08 三度目の正直
リセットはベッドの中で目を覚ました。
またしても約半年前に戻っていた。
リセットは喜んだ。神に感謝した。
「今度こそ!」
リセットはより強い気持ちでやり直しに挑むことにした。
王太子妃候補の選考会。
三度目の正直。
「どうしよう……」
リセットは動揺していた。
ザカリアスに挨拶した際、小花の髪飾りを見せられなかった。
髪飾りは落としている。落とすのはわかっていたが、拾われることもわかっていただけにつけてきた。
いつどこで落としたのかはわからない。時々触って確認していたが、後ろの方につけるものだけにわかりにくかった。
午後に落としたのはわかっている。午前中はあった。立食の昼食会場はかなりの混雑ぶりだっただけに、その時が怪しいかもしれなかった。
(でも、庭園に移動した時かもしれないし、廊下かもしれないし、化粧室かも……)
とにかく、落としたのは確実。
そして、ザカリアスが見せなかったということは、拾われていない。
リセットは泣きそうな気分になりながら髪飾りを探した。
何度も同じ場所を行き来していたせいで、警備の者に声をかけられた。
「落とし物でしょうか?」
「そうなのです。母の形見の髪飾りを落としてしまって!」
「そうですか。もしかすると、警備室の方に届いているかもしれません。確認に行かれるのはどうですか?」
「わかりました」
リセットは警備室へ向かった。
警備室には沢山の落とし物が届いていたが、リセットの髪飾りはなかった。
「王宮ではない場所で落としたのでは?」
「午前中はありました。昼食の前に確認したのです」
「そうですか」
警備の者は頷いた。
「全ての落とし物がすぐに届けられるとは限りません。必ず見つかるかどうかもわかりません」
リセットはがっかりした。
「明日以降、また警備室に来てみてください。今夜は舞踏会もありますので」
「そうですね」
リセットは頷いたが、諦めきれなかった。最後に庭園の方にも行ってみることにした。
「どのような髪飾りでしょうか?」
警備の者の対応が違った。
「小花の髪飾りです。これと対になっているものです」
「少しお待ちを」
しばらくすると、警備の者が騎士を連れて戻って来た。
「小花の髪飾りを落としたそうだな?」
「はい。これと対になっているものです」
リセットは残っている方の髪飾りを騎士に見せた。
「一緒に来い」
騎士はそう言うと歩き出した。
(もしかして、ザカリアス様のところに連れて行ってくれるの? そこで直接渡されるとか?)
そうリセットは予想した。ところが、
「小花の髪飾りを探しているようだね?」
騎士に連れて行かれたのはリヴァイスのところだった。
「これかな?」
リヴァイスはポケットから髪飾りを取り出して見せた。
「そうです!」
リセットは喜びに震えながら受け取った。
「ありがとうございます! 母の形見なのです! もう見つからないかと思ってました」
「良かった」
リヴァイスは優しく微笑んだ。
「庭園の様子を見に行った時に、落ちているのを見つけてね。誰のものかわからないから、髪飾りを探している者がいたら教えるよう警備に伝えておいた」
「そうでしたか」
庭園の方で落としたようだとリセットは思った。
「本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます」
「気を付けて帰るといい。舞踏会に参加するのかもしれないけれど」
「はい。本当にありがとうございました!」
リセットは帰宅してドレスを着替えた。
夜の舞踏会に行かなくてはいけない。そこで王太子妃の候補が発表される。
リセットとザカリアスの接点は非常に簡単な挨拶だけになった。髪飾りを落としたことによる特別なエピソードはなくなった。
それでも王太子妃候補に選ばれるのかどうかはわからない。
(正直、怪しいわ……)
選ばれないかもしれないとリセットは思った。
そして、夜の舞踏会で王太子妃候補が発表された。
リセットは王太子妃候補に選ばれていた。
「謎だわ」
リセットは髪飾りのおかげで王太子の目に留まり、候補に選ばれたのだと思っていた。
だが、髪飾りのエピソードはなくなった。それでも選ばれた。
取りあえず、王太子妃候補用の講義と茶会が終わった後でリセットは王宮図書館へ行った。
前回はウロウロしていたせいでリヴァイスに会ったが、今回はウロウロする必要はない。
記憶上、王宮図書館には通い慣れている。だからこそ、同じことをしなくてもいい。
リセットは一般書のコーナーで役立ちそうな本を探していた。
「何を探しているのかな?」
リヴァイスに声をかけられた。
(前回は私から声をかけたはずだけど……ウロウロしていなかったから? それとも、髪飾りのエピソードのせいで変わった?)
リセットは緊張した。
「本を探しています」
「図書館だからそうだろうね」
リヴァイスは堪えるような笑みを浮かべた。
(なかなかに間抜けな答えをしてしまったわ……)
リセットは恥ずかしくなった。
「申し訳ありません。このような所で第二王子殿下にお声をかけていただけるとは思わなかったので、動揺してしまいました」
「ああ、そういうことか」
リヴァイスはわかったというように頷いた。
「髪飾りを落とした女性だと思った」
「あの時は殿下のおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
「名前は? 聞いてなかった気がする」
「リセット・エファールと申します。エファール伯爵の一人娘です」
「一人娘なのに、兄上の王太子妃候補に選ばれていた者か。なぜ、辞退しないのかな?」
「実は」
リセットはハッとした。
(髪飾り、関係ない!)
前は髪飾りを落としたのをザカリアスが見つけたことが理由になっていた。
だが、今回はリヴァイスが見つけた。ザカリアスは関係ない。
「実は?」
「わ……私にもわかりません!」
咄嗟にリセットは答えた。
(思い出して! お父様の言ったことを!)
髪飾りをなくしたが、リヴァイスのおかげでなくさずにすんだことは話した。母親のおかげかもしれないという話もした。
だが、縁ができたのはザカリアスではなくリヴァイスの方。
王太子妃候補を辞退していない理由はわからない。
「た、たぶんですが、王宮で勉強する機会になるということではないかと」
同じようなことを言っていると思っていただけに、注意を払っていなかった。
それを考えると、勉強や友人作りの部分は変わっていないはずだとリセットは思った。
「兄上のこと、好きなのかな?」
リセットは困った。
(……好きだけど、変な感じ)
なぜなら、好きになった理由は髪飾りを見つけてくれたことだった。
今回は違う。リヴァイスが見つけてくれただけでなく、直接渡してくれた。
それを考えると、リヴァイスに感謝して好きになるのが筋だ。
ところが、前回と前々回の記憶があるせいで、リセットはリヴァイスを好きになっていない。どうしてリヴァイスの方から渡されたのかと不思議に思っていた。
「好きです」
取りあえず、リセットは答えた。
「どうして? 兄上とはほとんど会ったことがないよね? 王太子だから? 優秀だから? 見た目が好みとか?」
(お母様の形見を見つけてくれたから……)
リセットはそう言いたかったが、言えなかった。
今回、ザカリアスが小花の髪飾りを見つけてくれなかったことが悲しかった。
「王太子殿下が優秀な方なのは誰もが知っています。容姿も優れています。冷たい方だと言われていますが、本当は優しい方なのです。多くの女性が見初められたいと思っています」
「王太子妃になれるしね」
「そうですね。でもそれは重要ではありません。大事なのは、王太子殿下を守ることですから」
「王太子妃になって守るってこと?」
「婚約者でも同じです」
「なれると思うんだ?」
「王太子妃候補の一人なので、確率はゼロではないと思います。奇跡が起きて選ばれたら、王太子殿下をお守りしたいと思っています」
「婚約者にならなければ守らないんだ?」
「婚約者になれないと、王太子殿下に会えませんよね?」
リセットは前と同じように言った。
「候補になってそれなりに経ちましたけれど、王太子殿下に一度も会えていません」
「なるほど。じゃあね」
「はい」
リヴァイスは行ってしまった。
リセットは王宮図書館で新しい旅行書を探して借りると、屋敷へ帰った。