番外編(一) 小花の髪飾り
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「神術を成功させるだけじゃ駄目だ……」
リヴァイスは自室で途方に暮れていた。
何度やり直してもうまくいかない。細かい部分を変えても、大きな流れは変わらない。
所詮、人間の力では神の定めた運命を変えることはできないということかもしれないとリヴァイスは思った。
(兄上を助けられない)
リヴァイスは何度も兄を死なせてしまう罪悪感にも苦しんでいた。
「そう思ってしまう僕が駄目だ。必ず何かある。兄上を助ける方法が!」
リヴァイスは叫んだ。
取りあえず、自分に視認しにくくなる魔法をかける。
王宮では王太子妃候補の選考会が行われるため、大勢の女性達が集まっている。
問題が起きると困るだけに、リヴァイスも警備に協力すべく、視認しにくくなる魔法を使って巡回警備を手伝う予定だった。
リヴァイスは魔導士だけに、通常の警備ではなく、魔法に関係する警備や魔法不審物を調べる。
会場が広いからこそ、とにかく人手が多い方がいい。使える者は王子も使う。
(猫の手も借りたいというのはこのことだ……)
何度もやり直しをしているため、問題のない場所を通る必要はない。
リヴァイスは前回とは違うルートを通るようにしていた。
リヴァイスは庭園へ向かう途中、落ちているものを見つけた。
(髪飾りか)
しかも、壊れていた。
リヴァイスは拾うかどうかを迷い、あえて拾わないことにした。
自分が拾ってしまうと、落とし主が探しに来た時に見つけられなくなると思った。
リヴァイスが拾っても、髪飾りの持ち主を探す暇がないからでもある。
リヴァイスは通り過ぎようとして、足を止めた。
ここで何もすることなく通過してしまうと、別の者が見つける。
(警備は拾わないだろうな)
落とし物を保管していた警備の方で破損したのではないかと疑われ、その責任を問われたくない。
他の者も拾わない。壊した疑いや盗んだ疑いをかけられないようにするためだ。
掃除担当者なら上司に報告して対応。高価なものでなければ、処分される。
(冷静に考えると、所有者自身が発見しないと駄目だな)
リヴァイスはもう一度髪飾りを見た。
なんとなくではあるが、壊れてしまった髪飾りが助けを求めているような気がした。
リヴァイスは魔力を使って壊れた髪飾りと破片を拾った。
小花のデザイン。宝石はなし。個人を特定するような刻印もない。
高位貴族の持ち物には見えない。下位の方。裕福ではない。それでも精一杯着飾って王宮へ来ようと思って女性の品。
細かい傷があるだけに何度も使っている。思い出の品か受け継いだ品の可能性もあった。
「対かな? それとも複数かな?」
花の形がわざと片側に寄っていた。
大きな髪飾りであれば、あえて片側に目線を集めるようなデザイン。だが、これは小さい。一つだけではなく、複数つけて飾るようなものだった。
「一人は寂しいからね。持ち主の元に帰りたいよね?」
ふと、リヴァイスはザカリアスのことを思い浮かべた。
たった一人の兄。絶対に失いたくない。
寂しいという言葉では到底表しきれない絶望感をリヴァイスは味わった。
人によって天寿が違うのはわかっている。それでも、抗える手段があるのであれば抗いたい。
失われていい命ではない。今はまだその時ではないとリヴァイスは思った。
(少なくとも、僕が生きているうちは神術で抗うことができる)
リヴァイスは生まれつき魔力が豊富で、子供の頃からしょっちゅう高熱を出して寝込んでいた。
魔力が暴発すると危険だという理由で、国王夫妻である両親とは会えない。
周囲の目を盗み、兄のザカリアスだけが見舞いに来てくれた。
――危ないよ。
――そうだな。
――死んじゃうよ。
――大丈夫だ。二人一緒なら死んだって怖くない。
まだ子供だというのに、兄は弟と死ぬことを覚悟していた。
――もう少し体が大きくなれば必ず大丈夫になる。ちゃんと食べているのか?
――無理だよ。
――好きなものは何だ?
――わからない。
ザカリアスは考え込んだ。
――風邪で熱を出した時、アイスクリームを食べた。あれは食べやすくて美味しい。冷たいからいいかもしれない。
ザカリアスはアイスクリームを持って見舞いに来るようになった。
高熱のせいで体力も食欲も奪われてしまっていたリヴァイスだったが、ザカリアスが食べさせてくれるアイスクリームは言葉にできないほど美味しかった。
甘いのは砂糖のせいだけではない。愛のせい。幸せの味だった。
兄弟の時間。生きていること。その価値。大切なものが何かをリヴァイスは知った。
――頑張れ。お前が元気になるまで、アイスクリームを持って来るからな。
リヴァイスはザカリアスの言葉を信じた。
もう少し大きくなれば、この魔力に苦しまなくてすむのだと思った。
――必要ない魔力は持っていても必要ない。捨てよう。どんどんなくしてしまえばいい。
リヴァイスは魔力を消費することを考えた。
そして、魔法が使えなくても魔力を消費して体から出すことを覚えた。
ザカリアスに支えられ、リヴァイスは苦しい時期を乗り切った。
ザカリアスがいなければ、リヴァイスは心も体も耐えきれず、命を長らえることはできなかっただろうと思う。
ザカリアスは命の恩人、救世主、神も同然だった。
(僕の命、力、すべてを尽くして兄上を救う!)
リヴァイスは小花の髪飾りに魔力を込めた。
修復魔法と復元魔法。
強すぎる魔力のせいで様々なものを壊してきたリヴァイスは、それを直す術も学んでいた。
「これでいい」
リヴァイスは小花の髪飾りをうまく直した。一部は復元だが仕方がない。
魔力で磨くと、艶が出て綺麗になった。
直した部分が定着するまでは壊れやすいため、しっかりと保護魔法もかけた。
視認できないほど微小な術式を描いたのもちょっとした親切心。
(半年ぐらいかな。使わなければ、一年ぐらいは大丈夫かもしれない)
保護魔法の効果によって髪飾りは綺麗な状態も保てるだろうとリヴァイスは思った。
「問題は持ち主をどうやって見つけるかだけど」
リヴァイスは思いついた。
「困った時は兄上だ。誰よりも頼りになる」
多くの女性達が来るのは王太子妃候補の選考会のため。
挨拶を受け続けなくてはならない兄には退屈以外のものでもない。
だが、この髪飾りと似たようなものをつけている女性を探すことを頼めば、ちょっとした気晴らしになるかもしれないとリヴァイスは思った。
宝石がついていないだけに高位の女性の持ち物の可能性は低い。午後に挨拶する女性の持ち物の可能性が高そうでもあった。
「兄上が駄目でも騎士に頼めばいいか」
兄の気が乗らなければ、髪飾りを持つ騎士が確認すればいい。挨拶する女性が危険物を所持していないか厳しく確認するついでだ。
問題ないだろうと判断したリヴァイスは兄の所へ向かった。
「騎士に渡しておけ」
兄の答えは想定内。
リヴァイスは髪飾りを騎士に渡した。
「頼むよ。見つからなければ警備室に持って行けばいい」
「お預かりいたします」
騎士は小花の髪飾りを見て驚いた表情になった。
「どうした?」
ザカリアスが尋ねた。
「あ、いえ。わざわざ修復されたのかと思いまして」
「わかる?」
「内側に魔力を感じます。磨かれただけではない気がして」
「さすが王太子付きの騎士は優秀だね。壊れていたから直した。定着まで時間がかかるだろうから、保護魔法をかけておいたよ」
「完璧な処置だと思われます」
「大したものではあるまいに」
小さな髪飾りにそこまでするのかとザカリアスは思った。
「壊れたままじゃ可哀想だ。持ち主の元に戻れるよう願いながら磨いた。直したことは秘密だからね?」
優しい。リヴァイスらしい。
ザカリアスも騎士達もそう思った。
リヴァイスが行ってしまった後、ザカリアスは周囲にいる騎士達を見回した。
「リヴァイスの善行を無下にすることは許されない」
絶対的な王太子のオーラをザカリアスは纏っていた。
「これは小さい。サイズからいって左右に一つずつ、多くても四つ程度だろう。全員で似たような髪飾りをつけた者がいないか確認しろ。私も挨拶に来た者の髪飾りを確認する」
「御意」
兄は弟の頼みにめっぽう弱かった。
憮然とした表情で令嬢からの挨拶を受けているザカリアスの所に騎士が来ると、小声で報告した。
「持ち主らしき女性を見つけました」
「挨拶の列にいたのか?」
「います。リストを確認しました。リセット・エファール伯爵令嬢です」
「よくやった。挨拶が終わったら声をかける」
「御意」
ザカリアスは挨拶を終えたリセット・エファール伯爵令嬢に声をかけた。
小花の髪飾りは無事持ち主の元へ戻り、大切に保管された。
月日が経った。
暗殺されてしまったザカリアスの葬儀の際、リセット・エファール伯爵令嬢は小花の髪飾りをつけた。
母親と一緒に若くして命を失った王太子の葬儀へ参加しようと思ったからだった。
小花の髪飾りには保護魔法の効果、つまりはリヴァイスの魔力が残っていた。
そのことが、リセットとリヴァイスの運命を大きく変えた。