小話49 欲
「お待ちしておりました。受付はこちらです。」
青年は受付係の指示に従って、参加簿に記名をする。他の参加者の名前がないので、青年が一番に入場をしたことになる。
もっとも青年は、新参者である自分が他の参加者より遅く会場入りすることは失礼でないかと、心配していたからすこし安堵した。
「これで受付は終わりです。いいねの神様ですね。本日はお忙しいなか神様サミットへお越しいただきありがとうございます。」
「こちらこそ、お招きいただき大変光栄です。しかし、まだ自分ごときがこのような場にふさわしいか恥ずかしい思いもありまして…」
「自信をお持ちください。あなた様は多くの人々の信仰を集められたことで、神様を代表するお一人なのです。」
受付係に促されて、いいねの神様は会場へ案内された。円卓上の机には椅子が8つ用意されていた。いいねの神様は入口に近い座席を指定された。
「まもなく他の神様もお越しになられます。しばらくの間、お待ちください。」
受付係が言い終わると同時に、別の神様が会場へ入ってきた。白髪を短く切り揃えた初老の男性はいいねの神様の隣へ腰かけた。
「はじめまして。私はいいねの神様と申します。今回が神様サミットに初参加となります。どうぞよろしくお願いします。」
「ほう。そうか。これはご丁寧にありがとう。私は雨の神様だ。よろしく。」
「あの、新参者で何も分からないのですが、神様サミットとは具体的に何を協議する場なのでしょうか?」
「そうだな。まず、この世にはごまんと神がいる。そのなかでも多くの人間から信仰されている神の8人が集められ、神としての責務を理解し合い、今後、人々をより良い方向に導くための方策を議論する、というのが目的だ。」
「そうなんですね。しかし、私ごときが人々により良い未来を保障するかだなんて、自信がありません。」
「きみ、馬鹿を言っちゃいけないよ。ここの集められたのは神のなかでも選ばれた神だ。きみだって、多くの人々から頼られたり、お願いされたりしているだろう。私だってそうだ。とくに今年は日本中から私の力を期待する声が多く届いた。私たちの存在は人間にとっては無くてはならないのだ。」
しばらくすると、他の神様が会場へ入ってきた。雨の神様はその都度、いいねの神様に紹介をした。
折り目のついたスーツを着て神経質そうに眼鏡をかけ直すのは交通安全の神様、椅子からはみ出さんばかりに大柄な体は農業の神様、スーツや腕時計など身に着けるもの全てが金色なのはお金の神様、仲の良い夫婦は夫婦円満の神様は常に二人で行動していると雨の神様が説明してくれた。
開始時間通りに席に着いた時間の神様でもって7人の神様が揃った。
受付係が空いている最後の座席の近くに立ち、参加者へ呼びかけた。
「皆様、今年も神様サミットへお越しいただき誠にありがとうございます。議長が入場されます。ご起立のうえ拍手でお迎えください。」
拍手で迎えられたには長身で白い長髪の男性であった。眼光には鋭さがあり立ち振る舞いも堂々としている。いいねの神様は、他の神様たちよりも格上な存在だという印象をもった。
受付係は椅子を引き、議長役の神様はそこに腰をかけた。それを合図に他の神様も着席した。
議長役の神様は静かに、しかし低く通る声で開会の挨拶を述べた。
「私たちは多くの神を代表してこの場に集まった。その誇りと責任を忘れずに議論に臨まねばならない。神である我々の力をもってすれば、人間なぞ思いのままにできる。しかし、私たち神は人間の信仰、願いによってこの世に生まれて存在できる。いたずらに力を示すことがあってはならないよう、各々は充分に理解せねばならない。」
議長役の神の進行にもと、サミットは滞りなく進んだ。
閉会の挨拶後、議長は会場を退場した。また、全員が起立して拍手でその姿を送った。
「今年もあの方の発言は素晴らしいものだったな」
隣の雨の神様の言葉に、いいねの神様も興奮気味に話かけた。
「まったくです。素晴らしいお方でした。まさしく神を代表される方でした。」
「そうだろ、あの方は人間が誕生したと同時に生まれた神様だ。私たちよりもはるか昔から人間の信仰を受けてきたんだ。」
「一体、あの方は何の神様ですか?」
いいねの神様の質問に、雨の神様は一瞬、回答に困った様子だった。周りを見回して、誰も聞いていないことを確かめて、小声で答えた。
「あの方は、死神だ。どの時代、どの国でも人間は憎らしい相手の死を望んできた。信仰とは裏を返せば、欲だ。人間の欲は、とくに相手の死を望む欲というのは、無限に深くてね…」