05 荒れ茶会
翌週。
候補の茶会は荒れていた。嫌味の応酬が凄かった。
リセットの心労は増すばかり。
リヴァイスが面白いと薦めてくれた本を読むのも辛かったが、今の状況よりもはるかにましだと思っていた。
「ちょっと、聞いているの? 私の話がつまらないとでも言うのかしら?」
視線を変えただけで、リセットは絡まれた。
「ふと、読みかけの本のことが気になったので」
「早く続きが読みたいということ?」
「あまり読みたくないのですが、読まないといけない気がして頑張っています」
「どういうこと?」
リセットは王宮図書館で第二王子に偶然会った。
第二王子は歴史書を読んでおり、面白いと言った。そして、その本をリセットに渡し、本棚に戻しておくように言った。
リセットから見ると興味がない本だが、もしかすると勧めてくれたのかもしれない。そのまま本棚に返すか悩み、結局は借りて読んでいることを説明した。
「第二王子殿下が読まれていた本ですって?」
「しかも、面白いと言ったのね?」
リセットの話に候補者全員が目をギラギラさせて食いついた。
「本のタイトルは?」
「……大王の本です。タイトルは忘れました」
「教えなさい。次の茶会の時に持って来て渡すのよ!」
「その本は私が借りるわ。読み終わったら連絡しなさい」
「駄目よ。私が借りるわ!」
本を巡る争いが始まった。
頭のヨイ候補者はタイトルさえわかればいい、同じ本を買うと言い出した。
次の茶会にその本を持って来て、候補者全員に対して同時に公平に情報を教えることが決まった。
「わかったわね?」
「私が借りた本を誰が借りるかで揉めそうです。なので、誰が借りるのかを決める方法も今の内に話し合っておきませんか?」
「そうね」
「何がいいかしら?」
「くじ引きでいいわよ。簡単だわ」
「運任せなんていやよ」
「実力で勝負すべきだわ」
本を借りたい令嬢による言い争いが始まった。
リセットはその様子をじっと見ているだけでいい。口撃対象から外れることができた。
結局、トランプゲームで決めることになった。
「本を借りたい者は一組のトランプを持ってくるように」
「負けないわ」
「容赦しないわ!」
次の茶会が楽しみだということで閉会した。
リセットは王宮図書館へ行った。
リヴァイスがいた。すぐに近寄って来る。
リセットに用事があるのは明らかだった。
「リセット、あの本を借りたね?」
「借りました」
「持ってないね?」
「読みかけなので」
「僕も読みかけなんだけどね?」
リセットはハッとした。
「……申し訳ありません。もう読む必要はないという意味で返されるのかと」
続きを読みたいなら本を借りればいい。借りないで本棚に戻すということは、もう読まなくていいのだろうとリセットは思っていた。
「別にいいよ。借りるのは自由だ。僕が借りなかった時点で好きにできる。ただ、今日は茶会の日だから、返しに来ると思っていた」
「読むのが遅くてすみません」
「難しい?」
「眠くなるのです。あまりその……面白い感じはしないので」
「正直だね。どこまで読んだ?」
リセットは正直に伝えた。
「そうか。でも、来週なら読み終わりそうだ」
「それなのですが」
リセットは茶会で本の争奪戦があったことを伝えた。
「ということは、来週はあの本を欲しがるライバルがいるわけだ」
「第二王子殿下が優先に決まっています。なので、そのことをお伝えしておきます」
「それはいい。でも、茶会の日は早く来て。昼食に招待する。その時に本を貸して欲しい。茶会までには読み終わるよ」
「わかりました。本当に申し訳ございません」
「いや。でも、茶会で本の争奪戦が行われるなんて思わなかった。嫌味合戦にならなくてよかったね」
「第二王子殿下のおかげです。心から感謝いたします」
「じゃあ、来週。十二時に王宮においで」
「あの」
リセットは気になった。
「王宮に来た後、どうすれば第二王子殿下にご連絡できるのでしょうか?」
「侍従に面会希望を伝えればいいだけだ」
「わかりました」
「昼食の招待を受けていると言えばいい。わかるようにしておく」
「はい」
リセットはため息をついた。
「嫌なの?」
「いいえ。ただ、王太子殿下には全然会えないのに、第二王子殿下には会えていると思っただけです」
「兄上に会いたい?」
「お忙しいのはわかっています。なので、仕方がありません。王太子妃候補にご興味がなさそうですし」
「そうだね。全員辞退すればいいのに」
リヴァイスはリセットを見つめた。
「リセットも辞退したら? 跡継ぎだしね?」
「辞退はしません」
リセットは決めた。候補は辞退しないと。
「もしかして、兄上が好きなの?」
「好きです」
リセットは答えた。
「雲の上の方ですけれど」
「どうして? 兄上とはほとんど会ったことがないよね? 王太子だから? 優秀だから? 見た目が好みとか?」
「母の形見を見つけてくださったのです」
リセットにとって小花の髪飾りは母親の形見の品の一つ。
王太子妃候補の選考会に参加する際、母親が一緒にいてくれると思ってつけたが、どこかで落としてしまった。
大勢の人々がいる。小花の髪飾りは小さく、高価そうなものでもない。誰も見向きもしなければ拾いもしない。靴で踏まれ、壊れてしまう可能性もあった。
だが、王太子が落ちている髪飾りを見つけ、取っておいてくれた。自分に挨拶に来る女性が落としたものではないかどうかもチェックしていた。
リセットが挨拶すると、王太子は髪飾りを見せるよう騎士に伝え、渡してくれた。
そのことがきっかけで好きになったことをリセットは打ち明けた。
「王太子殿下が優秀な方なのは誰もが知っています。容姿も優れています。冷たい方だと言われていますが、本当は優しい方なのです。多くの女性が見初められたいと思っています」
「王太子妃になれるしね」
「そうですね。でもそれは重要ではありません」
いずれ王太子は暗殺されてしまう。婚約者というだけで王太子妃にはなれないことをリセットは知っていた。
(もし婚約者に選ばれたら、私が王太子殿下を守りたい)
リセットは小花の髪飾りのことで王太子に救われた。王太子の命を救うことで恩返しができないかと考えるようになった。
「大事なのは、王太子殿下を守ることですから」
「王太子妃になって守るってこと?」
「婚約者でも同じです」
「なれると思うんだ?」
「王太子妃候補の一人なので、確率はゼロではないと思います。奇跡が起きて選ばれたら、王太子殿下をお守りしたいと思っています」
「婚約者にならなければ守らないんだ?」
「婚約者になれないと、王太子殿下に会えませんよね?」
リセットはそう思った。
「候補になってそれなりに経ちましたけれど、王太子殿下に一度も会えていません」
「なるほど。じゃあね」
リヴァイスは行ってしまった。
リセットは王宮図書館で新しい本を探して借りると、屋敷へ帰った。