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第二話『仏塔』

 ケイイチはリュックサックいっぱいの石を二人がかりで抱えて、デモ行進の現場に持ってきた。

 デモは川から離れた場所でやっていたので、リュックいっぱいの石をひとりで持っていくのは土台無理な話だったが、親切な男が手伝ってくれたので、何とか持っていくことができた。


「きみは学生かい?」


 親切な男がたずねた。

 古本屋の店主が着るようなカーディガンを着ていた。


「はい」


 もうまわりには『戦争反対!』のプラカードが警官隊の頭に殴りかかろうと狙っている。


「諸君!」


 えらそうな学生がみかん箱でつくった演説台で叫んでいた。


「057コロニーはこの戦争に断固として反対する! 地球政府高官たちの利益のためだけに流される市民の血全てに抗議する!」


 黄色い工事用ヘルメットをかぶってタオルで顔を隠した学生たちはケイイチが運んだ石ころが、この星最後の酸素であるみたいに先を争って取り合った。


 ケイイチはいつの間にか親切な男とはぐれてしまった。


 見上げると、彼と同じ農業科の学生であるキハラが横倒しになった路面電車の上に腕組をしていた。


「キハラ! 警官たちは見えるかい?」


「見える。でも、今日はやつら、様子が変だ」


「何が変なんだ?」


「制服の色が違う。紺じゃなくて、カーキ色だ。それに、――盾がない。誰一人持ってない。あれでどうやって投石を防ぐ気かな? それに、あれは……ライフル――」


 電車の上の同級生は突然黙ると、体を変なふうにねじり、転がり落ちた。

 びっくりしてケイイチが近寄ると、キハラの眉間に焦げた穴が開いていた。


 パルス・ライフルの銃痕だ。


 デモの参加者たちが狂ったようにわめきながら、我先にと逃げている。

 ギュン!ギュン!という奇妙な銃声がするたびに学生たちが数人単位で拳が通るくらいの大きな穴を開けて、バタバタ倒れた。


 ケイイチは短い手足を必死に動かして逃げた。

 彼はトンネルのなかを逃げていた。

 この近くにこんなトンネルがあっただろうか?

 しかも、長くて暗い。こんなトンネル……


     ――†――†――†――


 気がつくと、赤い砂の谷にいた。

 コロニーの外で、朽ち果てた前哨基地があり、そばにトラックが停まっている。


 頭がズキズキと痛んだが、それはトラックの荷台から縛られたまま、突き落とされたからだった。

 汗と血が混じって目に入って瞼が開かない。

 だが、凄まじい叫び声がして、思わず目がそちらへ開く。


 カーキ色の制服を着た警官たちが学生をひとりずつ崖に立たせて、無煙火薬の銃で撃ち落としている。


「なんだ、こいつ。オカマみてえに泣きやがる」

「おい、どうした? お得意の火炎瓶はどうしたんだよ?」


 バン!


 警官たちは捕虜が即死せず、崖を落ちる恐怖をしっかり味わえるよう、膝を撃つ。


「こんなに簡単な解決法になんで気づかなかったんだろうな」

「こんなやつら相手に盾に隠れてへいこらさせられてたなんて虫唾が走るぜ」

「クーデターさまさまだ」


 バン!


 またひとり学生が落ちていく……。


 警官のひとりがケイイチを蹴飛ばし、引きずり、崖に立たせる。


 警部の階級章をつけ、サム・ブラウン・ベルトで大型拳銃を吊るした小柄な男があらわれる。

 それは一緒に石を運んだ親切な男だった。


「潜入捜査って分かるか、ごく潰し?」


 平手打ちされて後ろに体が傾くが、部下の警官たちが左右からつかんで引っ張った。


「おいおい、まだ落ちるには早すぎる。ねえ、警部?」


「まったくだ。おれがこの三年間、どれだけクソッタレな目にあわされたか、こいつに教えておかないとな。おれはこの三年、古本屋の店主をやってたんだ。お前ら、甘ったれたクズどもに教科書を売ってたんだ。くだらねえ、人生で最も退屈な三年だったぜ。お前らは大学に行けることが特別偉いとか思ってるんだろうが、それは勉強する学生限定なんだぜ? お前らみたいな甘ったれたなんちゃって平和主義者は学生なんて言わねえんだ。勉強してねえからな。お前だって、稲の植え方でも勉強してりゃあいいのに、おれの仲間たちにぶつける石を集めて運んでやがる。なめてんのか? あ?」


 部下の警官がまた平手打ちする。


「なめてないです」


「そうだろうな。お前らのお仲間はみんな言ってたぜ。おれたちをなめたことなんて一度もねえって。崖はいいな。人間の本音がきける。本当に便利だ。この三年間、おれみたいなノンキャリアが階級章の星を増やすためだと我慢してきた。大学に行った警官なんて、おれに言わせればお前らと大差ない。やつらはデカにとって法律よりも大事なものがあることを理解してない。お前、分かるか?」


 今度は後頭部をはたかれる。


「分かりません」


「秩序だよ! 法律なんて、秩序がなけりゃあ、誰も守らん。交番にオマワリさんが立っていなけりゃ、誰が法律を守る? その交番にてめえらクズどもはパイプ爆弾なんて投げつけやがって。おい、お前ら、こいつをもうちょっとこっちに引っ張って立たせろ。そんな根性ないと思うが、自分から崖を飛び降りられたら、つまらんからな」


 これから膝を撃ち抜かれ、崖から落ちるというのに、恐怖が湧かない。

 考えているのは今日出かけるとき、アパートの鍵をかけたかどうかだ。

 だって、こんな現実はありえないから。


 汗と血が混じって目に入り、思わず、まぶたを閉じる。

 元親切な男の怒り狂った視線から解放されると、ほんの少しだけ楽になる。


 ひょっとすると、膝を撃たれた痛みも大したことはないのかもしれない。


 ……。


 何もない。音がしない。

 いや、崖を滑り落ちる砂の音はする。


 誰かが乱暴に顔を拭った。


 まぶたを開けると、忍装束シノビショウゾクをまとった黒髪の少年が立っている。


「え?」


「……」


 黙って立っている少年の脇には元親切な男と彼の部下たちが倒れていた。


「気を失っただけだ」


 シノビが言う。


「あの石はどこで拾った?」


「い、し?」


「そうだ。この男と運んだ石だ」


「河原だよ」


「057コロニーに川はない。よく考えろ。どこで拾ったか言わないなら、ここに置いておく。警官たちはいずれ気がつく」


「それは――ああ、そうか。あそこだ」


     ――†――†――†――


 初老の医者は天井から吊るされたテレビを見ながら、あれは助かる、あれは助からないとトリアージをしていた。


 テレビのなかでは銃撃戦がおおかた終り、クーデターに加担した警官たちが警察署から両手を上げて、次々と出てきているところだった。

 何人かは銃弾を受けて、担架で運ばれている。


 疲れ果てた外科医がひとり、当直室にやってきた。


「どうだった?」


「峠は越えたよ。あの年齢でよく耐えた」


「女の子は助かるわけか」


「賽の河原から引っぱってきた」


「まだ若いのに古い表現を使う」


「……」


「どうかしたか?」


「そうなんだ。なんというか、誰かがおれにあの子を引っぱらせたような感覚があるんだ」


「疲れてるんだよ」


 初老の医者が煙のような味わいの秘蔵のシングルモルトをちょっとだけ提供する。


「しかし、それじゃあ、本日二度目の奇跡だな」


「一度目は?」


「学生だよ。警官たちは崖に五十人も連れて行って、四十九人を崖から突き落とした。政府側の警官隊がついたのはギリギリだったよ。消耗してて、まだ眠っているが、怪我はない」


「クーデター派の警官たちは?」


「ひとり、その場から逃げたらしいが、まあ、いずれ捕まるだろう。ほら、連中、またおっぱじめるぞ」


 テレビのなかで政府軍のけたたましいサブマシンガンの音がする。

 最後まで抵抗していたクーデター派の警官が担架で運ばれてきた。

 サム・ブラウン・ベルトで空っぽのホルスターを吊り、縫いつけたばかりの警視総監の星が光っている。


「あいつは助かると思うかね?」


 外科医は軽く見て、苦笑いし首をふった。


「無理だな。胴体に十発もらってる」

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