の問題点の整理をしていた。
やっぱり一番は建物の修繕で、割れたガラスや壊された壁から夜は冷たい風が入り込み、寒さに耐え忍んでいるのだそう。
ここのところ日中の寒気は落ち着いてきたとはいえまだまだ夜は寒い。
ひとまず布や板で塞いではいても、隙間風が入るのだからたまったものではないだろう。
「自ら出向き国民の声を聴くのは当然のことだ。私も、父上のように他者の声を聴き動く王になりたいと思っている」
「……」
その時隣にいるのは、私のままなのだろうか。
ふと、そう疑問が浮かんでしまった。
今のところボツを言い渡してはいるけれど、私が王妃になる事で不都合の出るような理由であれば、私は即刻婚約破棄を受け入れると決めている。
もちろん、王妃になるためにたくさんの血のにじむような努力は重ねてきたし、自分が王妃になってルーベンスを支えたいという思いはある。
だけどそれはあくまで私の都合と私自身の願望だ。
私は、自分のことよりもまずは国民のことを考えなければならない。
自分の意思や願望は全て押し殺して──。
それが私の、高位貴族としての、そして次期王妃としての義務であり、矜持なのだから。
「──リ? ネリ?」
「!! ごめんなさい、何かしら」
つい思考の海にダイブしていたわ。
私を呼ぶ声に気づいて顔を上げれば、ルーベンスが訝しげにこちらを見ていた。
「話も終わったし、そろそろ帰ろう。帰ってすぐに父上に報告し、孤児院修繕に向けて指示を出す」
「えぇ、わかりましたわ」
そこにはいつもの私に言い負かされているルーベンスはいない。
しっかりと未来を見据え、やるべきことに目を向ける次期国王の姿がそこにあった。
本来有能なのだ。この人は。
たくさんの重いものを背負い、それを背負えるだけの自分でいようと勉学や武術にも励む努力家。
そんなルーベンスを傍で支えていたいと思い始めてから、もう何年たったのだろうか。
願わくばこれからもルーベンスの隣で支えるのは、私でありたい。
「では皆、風邪などひかないようにな」
「はーい!!」
「王太子殿下、ネリアリア様、ありがとうございました!!」
見送りに外まで出てきてくれた子どもたちに別れを告げ、馬車に乗り込もうとした、その時だった──。
「ルーベンス・フォン・ロシナンテ!! ネリアリア・グレイス!! 覚悟!!」
突然草むらから飛び出して来たのは、目と口元だけを出した状態で布で顔を覆った、恐らく男が、剣を持ち、私に向かって襲い掛かってきたのだ。
「ネリ!!」
「へ? ひゃぁっ!?」
一瞬のことだった。
男が私に近づき刃物を振り上げた瞬間、私のと男の間にルーベンスが入り、素早く抜いたその剣で男の刃を受け止めたのだ。
「ルーベンス!!」
「私のネリは────私が守るっ!!!!」
カァンッッ!! カランカランカラン──……。
ルーベンスが勢いよく愛剣を振るい男の剣を弾き飛ばし、その鋭く光る切っ先を男の喉元へと突きつけると、騎士達が急いで男を捕縛する。
まさに一瞬の出来事だった。
「昨日の賊の残党だな?」
「くっ……」
「連れていけ」
「はっ!!」
低く冷たい声で騎士達へと指示を出すと、男は引きずられるようにして両脇を抱えられ騎士達に連行された。
突然の目まぐるしい展開に、頭が付いて行かない。
「ネリ、大丈夫か?」
先ほどまでとは打って変わって柔らかい声が私を案ずる。
「え、えぇ……。大丈夫、ですわ。ありがとう、ルーベンス」
ルーベンスがいなかったら、恐らく騎士達も間に合わずに私は切られて傷物になっていたことだろう。
普段ヘタレのようだけれど真面目に鍛錬を続けていたルーベンスは、やっぱり強い。
「そうか……よかった。さ、行こう。先に公爵家に送り届けよう」
そう言ってルーベンスは再び私の手を取り馬車にエスコートすると、馬車はゆっくりと王都に向けて走り出した。
***
後日来たルーベンスからの報告によると、その男はやはり前日捕まった反王制派の残党だったようで、まだ数名がどこかに潜んでいるということが分かった私は、学園と家の往復以外の外出を禁止された。
普段から学園の行きも帰りも必ずルーベンスが迎えに来てくれているのであまり変わりはないけれど、やはり不安はある。
さすがにそれを察してくれているのか、今は一時休戦で、ルーベンスからの婚約破棄の申し出は止まっている。
そして卒業を翌日に迎えた最後の学園登園日。
「ネリアリア様、明日はいよいよ卒業式ですわね。最後までよろしくお願いします」
「えぇ。よろしくね」
学友たちと挨拶をした後、私は一人教室に残って、職員室へ最後の打ち合わせに行った婚約者を待つ。
王太子であるルーベンスは、明日の卒業式で卒業生代表のスピーチをする。
そしてその後に城の大広間で行われる王家主催の卒業パーティで、私のエスコートをし、決定したばかりの半年後の結婚式について、大々的に宣言する。
それが終わればもう、私たちは引き返すことはできなくなる。
「いよいよ、か……」
誰もいなくなった教室に、私の声だけが響いた。
明日で最後。
もうここで学友たちと授業をきいたり、談笑することもない。
王太子妃になれば、気軽に会うことだってできなくなる。王妃になればなおさら。
そう思うと、すこしばかりしんみりとしてしまう。
「それにしてもルーベンス、遅いわね」
少し段取りを確認してすぐ迎えに来ると言っていたのに、何かあったのかしら?
この間の反王制派のこともあって不安になった私は、鞄を手に足早に教室を出た。
「まだ職員室かしら?」
私が職員室へ向かう階段を一歩降りたその時──。
「──殿下……っ」
「!?」
女性の高くか細い声が、ルーベンスを呼んだ。
教員の声というには若い。おそらく生徒だろうけれど、ここからではよく見えない。
私はスカートの裾をつまみ上げると、気配を消し、一段ずつ、慎重に階段を下りていく。
そして現れたその光景に、私は思わず息を止めた。
「しっかりしろ。大丈夫だ。卒業しても、はぐくんできた愛というものは変わらない。だから安心しろ」
「はい……っ」
泣いている女生徒はルーベンスの胸に顔を寄せ、ルーベンスが抱き留めている。
誰?
何なの? この状況は。
はぐくんできた愛?
この女生徒と?
ならまさか、私に婚約破棄を突きつけ続けてきたのは……この方のため?
「っ……」
私は息を詰まらせると、音を立てないようにそっとその場を離れた。
無の状態で教室に戻って少ししてからしばらくして、ルーベンスは私を迎えに来た。
それから何を言われても上の空状態で、ルーベンスの訝し気な視線を浴びながら、私は公爵家へと帰宅した。
***
そして卒業式当日。
空は青く晴れて空気も澄み渡り気持ちのいい朝なのに、私の心は朝からどんよりと曇っていた。
それでも懸命に姿勢を正し、いつも通りを装いながら、卒業式を終えた。
そして今、私はドレスに着替えて、ルーベンスと大扉の前にいる。
今頃この扉の向こう──大広間には、たくさんの卒業生や招待客で埋め尽くされていることだろう。
陛下の祝辞の後、私たち二人はそろって会場に入り、結婚時期についての発表がなされる。
だけどその前に、私にはしなければならないことがある。
それは──。
「ネリ。ここまできたら、もう仕方がない。私と──」
「婚約破棄、受け入れますわ」
「え……」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまったルーベンスをまっすぐに見つめ、私は再び口を開いてもう一度その言葉を発する。
「婚約破棄、受け入れます。あなたを自由にしてさしあげますわ」
「!!」
これでいい。
だって結婚しても裏でこそこそつながっているようであれば、私はきっとルーベンスを信じていくことはできない。
ルーベンスが、私ではなく彼女に支えてもらいたいのだと思うのであれば、私がでしゃばることはできない。
彼が求める支えは、私ではない。彼女なのだから。
「受け入れる……と?」
「えぇ」
「っ……ぐっ……」
は!? え、ちょ、な、何でルーベンスが泣いてるの!?
目を大きく見開いたまま、大粒の涙をボロボロと流し始めるルーベンスに、私も何がどうなっているのかわからず混乱したまま涙を流し続ける彼を見つめる。
「なぜだ!? なぜ今更そんな……婚約破棄を受け入れるなんて……っ、今までずっとボツだと言って来たではないか……!!」
「そ、それは、理由を聞いても気分だとかなんとか納得材料の無いことばかりおっしゃるから……っ!! ……ですが、他に女性がいるのでしたら、それは十分な判断材料になりますわ」
「へ? 女性……?」
何をとぼけた顔をしているのだろう。
あぁ、なんだかだんだん腹が立ってきた。
「おい、何を──」
「王太子の妻には、未来の王妃として未来の夫を支えるだけでなく、子を生し育てる義務があります。気の乗らない女では、その義務を果たすことはできないでしょう。他にいい方がいるのであれば、その方にお任せするのが一番理に適っています。なので、この婚約破棄のお話……、お受け、いたしますわ」
胸が苦しい。
気を抜いたら最後、涙があふれてしまうだろう。
それだけは、決してあってはならない。
最後まで毅然としていること──それがルーベンスの婚約者としての矜持だ。
私がまっすぐにルーベンスを見つめそう言うと……くしゃり、と彼の端整な顔が歪んだ。
「い……いやだ!! 婚約は破棄しない」
「…………は?」
何を言っているの? この男は。
これまであんなに毎日毎日馬鹿の一つ覚えのように婚約破棄を申し入れてきたくせに、今更。
「っ、意味が分からない……っ。他に好きな人が出来たと言ってくれていたら、私、すぐにでも婚約破棄に応じたというのに」
「嘘でも、好きな人ができたなんてことは言いたくはない」
「え?」
嘘?
だけど昨日、私は見たもの。
女の子と抱き合っているルーベンスを。
優しい言葉をかけて背を撫でていた。
思い出すだけで胸がずきんと痛む。
「昨日の女の子でしょう? あなたの好きな人」
「昨日の? どれだ?」
「昨日の放課後、廊下を降りてすぐのところで抱き合っていたじゃない!!」
しらじらしい。
思い出したくもないのにこんなこと言わせないでほしい。
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
するとルーベンスは、そのことに思い至ったようにはっとしてから、焦ったように私の両肩を掴み迫った。
「違う!! あれはそういうんじゃなくて……」
「何が違うんですの? はぐくんできた愛は変わらないとか言っていたくせに……!!」
「それは私とではない!! ハロルド先生とのだ!!」
「は……?」
ハロルド先生?
て、うちのクラスの担任じゃ……。
ぽかんと口を開けたまま呆然とする私を見て、ルーベンスは深く長いため息をついてから、再び口を開いた。
「あの女生徒は隣のクラスのアリス・ロアン子爵令嬢。ハロルド先生と付き合ってるんだ」
「つ、付き合──!?」
「しーっ!! 声が大きい。……たまたまハロルド先生とロアン子爵令嬢の逢瀬に鉢合わせしてな、あまりに二人が純愛なもんで、それから見守るようになって……。まだ親にも何も言っていない未婚約の状態で、ロアン子爵令嬢もさすがに不安だったんだろう。いきなり泣き始めたから、ハロルド先生に押し付けてきた。それに抱き合ってたんじゃなくて、彼女が泣いて取り乱してよろけたのを支えただけだ」
確かに婚約という確かな証の無い状態で卒業して会えなくなるというのは不安だろうし、まして相手が教師ともなれば親の説得も難しい。
それが本当ならば、不安で取り乱すのも仕方がないのかもしれない。
卒業という節目に終わりを感じてしまったならば尚更。
「なら、あの方は……」
「私が好きな女性ではない」
そんな、それじゃぁ全部、私の勘違い?
だけどそれなら、婚約破棄は?
「で、でも、あなたはだんだん私と距離を取り始めた!! 挙句の果てには婚約破棄まで申し出始めて……。他に好きな人ができたから以外でどんな理由があるというんですの? まさか本当に、ただなんとなくだなんてことはないのでしょう?」
ただなんとなくで婚約破棄を言い渡され続けても困る。
義務と矜持だけではない。
この13年が、空っぽのように感じてしまうから。
「それは……。……ネリを、守りたかったから……」
「私を?」
眉を顰めて首をかしげる私に、ルーベンスが一度大きく息を吸ってから何かを決意したかのような表情で再び口を開いた。
「反王制派から──」
「!!」
「反王制派が動き始めたと報告を受けたのが、3か月前。その話を聞いて、一番に考えたのがネリ、お前のことだった。私の妻となれば王族となる。そうなれば、いずれネリが狙われることになるだろう。お前を危険にさらすことになるのだけは避けたかった」
3か月前……。
確かにルーベンスが婚約破棄を言い始めたのも3か月前からだ。
「なら……。私を守るために、婚約破棄を?」
「……あぁ」
「っ、なら何で、今になって婚約破棄しないって……」
まだ反王制派問題は解決していないはず。
なのにさっきは婚約破棄を嫌がった。
それはなぜなのか。
「……この間、孤児院で襲われた時からずっと考えてた。私は何のために文学だけでなく武術も学んでいたのか、と。そしてわかったんだ。私が武術を死に物狂いで学んできたのは、大切なものを──ネリを守るためだ」
「!!」
あまりに真剣な瞳に目が離せないままに、思わず息を呑む。
そしてルーベンスは私の手を取りまっすぐに私を見つめたまま口を開いた。
「距離を取り始めたのは、ただ、その……成長するにつれてどんどん綺麗になっていくネリに、どう接していいのかわからなかっただけで……。……私がネリを好きな気持ちは変わらない。これから何があっても、私がネリを守ると誓う。だから──だから、ネリ。私と、結婚してください」
「っ……」
心の奥からじんわりと滲み溢れるあたたかいもの。
求めていた言葉。
だけど────「……ボツ」
「…………へ?」
私がつぶやいた言葉に、ルーベンスの時が止まった。
「え、と……、ネリ、さん?」
戸惑うルーベンスに、無情にもラッパの音が高らかに響き渡り、大扉がゆっくりと開き始める。
そしてつながれた手を握り返すと、私は彼を見上げてこう言った。
「私の納得できるプロポーズを持ってきてくださいましね、ルーベンス」
期限は半年。
きっと半年後、私は幸せそうに笑っているだろう。
最愛の彼の隣で──。
それまであと何回、この幸せな「ボツ」を重ねるだろうかと、私は一人口を緩ませるのだった。
END
短編いかがでしたでしょうか?
これから毎日プロポーズされて幸せなボツを言い渡すネリに幸あれ!!
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